第7話 良い知らせ(ガチ)

(いやいや、何でそうなる。おかしいだろ!)


 炎上したからって、それだけで失望なんてしない。それどころか、俺はまだ現状を受け入れ切れていない。推しを変える? 出来る訳がない。

 彰人は純粋にそう考えているのかもしれない。

 だけど今の俺にとって、その言葉はあまりにも攻撃的だった。


「まっ、待ってくれ。今まで推してきてんだし、彰人はガチ恋勢って感じでもなかっただろ」

「あん? まあそうだな」

「確かにショックだけど、もう少し動向を伺ってもいいんじゃないのか?」

「うぇ~でもよ、ファンってだけで絡んでくる奴出てきそうだし疲れそうじゃん?」

「それは否定しないけど」

「少なくとも俺は嫌だね。関わりたくない」

「そ、そうか」


 彰人の言う事は俺も理解できる。それもきっと一つの選択なんだろう。

 実際、俺だって炎上が鎮火するか進展があるまでSNSを控えようと考えている。ただ俺には――。


「んで? なんだよ陸、まさかまさかのリンリン推し貫くのか!?」

「はっきり言うけど暫く推し変える予定はない」

「まっ、無理にとは言ってないし、いいけどよー」


 呆れたと言わんばかりに背にもたれ掛かる彰人。

 割り切った態度を見せられたことに、俺はムカッとした。

 悪い知らせと言っておいて……まったく悲しい顔を見せないのは何故なのか。納得がいかない。


「どうして、彰人はもう他人事みたいな言い方なんだよ……!」

「おーいおいおい、ここで俺に怒っても仕方ないだろー?」

「……でも――」

「怒りたいのは裏切られた俺の方だし、それもこうやって話せる陸に愚痴っているだけに済ませているんだからさぁ」

「それは……その通りだけど」


 彰人の言うことは正論だ。俺達が何を言ってもリンリンの現状は変わらない。むしろ俺のような信者が下手な発言で燃料を注ぐ可能性もある。

 そもそも炎上そのものだって起ってしまった後。彰人みたいにきっぱりと引ける奴は寧ろ問題になっていないのだ。


 問題視すべきは炎上に便乗してリンリンを叩いている人達。数があまりにも多いし、個人での対処が難しい。あいつらが叩くのは理屈じゃない。感情論だからこそ対処法など皆無に等しいのだ。


 裏を返せば今俺が彰人にぶつけているのも感情論に過ぎない。それでも、彰人の被害者面に対しては俺も愚痴りたくなった。


「今まで応援してきた仲間としては、残念だ」

「わかった、わかった。何か面倒くせぇし悪い知らせはここまでにしようぜ」

「……そうだな」

「良い知らせを聞かせてやるから落ち着けって」


 それも今度こそ彰人にとっての良い知らせなんだったら、何の励ましにもならないだろうけど。

 モヤモヤした気持ちは晴れないが、彰人と口喧嘩しても俺にデメリットしかない。

 どの道、今の気持ちを切り替えられるなら、なんでもいい。


「ああ、聞かせてくれよ」

「……もっと耳を傾けてくれないと俺も話甲斐ってものがないだろ?」

「誰のせいだ。誰の……」

「あーはいはい、俺が悪かったよ。切り替えていこうぜ……なあ陸、お前は運命ってあると思うか?」


 なんか胡散臭い話をし始めた。期待するだけ無駄だったようだ。

 変なオカルトにでもハマったのかと思った俺は、適当に返答しておく。


「あるんじゃないか? 目に見えないだけで」

「例えばどんなのが思いつく?」

「初恋の相手が運命の相手って言うみたいだし、そんな感じで――」

「そうか! やっぱりそうだよな! いやさ、実のところ俺は運命なんてもの半信半疑だったんだけど、陸のお陰で確信したぜ。俺、運命の相手がいたんだ」


 ガタッ! と音を立てて俺の膝がテーブルにぶつかった。

 色んな感情が爆発するように腰を上げた為だ。


「いってぇ……おい彰人、本当なのか? 本当……なのか?」

「あ、ああ。それにしても膝大丈夫かよ」

「気にすんな。それよりも遂に彰人にも春が来たってことだよな? な? な?」

「おい少し落ち着け」

「お、おう。すまん」

「良い知らせって言ったけど、そんなに喜んでくれるとは思わなかったぜ。ったく照れ臭いだろ」


 つい興奮が抑えきれなかった。リンリンの件で抱えていた悲哀が一気に飛んだ。

 俺は今……その相手が翠星でないことだけを願って自分の拳を握り締めた。


 だから――翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。翠星じゃありませんように。


「まだ付き合っていないっていうか……実は話したこともないんだが」

「前置きはいい。どういう経緯で知り……好きになったんだ?」

「急かすなって。そのなんだ……所謂一目惚れってやつでよ」


 一目惚れ。

 それはつまり、相手は翠星じゃない……ッ!!


 興奮が抑えられない。

 遂に……遂に、この時が来た。

 そういえば、千夜が言っていた彰人の隠し事というのはこれの事だったのかもしれない。

 そりゃ、変にもなるわな。しかし、そんな事はもうどうでもいい。


これで彰人が恋人を作れば翠星が失恋するはずなのだから。

 俺にとっては朗報としか言いようがなかった。

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