第5話 幼馴染から幼馴染への幼馴染に関する疑惑

 朝の教室。

 俺は目を擦りながら、自分の席へと座る。


「相変わらず寝不足みたいだけど、いつもより元気みたいね」


 机に伏せて寝ようと思った矢先、目の前に現れた女子が話しかけてくる。


 はら。俺の幼馴染の一人で、彰人のことが好きな有象無象の一人である。

 彼女はサラサラとした亜麻色の髪を耳にかけながら、俺の顔をまじまじと見てきた。

 俺に気を遣うような性格はしていなかった筈だが、暇つぶしに揶揄われているのだろうか。


「いつも通り元気だぞ。ったく、俺なんかよりも彰人に構ってやれ」


 そもそも俺が眠いのは、生徒会なるものに所属していた美海が原因である。いつもより早く起こされ朝ご飯を食べさせられた俺は、登校するか二度寝するかを迫られた。


 先に家を出てしまった美海を見送った俺は、気が抜けてしまった。二度寝したら絶対に寝坊するという確信と共に登校したのだ。


 でも元気といえば、睡眠欲に打ち勝つくらいには元気と言える。昨晩からまともな食事を取ったお陰だろうか。


「まだ来てないじゃない」

「まあ、うん」

「何? 陸はあたしに構われるのが不満だとでもいうわけ?」

「翠星なら喜んだかもな」

「うっわ、傷ついた。腐れ縁だからって酷くない?」


 俺に言われても傷つく要素無い癖に、口が減らない幼馴染だ。

 千夜だって俺が翠星に好意を抱いていることには、長年の付き合いの中で察しているはず。まあ俺の事なんて千夜にとってはどうでもいいだろうし、気にしていないか。


「だってなぁ、俺をまだ来てない彰人の代わりにしているだけじゃん、千夜。暇つぶしだろ?」

「えぇ~、なんか今日あたしに冷たくない? ……あたしの気のせいかな?」

「気のせい」


 オウム返しのように返すと、千夜は溜息を吐いた。


「こっちには陸じゃないと訊けないことがあるっていうのに、いつからそんなやさぐれちゃったの?」

「……? 何か俺に用でもあったのか?」

「そう言っているじゃない。単刀直入に訊くけど、最近彰人に何かあった?」


 結局、彰人絡みか。まあ俺に訊くことなんて、それ以外にないか。


「……知らん。てか、直接訊けばいいじゃないか」

「訊いてみて何も教えてくれなかったから、陸に聞いているのよ。わかるでしょ」

「わかんねーよぉ~」

「兎も角、何かはぐらかされた感じがするの」

「残念だな」

「陸もいつも以上に変だし、本当は何か知っているんじゃないの?」


 俺が今日変なのは。昨日のドタバタが主な原因だ。最近の彰人に隠し事があると言われても、俺が関わっている訳がない。冤罪だ。


「彰人に妙なことを言われた覚えもない」

「本当に知らないの?」

「ああ。だから、疑いの目線を止めよう!」

「そ、そう。まあ陸があたしに嘘吐く理由もないものね。腐れ縁サービスで信じてあげる」


 なんでこいつは幼馴染でいい所をいつも腐れ縁って言いかえるのか。変な奴だ。

 てか、何でそんなに焦っているんだろう。どうにも千夜らしくない。彰人との恋愛競争で翠星に一歩リードでもされたのか?

 いや……それは俺が困る。

 クソッ、俺も気になってきちゃったじゃないか。


「まあなんだ。さり気なく彰人に探りを入れてみてやってもいいぞ」

「本当? 何、気が利くじゃない。腐れ縁だけあって話が早いわね」

「おいおい、俺はこれでも千夜を応援しているんだ。当然だろ?」

「急に何言ってんの……今日の陸、なんか変」

「ああ、それと貸し一つな?」

「応援する相手に貸しとか作られないでくれる? どうせ他の子にも言っている癖に」

「なっ、別に言った覚えは――」

「まっ、有益な情報が手に入ったらいいのよ」


 俺の言葉を遮り、話を締めると満足そうな顔をする千夜。他の子にも言っているのは、事実だけど本心でもある。その辺は誤解してほしくない。

 正確に言えば、俺は翠星以外の女子全員を応援していると言っても過言ではない。

 彰人が恋人を作ってしまえば、翠星の性格的に身を引くと思うからだ。


 そうすれば、俺が翠星に付け入る隙も生まれる。他人の恋を応援するなんて、素晴らしい善行だ。

 きっと俺の恋も報われてくれるに違いない。神様や運命なんて信じていないけど、因果応報というのはあると思っているのだ。


 物思いに耽っていると、目の前の千夜が俺から視線を外し出す。

 目線の先を追うと、教室に入ってくる彰人の姿。よく見たら翠星も一緒に登校してきたようだ。


 顔の似ている千夜と同じ亜麻色の髪でありながら、千夜と違って際立ったポニーテール。今日もおしとやかな彼女の姿は目の保養になる。


(今日も可愛いなぁ……じゃないッ!)


