動き出す人々
ダントンの大剣が赤い炎を帯びる。大きく振りかざし、横薙ぎに一閃した。黒い獣が真っ二つになり、燃えて消える。横から跳んできたもう一匹を私が風の矢の術で切り刻む。クラリスは魔物が消えたことを確認し、力の増幅効果のある術を解除した。メアは回復専門のため後方で控えていた。実際に戦ってみると、なかなか良いバランスのメンバー構成だと気づいた。
「初の任務にしては上々だな」
少し汗をかいて額に張りつく黒髪をかきあげながら珍しくクラリスが表情を崩してそう言った。柔和な表情に驚いてしまう。いつも気難しい顔つきでいることが多い。
「よかったよかった!」
そう言ったダントンは自分の見せ場があり、上機嫌だった。大剣が新しい物らしく、使いたかったらしい。
王都へ戻ると、報告書の作成を四人で行った。特に問題が起こらなかったので、簡単に済んだ。
クラリスが報告に行くためいなくなる。
「どうする?食堂行くかー?」
腹が減ったぞーとダントンは言う。確かに食事を忘れていたなぁと気づく。
「わたしは疲れたし、シャワーを浴びたいわ」
メアは疲れ切っていて、部屋へと帰っていった。夏バテ早く治るといいな……夕方になると少し涼しくなってきたし、当分は王都にいるだろうから、休めるだろう。
様子を見て、なにか食べれそうなものを差し入れしよう。
「メア、元気ないよな?」
「うん……また、様子見てくるわ。女子寮に入らないでよ」
私の冗談にワハハとダントンは笑った。もうトイレ掃除はゴメンだね!と言って手を振っていった。
私も欠伸が出る。野営は苦手だ。やはり自分の落ち着いた部屋にベットで寝るのが良い。今日は私もゆっくり休もうっと。
食堂で軽めのサンドイッチとスープをもらって、自室でゆっくりとすることにした。
「ん??」
手紙入れに一枚の紙切れ……薄い封筒。
ん?師匠からだ。手紙は夏休みの事務連絡以来である。しかし何か無いと送ってこないので、手紙の内容が気になった。
慌てて部屋に入って、手紙を見る。
『週末に王都で会いましょう』
…………。
「これだけ??」
手紙を持つ手が震える。ほんとにバカにしてるわー!!と、破りかけたが、もしかしてなにか術でも施してあって、しかけとかある?それに気づかなかったら、それこそ師匠にバカにされる。
平静さを取り戻す。
「うーん……あるわね」
やはりあった。こんな腹黒いことするかな?普通で良くない?それとも誰にも見られたくない内容とかなのかな?手紙の裏に隠し文字。魔力が込められた指先でなぞると浮かび上がってきた。
『王都でひと騒動起きそうです。何かあって、私が間に合わない場合、あなたの信念に基づいて動きなさい。しかし禁術だけは何があっても王都での使用を禁じます。王都トーラディアで少しの期間ですが、過ごしてみた、あなたなら気づいてきたでしょう?ルノールの民として狩られたり利用されたりしたくなければ決して人前で見せないことですよ』
王都で何が起こるのだろうか?胸のあたりで不安が滲んできた。ルノールの民と書かれた部分を読むとギクリとした。あまり目を向けたくなかったことだが、こうして人の中にいると目を向けることになる。
手紙にはひと騒動と書いてあったが、私にできることなど今のところは何もない。とりあえず任務の疲れを癒やすために温かいスープを飲み、シャワーを浴び、眠ることだろう。
手紙をそっと手の内で燃やして破棄しておく。青白い魔法の炎をジッと眺めた。師匠が来るまで平和でいてほしいものだ。
翌日は休日だったので、のんびりと過ごすことにする。朝食を食堂でとっているが、今日は誰とも出会わなかった。後からメアにフルーツの差し入れしよう。夏バテでも食べやすいだろうし。
「あら?お久しぶりですわね」
食堂から出た所でアイリーンの声に振り返った。戦闘用の神官服ということは……。
「今から任務なの?」
「任務ですけれども、たいしたのではないものですわ。すぐ帰ってきますわよ。ぜひ!!キサ様との避暑地での話を聞かせてもらいたいものですわ!」
碧眼の目をキラリと光らせる。アイリーンのところまで話が!?いや、よく考えたら金組のラガートさんも学院外で会ってたことを知っているようだったよね!?
