実は名前すら知らない

朝霧

誕生日に首輪

 今日、四月三日は私の誕生日だった。

 けど年齢が変わるだけなので特別感もなにもない。

 一応家族から少しお祝いをしてもらう予定ではあるのだけど、それ以外に特になにも予定はない。

 だからいつものように図書館にいって、いつものようにお菓子を食べていた。

 それで食べ終わったのでいつものように図書館に戻ろうとしたら腕を掴まれ引っ張られた。

「おわっ!?」

 頭を下手人の胸のあたりに押し付けられたので反射的に離れようとしたら背に下手人の腕が回った。

「おい」

 抱きしめられているような状態にされてしまい大変困ったし意味不明だったので声をかけるが反応はない。

「どうした、なんかあった????」

 反応はなかった。

 それから下手人は何も言わずに動かなかったが、しばらくしてボソッと話し始めた。

「……別にお前のこと好きでもなんでもないけどお前が俺以外の有象無象とそういう関係になるのは滅茶苦茶嫌で」

「は、はあ……?」

「だから結婚を前提に付き合って」

「……………………はなしがひやくしすぎてないか?」


 一旦離れてちゃんと話を聞こうと思ったのだけど、下手人は一向に私を離そうとしない。

 むしろ余計に引き寄せられてる気がする。

「おい、いい加減離してくれ」

「やだ」

 聞き分けの悪い子供のような態度に、こりゃあなんかとんでもないストレスを抱えているんだろうなと勝手に推測した。

 こいつが突飛な行動を起こすのは大抵ストレスのせいだ。

 多分実家でまたなんかあったんだろう。

 仕方ないのでそのまま会話を続けることにした。

「それで、なんで急にあんな突飛な話をしだしたんだよお前」

「お前もう十六だろう?」

「なんでそう思った?」

 確かに事実だが、私はこいつに自分の年齢どころか名前すら言っていない。

 だって聞かれなかったし。

「知ってたから」

「言ったっけ?」

「いや? 勝手に調べた」

「……おおう?」

 わざわざ勝手に調べなくても聞かれれば普通に答えたのに、なんでそんな手間のかかる事をしたのだろうか。

「二つ三つは年下だと思ってたから同い年だと知ったときはすごく驚いた」

「おおう……」

 実はこいつの方が私より年下だと思ってたことは黙っておいた方が無難だろうか?

 猫かぶるのがすごく上手いことは知ってるけど、本性があんまりにもクソガキだから同い年だとは思ってもいなかった。

 年上じゃなくてよかった、そしたらさすがに驚きで余計な事を口走っていただろうから。

「というか今はお前の方が年上だね。お誕生日おめでとう」

「あ、うん。ありがとう……そういや7月生まれだったもんな」

「うん。でさ、お前十六歳になったわけじゃん?」

「それが何?」

「結婚できる年齢ってことじゃん?」

「そうだな?」

「お前が見合いとかさせられたらって思ったら生理的な気持ち悪さと悪寒が」

「見合いぃ? お前いつの時代の人間だよ。金持ちとかそういうおうちの娘さんならそういうことあるかもしれないけど、私は前も言った通りただの洋菓子屋の子だよ。創業20年くらいの町のお菓子屋さんだから伝統もクソもないし」

 馬鹿馬鹿しい、と言い捨てたらこちらを締め付ける腕の力が強くなった。

 やめてほしい、ちょっと耐え切れないくらい苦しくなってきたのだけど。

「それでもなんかあるかもしれないじゃん」

「いや、ないから」

「可能性はゼロじゃない」

「ゼロに限りなく近いけどな」

「俺が十八だったら速攻で籍入れれば済むはなしだったけど、そういうわけにはいかないじゃん?」

「おまえなにいってんの?」

 言ってることはわかるけど、こいつ私のことこんなに好きだったっけ?

 いや、好きじゃないってさっき言ってたな?

 それなのにこんなこと言ってんの? めっちゃご乱心じゃん。

 お前どんだけストレス抱え込んでるんだよ、いい加減児相とか精神病院に駆け込んだ方がいいんじゃないか?