 何故、彰人と一緒に教室へ入ってきたのか。

 俺は二人の関係が進展しないように邪魔しないといけないのに、これは良くない。


「おはよう。二人とも朝から早いね」

「おいーっす。千夜はともかく、陸はマジで早いな……って、俺と翠星が遅かっただけか」

「あっ! 彰人兄おはよー! 小風、昨日の部活見ていたよ」


 しかし、続く声に表情を曇らせる翠星。どうやら彰人との関係に発展は無さそうだが、これまた厄介な少女が現れた。


「おう、小風もおはよう。昨日はあんまり点決められなかったから、恥ずかしいな」

「ううん。プレイはとーってもカッコよかったよ!」

「ははっ、ありがとうな」


 テンションが高く、俺達なんて目にも入っていないかの如く無視して彰人に話しかける少女。


 のうかぜ。小柄な体系に銀髪、そして声質と愛嬌に可愛さはいつも男子達の人気を集めている。

 篠生は、俺達幼馴染とは違い、この学校へ入ってから彰人に付き纏っている。


 勝手に彰人兄とか呼んでいるし、距離が近くて正直アピールがくどい。しかし彰人の方も満更でも無さそうだ。

 隣の翠星の気持ちも考えてやってくれと言いたくなるが、二人の進展を望まない俺は口を噤む。


「私も……昨日の試合最後まで見たかったな。ちょっとしか見れなくて」

「えーっ!? 翠星ちゃん、勿体なぁい。彰人兄のドリブル凄かったんだから」

「いや、翠星は習い事あったんだろ。ちょっとでも見てくれただけで俺は幸せだぜ」

「うん! なら良かった!」

「ぐぐっ……」


 彰人の言葉にぱぁっと顔を明るくする翠星。

 対する篠生は彰人に聞こえない声量で唸っていた。モスキートーンかと思ったぞ。


「翠星、今日は彰人と一緒に登校してきたの?」

「えっ、いや――」

「あたしと陸、聞いてないんだけど? 一緒に登校するなら誘ってもらってないんだけど」

「違うよ千夜ちゃん。そんなんじゃなくて、校門でちょうど会っただけ」

「翠星の言う通りだぞ。なんだよ千夜、4人で待ち合わせてから登校したかったのか?」

「別に~。でも、陸がそんな事言っていたかも」


 いきなり話を振られても困る。俺はそんなこと一言も言っていないし。

 というか千夜の奴、素直に言えばいいのに相変わらず奥手すぎないだろうか。


「陸、下校も一緒にしなくなったもんな。寂しかったのか?」

「千夜の冗談だってわかってるだろ……彰人も悪ノリ止めてくれよ」

「はははっ」


 俺と彰人は中学まで同じ部活だったからよく一緒に帰っていた。

 確かに高校から俺は帰宅部になったが、それでもクラスが同じなら毎日顔を合わせる。

 それなのに態々登下校を共にする必要はない。まして、今年は幼馴染全員が同じクラスなのだから。


「はいはーい! 待ち合わせとかするなら、小風も彰人兄と一緒に登校したい!」

「悪いな小風。幼馴染グループも大事にしたいから、それは出来ない」


 彰人の言葉に俺は目を見開いた。女子には基本的に優しい彰人が拒否するなんて珍しい。


「代わりに今度一緒に下校しようぜ」

「やった!」


 ……と思ったら、きちんと埋め合わせはするみたいだ。やはり彰人は女たらしな男である。


 そんな時、『キーンコーンカーンコーン!』と鳴りだすチャイムの音。


「と、もう予鈴かよ。そうだ陸」

「ん、何だ?」

「今日の午後、遊びに行かないか?」

「彰人が誘ってくるなんて珍しいな」

「彰人、それってあたしと翠星も一緒じゃダメなの? 気になるじゃない」

「ああ、男二人でしか出来ない話っていうのもあんだよ。察してくれ」

「男同士の密会!? これは小風には口出しできない事案の予感」


 ぶつぶつと何か言っている奴もいるが無視する。彰人、今日は部活が無い日だったか。

 丁度、千夜の気になっていた事も訊けそうだし、ナイスタイミングだ。俺の方に断る理由はない。


「で、何処へ?」

「場所は陸が選んでいい。幼馴染で待ち合わせって訳じゃないけど、偶には二人で話そうぜ」


 ああ、こっそり付いてきそうだし翠星や千夜にも内緒にしようって事か。

 幸い予鈴のお陰で誰も追及はしてこない。

 俺達は一限の準備へと急いだ。

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