「恐るべし。学院の情報網」
「もうっ!とぼけないでくださいます?」
「いや、私、確か、3人くらいしか避暑地へ行く話をしてないのに……なんで?」
「噂とはそのようなものですわよ!今日はもう時間が無いのでしかたありませんわ!でもっ!夜には帰りますわ。ぜーーーったい教えてもらいますわよー!」
はいはいと時間があまりないのか、早く帰ってくるつもりなのか急ぐアイリーンを見送った。相変わらずだなぁ。
フルーツを持ってメアのところへ行ったが、いなかった。途中で会ったダントンに尋ねると自宅に帰って休んでるらしい。まぁ、そっちのがいいよね。……と、暇になってしまった。
「暇そうだな」
暇そうにしていると、クラリスに呼び止められた。あ、やっぱり忙しいですと装うべきだったかもしれない!
「えーと……そんなに暇でもないわ」
ちょっと手伝えと言われて、クラスの仕事を押し付けられたのだった……街にでも遊びに行けばよかったあああ!!
気づけば夕方になっており、自室でクラリスからお礼にもらったお茶を淹れることにした。
「さすがはお茶オタク。すごく良い香りだわ」
これは素人の私ですら、良い品質のお茶だと気づく、お湯を注ぐ前から優しい香りがする。お茶っ葉に可愛い花が混ざっている。お湯を注ぎ、お茶を蒸らしていると外側から窓が叩かれる。
こんな窓からの侵入者は師匠くらいだよね。まったく!普通に面会許可とってきなさいよ。
「もーっ!」
やや非難がましい目つきをしつつ、窓を開けると……師匠ではなかった。滑り込むように入ってきたのはキサだ。慌てて私は窓を閉める。念の為、瞬時に結界をはる。
「みつかったら、トイレ掃除になるわよ?」
私の一言にキサが目を丸くする。旅装をしているが制服は着用していない。
「この状況でトイレ掃除のことを言われるとは予想外だった」
アハハと声をあげて、笑い出すキサ。やや疲れが滲んでいる顔に明るさが出た。
私は師匠の手紙を思い出した。
何かが起ころうとしているのだ。落ち着く為にお茶をカップに淹れてキサにも渡し、お客様用の予備の椅子を置く。
「ありがとう。お茶、俺が来ること予想してたのか?」
「さすがに偶然よ。どうしたの?」
「陛下が崩御された」
ポカンと私は口を開けた。え?こんな話になるとは思ってなかった。キサは続ける。
「この夏。陛下の体調があまり良くなかった。母も一度だけ王都へ会いに来ていたよ」
「そう……大変ね」
なんと言っていいかわからない。キサにとっては父であるのだから、寂しいだろう。と、私の気持ちに気づいたのか、キサは肩をすくめて言う。
「いや、亡くなったことよりも状況がまずい。俺がまだ王位継承権を放棄していなかったことや陛下の遺言が残っていて、俺を次の王に指名してきた」
「キサなら良い王になるわよ。大丈夫よ。」
私はすぐに断言した。第一王子の人とナリは知らないけど、キサの持つ、人をどこか惹きつける力と優しさはきっとこの国に良いものをもたらすだろうと感じたからだ。
「これでミラに会うのは最後になると思ったんだ。だから会いに来た」
空色の目がこちらを見据える。どういう意味?私は固まる。
「今、王家は2分されている。俺にするのか第一王子にするのか。この3日間ほど城の中で休めるところなどなかった。王宮内はゴタゴタしてる。俺は第一王子に譲ると言ったんだが、なかなか周囲に受け入れてもらえない」
「な、なるほど。でも陛下の遺言がある限り難しいんじゃないの?」
勘違いするところだった。愛の告白みたいなセリフはやめてほしいものである。つまりゴタゴタしてて学院にいれないということだよね?