 もしくは春の陽気は人を狂わせるっていうから、その尊い犠牲となってしまったのかもしれない。

 どちらにせよ、哀れだな。


「そういうわけだから付き合って。見合いさせられそうになったり言い寄られたら、結婚を前提に付き合っている男がいるからって全部断って」

「お前、ちょっと落ち着け? あと苦しいし痛いから離して」

「落ち着いてる」

「嘘だ。めっちゃご乱心じゃん」

 と、いうやりとりをしているうちに締め付けが少しだけ緩まった、けど離すつもりはないらしい。

「は? 俺は冷静だし正常だけど」

「頭がおかしくなってる奴は大抵自分がおかしいとは思っていないパターンが多いって話だけど」

「うっさい、俺は普通。どこもおかしくない」

「おかしくなかったら私に付き合えなんていってこないだろうが、普通。お前ちょっと疲れてるんだよきっと。……実家でまたなんかあったんだろう? 毒親がなんかやらかしたか弟か妹がいらんことしたのかは知らんけど」

「疲れてはいるし実家の環境は相変わらずクソだけど、それでも正気」

 頑として自分は正常だとここまで主張されると流石に面倒になってきた。

 と、いうわけでもう正常だろうが異常だろうがどうでもいいということにして話を進めてしまおうと思う。

「じゃああもうそれでいいよ。で? 話をまとめると、私が誰かと結婚するのが嫌だから付き合えってことで合ってる?」

「うん」

「ならわざわざ付き合う必要なんてないよ。私結婚する気ないし。はい、これで解決」

「解決してない。お前がどう思ってようと寄ってくる奴はいるだろ」

「いるわけないじゃん。お前、私みたいのと結婚したがるような物好きがいると思ってんの?」

「は? いると思ったから俺がこんなこと言い出す羽目になったんだけど?」

「なんでいると思った?」

「四年前と半年前と二ヶ月前」

「……なんかあったっけ?」

 思い出してみるけど、特におかしなことはなかったような気がする。

 と思っていたら急に身体を離された、けど今度は左肩を思い切り掴まれる。

 骨が折れるんじゃないかと思ったら、頬を片手で握られた。

「お前、ロリコンの変態に触られたのと露出狂に遭遇したのとナンパ男に捕まりかけたの忘れたのか?」

 こちらを睨みつける顔から凄まじい怒気を感じた。

 そういやあったな、そんなこと。

 どうでもよかったから忘れてた。

「それと二週間前に図書館に来たお前の同級生、あの野郎絶対にお前に気がある」

 そんなアホな、と言いたかったけど口がうまく動かなくて無理だった。

 あの時の同級生には彼女さんがいるっていう話はうちの学校ではちょっと有名な話だし、だからこそ私に気があるというのは有り得ない。

 と、弁明しようにもどうしようもないなと思っていたら、頬から手を外された。

 弁明を開始しようとしたら今度は顎を掴まれ、強制的に目を合わせられた。

「お前はよく変態に絡まれる。そういうクズがお前を触ると思うと気が狂いそうになる」

「……そこまで絡まれてはいないような……それに普通に生きてれば何回かはああいうことって起こるもんだと思うよ」

「は? そんなわけあるかふざけんな」

「ふざけんなっていわれてもな……」

 私みたいなちんきくりんでもそういう目に何度か合っているのだからこの程度は普通だと思うんだけどな、多分。

「それに、俺の妹は一度もそういう目にあったことないけど?」

「……よく知らないけど、過保護な兄がいるって周知されてるからなんじゃ?」

「は? 誰が誰に対して過保護だって?」

「お前が妹さんに。お前多分お前が思ってるより過保護の気質があるから絶対なんかやらかしてると思う」

「……誰のせいでこうなったと思ってる」

「え? 妹さ」

「お前のせいだよ!! この間抜け!!」

 怒鳴られた、理不尽。

「もういい。知ってたからもういい。お前がひとかけらの危機感も何も持っていない間抜けなのは随分前から知ってたからもういい。今更気を付けろって言ってもどうにもならないのも理解してるから……だから付き合え、せめて守らせろ、お前が俺以外に触られないように正当な理由を作らせろこの能天気なクソ馬鹿ど間抜け女」

