旅に出ます、お土産を楽しみにしていてください

朝霧

お土産探しが終わらない

 旅に出ます、探さないでください、という使い古されたフレーズがある。

 私も旅に出る前にそのフレーズをさらりとメモ用紙に書き連ねたのだけど、その時に思った。

 いや、こんなものを残したら確実に探される。

 探さないでとわざわざ書いているということは探されるようなことをしでかす自覚があるということだ。

 しかも、このフレーズからは戻る意思がないということまで読み取れる、なので本当に探して欲しくない時にこれを書くのは不適切と考える。

 メモ用紙をぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱へ、新たな用紙をメモ帳から破りとる。

 旅に出ます、だとシンプルすぎて物足りない。

 いっそ何も残さないという手もあるけど、それだと事件に巻き込まれたのではないかと勘繰られて余計な心配をさせてしまう恐れがある。

 あくまで、自分の意思でしばらくの間帰らないことを伝えるにはどうすればいいのか。

「あ」

 一ついいフレーズを思いついたので、それをメモ用紙に書いてみる。

『旅に出ます、お土産を楽しみにしていてください』

 うん、これはいい。

 呑気さとそのうち帰ってくる感が醸し出されているがグッド。

 そのうち、というかすぐに帰ってこそうな感じも出てるから、これなら真っ先に最優先で捜索されるということはなさそうだ。

 というわけでそのメモ用紙をわかりやすいところに置いて、私は家を出たのだった。


「そして、二年の年月が流れた。というわけだ……愚かな私を笑うといいよ」

 島国行きの船で意気投合した若い娘さんはそう言って肩を竦めた。

「二年も帰っていないのですか?」

「ああ。意外と旅が楽しくて夢中になっていたらいつの間にか半年経っていてな。こいつぁまずいと離れていた半年に見合うお土産を探してみたんだが……いい感じのお土産が見つからなくてな……しょぼいお土産を持ち帰っても期待外れだろうし、それだけのために長期間行方不明になってたのかと突っ込まれるのも嫌だなー、と思ってるうちに気付いたら二年経ってた」

「連絡とかは?」

「全く。完全に音信不通。もう死んでると思われてるかも」

 あっはっは、と彼女は笑う。

 ちょっとやけくそっぽかった。

「笑い事じゃないのでは? 多分めっちゃ心配してると思うんでお土産とかテキトーに選んで帰ってあげた方がいいのでは?」

「そう思ったことはなくはないけど、クッソ気まずくなるのがわかってるから、それ思うとなんかやだなーって」

「あなた、ただ家に帰りたくないだけなんじゃ……」

「そーかもね。実際もう一生帰らなくてもいいかも、とは思ってる」

「帰りたくない、ってことは何かあったのですか?」

「いや? 全く。旦那は優しかったしちゃんと大事にしてくれたよ。ただ単に私が嫉妬深かっただけ、そんな自分が嫌で嫌で仕方がなかったから、それ以上自分を嫌いにならないように旅に出たの」

「はあ……?」

 どういうこっちゃと首を傾げていたら、彼女は複雑そうな顔で事情を説明してくれた。

「お情けで結婚してもらったんだ。結婚してくれた時は本当に幸せで幸せで、だからどれだけ邪険にされても問題ないって思ってた。実際結婚生活では思いの外優しくしてもらえたし大事にしてもらえたけど……」

「けど? 浮気されたとか?」

「いえ、まさか。ただ……あの人、すっごい大事な人がいたんだ。あの人養子なんだけど、その引き取ってもらったお家のお兄さん。その人に心の底から忠誠を誓っていて、命すら捨てる覚悟がある。というか多分、あの人はきっと彼のためなら私だって簡単に殺せる……最初からわかりきってたんだけど、それが少しずつ苦痛になっていって……ああ、この人は絶対に私のことを一番にはしてくれないんだなあって思ったら……自分の心がおかしくなっていくのがわかった……だから逃げた、醜態を晒したくはなかったから」

 声は沈んでいるのに、顔では笑いながら彼女はそう言った。


 その後は、船が目的地に着くまで取り止めもない無駄話をして時間を過ごした。

 彼女は随分と自由気ままに世界中を旅しているらしく、色々と面白い話を聞けた。

「広い世界だ。きっともう二度と出会うことはないのだろう。だけど、もしもまた旅の途中で出会うことがあれば、その時はまたよろしく」

「ええ、いつかその機会があれば。では、さようなら!」

「さようなら!」

 船を降りて、そんな別れの挨拶を交わす。

 こんな今生の別れじみた言葉を交わしても、案外あっさりその辺ですれ違いそうだなあ、なんて思いつつ泊まる予定のホテルに向かうために地図を改めていたら、怒鳴り声が。

 何事かと声が聞こえてきた方を見ると、さっき別れたばかりの彼女が男の人に捕まっていた。

「っ!!?」

 助けに入るべきだろうと駆け寄ったら、腕を掴まれている彼女が口にした言葉が聞こえてきて、思わず足を止めてしまった。

「い、いい感じのお土産見つかってないから、またいつの日か……」

 そう言われた男の人は可哀想なくらい大きく目を開いた後、ぎっと彼女の顔を睨む。

「土産なんてどうでもいい!! 二年もどこほっつき歩いていた!!?」

「えーと、あちこちいろんなところに……というか何故ここに? なんか待ち構えられてたような……?」

「色々伝手を頼ってお前のことずっと探してたんだよ。それでお前がこの島行きの船のチケットを買ったっていう情報が回ってきたから、先回りしてた」

「……そ、そのうち帰るつもりだったから探さなくてもよかったのに」

「帰ってこなかっただろうが」

 うん、旦那さん、その人一生帰らなくていいかもとか言ってたよ。

 なんて思ってしまった。

 彼女はその後も旦那さんを言いくるめようと色々話していたけど、埒が明かないと思われたのか抱きかかえられていってしまった。

「や、まって歩ける、歩けるから……」

「うるさい」

 旦那さんの腕の中でジタバタ暴れる彼女と目があった。

 おたすけ、って感じの目で見つめられたけど、わたしは目を伏せて首を横に振ったのだった。

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