「むちゃくちゃだな……」

「無茶苦茶で結構」

「無駄なくらい心配してくれてるのわかったけど、それでなんで結婚を前提に付き合うなんて話になるかな……変態って恋人や結婚相手がいる云々ってあんまり気にしなさそうだし……」

「そういうの気にしない変態の対策も考えてきた」

「は?」

「というわけで、あらためて誕生日おめでとう」

 首に何かをはめられた。

 ぴったりと首に張り付く、推定革製の何かだ。

 普通に息苦しい、というか見えないからわからないけどこれって普通に首輪なのでは?

「うわっ? ちょ、なにこれ」

「おまもり」

「おまもりぃ?」

「うん。俺以外の生物がお前に三秒以上触ったらその不届き者に電流が流れるようにしといた。あと簡単な自動防御も」

「お前なんつー呪いのアイテムを」

「状況次第では秒数短くする」

「やめろ。つーか外すからな?」

「外せるとでも?」

「え?」

 首の後ろの方に手をやると金具らしきものがあったので外そうとしたけど、外れない。

 他に外せそうなのはないかとぐるっと一周触ってみたけど、ない。

「うっわ、まじで外せないんだけど……え、困る、うちの学校、こういうアクセサリー系は校則に引っかかるんだけど」

「包帯でも巻いて誤魔化しとけ、もしくは認識阻害」

「やだよ面倒くさい。つーか私に教師をごまかせるような認識阻害を使えるとでも? というわけで、外せ」

「外せと言われて簡単に外すようなものを俺が無理矢理お前にはめるとでも?」

 少し考えた。

 多分外してはもらえないだろうという結論がすぐに出た。

「……ああ、もう面倒くさい」

「面倒で結構。というか俺がここまで面倒なことになったのは十割お前のせいだから、責任とって」

「私のせいと言われてもな……」

 そっちが勝手に拗らせただけなのでは、と言おうと思ったら頭をぺしーんとはたかれた。

「お前がなんと言おうと俺がこうなったのはお前のせいだから、何があっても責任は取らせる。だから手始めにまず付き合え」

「………………わかったよ、好きにしろ」

 もう何を言っても無駄っぽいので、おとなしくいうことを聞くことにした。

 おとなしくしていればひどいことはされずに済むだろう、それにこいつの横暴と我儘にはもう慣れてる。

 だから仕方ないのでしばらくは付き合うことにする、その方が多分面倒が少ない。

 それに付き合うとか言っても何かを要求されることはあんまりなさそうな気がしている、面倒ごとを押し付けられそうになったらその都度拒否すれば問題ないだろう。

 なんて思っていたら深々と溜息を吐かれた。

 は? 何? 『はい』か『いいえ』で『はい』って答えてやったのになんで溜息吐かれなきゃならないんだ?

「……言ったな?」

「は?」

「お前はやっぱりど間抜けの馬鹿女だよ」

「なんで私、罵倒されてんの??」

「……危機感がなさすぎる」

「はあ?」

「……なんだって俺みたいな奴のいうことを素直に聞くの?」

「聞かなかったとしてもどうせ無理矢理言うこと聞かされるんだから、どっちにしろ結果は同じだろう。なら話はさっさと済ませた方が面倒がない」

 答えると、また溜息を吐かれた。

「……百歩譲ってそれはいい。だけど『好きにしろ』っていうのはどういうつもりで言った?」

「そのまんまの意味だけど?」

「…………俺に何されてもいいって言ってる?」

「うん」

 どうせ大したことはしてこないだろう、と思って言っただけだ。

 深い意味などない。

「お前はどうせ私が何を言っても好き勝手やるんだろう。それに言ったところで素直にいうこと聞かないし」

「お前、それ絶対に俺以外には言うなよ。……あと俺以外には何言われても何されても抵抗しろ。どうせ何やっても結果は同じだって諦めるな、少しは抗え」

「はあ……?」

「あー……もういい、そのうち嫌でもわからせる……いいか、よく聞け。お前は、俺の女」

「うん」

「他の男には絶対に触られるな、会話も極力するな言い寄られたら速攻で逃げろ」

「……善処はしよう。……ところでこの首輪、家族だけ除外にするとかは?」

「は? 駄目に決まってる。というかお前、家族と身体を触り合うような仲なのか?」

「いや、特にないけど……」

 なんかあった時に何て説明すればいいんだか、って思ったけど、そういえば別に家族だからと身体に触るような機会もないのだった。

「なら問題ないな? じゃあそういうわけだから、これからはいろんなものに気を使って危機感を持って生きてね。なんかあったら俺、なにしでかすか分からないから、よろしく」

「よろしくとか言われてもなあ……」

 とはいえ、今までも別に大したことはなかったので普通にしていればいいか。


 その後、図書館でいつも通り本を読んで、閉館時間になったので帰ろうとしたら、「送ってく」と無理矢理手を繋がされた。

 仕方がないので素直に送ってもらった。

 家に帰ってから、はめられた首輪をペンチやハサミで切断しようとしたけど、無理だった。

 仕方がないので首輪付きのまま過ごすことに、両親には「知り合いから誕プレでもらった、なんかお守り機能付きらしいけど誤動作で不必要な人を自動で攻撃する可能性があるらしいから気をつける」とだけ説明した。

 両親は私に誕プレをもらえるようなお友達ができていたなんて、と二人で勝手に感涙していた。

 それから数日、どうしても人手が足りないからと店の手伝いをしていたら、店の常連である佐藤さんちの汐ちゃんが「うーわ」って顔で私の首輪を指差して、一言。

「おねーさん、なんかすごいのつけられてますね」

「あー……わかる?」

「わかりますよ、だってすっごいあからさまですもの」

 佐藤さんちの汐ちゃんはまだ十歳だけど、呪術や呪いに関してものすごく詳しいらしい、そういえば父はこの子のことを方向性は違うけどお前(私)の同類だ、って言ってたっけ。

 確かにちょっと性質は似てるとは自分でも思う、けど多分佐藤さんちの汐ちゃんの方が何倍もすごいし偉い。

 佐藤さんちの汐ちゃんは私の首輪を見て「うむむ」と唸る。

「ははあ……仕組み自体は単純だけど、効果がえぐいなあ……」

「あー……効果は効いてる。はずそうとしてみたんだけど、無理だったんだよね」

 なんて言ったら汐ちゃんはきょとんと首を傾げて、一言。

「はずせますよ?」

「え? ほんと?」

「はい。わりと単純な呪いなんですぐにでも……」

 そんなあっさり言ってくれるなら焼き菓子幾つかと引き換えで外してもらおうかな、と思っていたら汐ちゃんは顔をしかめてこう言った。

「ただ、これを掛けた人の性格だいぶ悪そうですし、すごい粘着質な執着がにじみ出てるので……解いた後になにされるかわかりませんけど」

「見ただけでそこまでわかるものなのか?」

「はい。……まあ、ここまで術者の我が強い呪いは久しぶりに見ましたけどね……すごいヤンデレ臭がします。おねーさん、だいじょうぶですか?」

 本気で心配そうな顔で言われたので、少しだけ考えて答えた。

 首輪の息苦しさにも慣れてきたし、誰かに三秒以上触れることもなかった。

 だから誰にも迷惑はかけていないし、特に問題はなかった。

「今のところ実害はほぼないよ」

 答えたら汐ちゃんは大きく目を見開いてから、やばいものを見る目でこちらをみてきた。

 そして、少しの沈黙の後、こう言われた。

「なら、解かないでおいた方が無難ですねー」

 まあ、確かに勝手に外したら烈火の如く怒り狂いそうだからとらないでいた方が無難だな、と改めて思った。

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