「それだ。だから俺の存在が邪魔らしくて消してしまおうとしている。なんで遺言なんてもの残したんだろう!」
「もう王になるって腹をくくって、言ったほうが騒動がおさまるんじゃないの?」
「言ったところで余計に刺激しそうだ。王宮の誰が味方か誰が敵かわからない状態で動きにくい。目星はついてるが、まだはっきりと証拠を掴めていないんだ……でも正直言って、俺は逃げてるのかもしれないな。王になるのが怖い。こんな重いものを背負いたくない」
疲れ切っているキサはお茶を飲むとテーブルに突っ伏す。しばらくその姿勢で一時停止している。思考も停止しているように見える。
私がルノールの民で貧しい村に生まれ、売られたことがどうにもならないように、キサも生まれた場所や立場を呪ったところでどうにもならない。
ちょっと愚痴りたくなるときもあるよね……と見守る。
「私がしばらく結界を張って見守っててあげるわよ。休んでいったら?」
かわいそうになりベットを貸してあげることにする。少し睡眠でもとれば気持ちも前向きになるだろう。キサが驚いた顔をした後、苦笑した。
「ありがとう……でも他の男にそれしないほうがいいよ。たまに世間からズレてると思うよ……気をつけてくれ」
あれ?これ私、やらかしたの?また世間一般常識の道からはみ出た!?頬に一筋の汗が流れる。
一旦、この微妙な空気をリセットするためにひと口お茶を飲んだ。
「私が護衛しようか?」
最悪、師匠との約束は守れないかもしれない。いや、そもそも、これが事が起こったことなのかな?
「それを頼みにきたわけじゃない。……勘違いしてないよね?ミラの力を貸してほしくてきたわけじゃないよ」
「え?」
「今のうちに、会いたい人に会っておきたかっただけたよ。ミラにはお世話になったからね。礼を言いに来た。ありがとう。学院長にも挨拶しようと思ったけど、あの人はあの人の立場がある。俺と接触したことがわかれば学院全体に迷惑がかかる」
「戻って大丈夫なの?何か手はあるの?」
「まったく味方がいないわけじゃないよ。信頼できる者もいるよ。大丈夫だ。そろそろ行くよ。お茶美味しかったよ。ごちそうさま!」
キサが慌ただしく、立ち上がる。時間が無さそうだ。いつもの微笑みを口元に浮かべると、じゃあねと窓へ行き、出る前に振り返って空色の目で私をみつめた。少し心細そうに見えるのは気の所為なのかな。
「ミラ、もしオレが王になったら……いや、なんでもない」
「え!?」
ヒラリと窓から出ていき、外へ消えた。待って!という間もない。追いかけたところで、良い策が私にあるわけでもない。でも何か力になれないだろうか?
しばらく私は腕組みをして考えていたが、できることから行動にうつしてみることにした。
とりあえず学院長室へ向かう。面会の許可がないから、いきなり会ってくれるかはわからないが。扉の前で立ち止まり、ノックした。
「誰じゃ?入りたまえ」
いた。よかった。私が扉を開けると、予測していたのか特に驚かない。そっと扉を閉める。もしかして……。
「予想済みですか?師匠から連絡ありましたか?私がくることをわかっていたのですね」
「そろそろと思っていたが、思っていたより早かったの。誰に聞いたんじゃ?」
「王が崩御したことですか?師匠が間に合わない時は私が動いていいとのことでした。一応許可を頂こうと思って」
「キサに聞いたんじゃな?どうやって…とは聞かないでおこう。キサは元気そうじゃったか?」
「疲れていました……。学院長はキサの師ですよね?助けられないのですか?」
眉がピクリと動く。心外だと言うように。
「助けてやりたい……が、学院は生徒を守らねばならない。巻き込むことはできぬ。闘神官たちは学院にはいるものの、管轄は神殿になる。神殿の大神官も基本的には政治に不介入じゃ。お互いに己の線を越えないようにしておる」
「わかりました。私は生徒ですが関わって退学とかならないですよね?」
それは避けたいので確認しておく。これは最重要な事である!
「この事件に自分から関わるのか?危険じゃぞ。しかし、キサの味方が一人でも増えることは助かる。わしは動けない。学院の方は休暇届けを出し、許可したということにしておこう。生徒が休暇中に何かしたとしても目が届かぬこともあろう。そのくらいならわしにもかばうことは可能じゃ」
それから学院長はひと呼吸置いて言う。
「キサは王位についてなにか言っておったか?」
「放棄したそうでした」
やはりなと重々しい声音で言う。苦悩が滲んでいる。そんな学院長に私は言う。
「私は簡単に一国を背負う王になると言える人間ほど信用はできないと思います。一国の重みを知っているからこそキサは迷い、悩んでいるのかと。そんなキサは王にふさわしいと思います」
「わしも王にならんのか?と何度も聞いてきたんじゃ。しかし思いを変えることができないまま、ここまで来てしまった。そして事は王になると収まるという問題でもないのじゃ」
「首謀者をあぶりだす必要があるんですね」
「そうじゃ」
「民たちに正式に王が崩御したことを伝えるのはいつになりますか?」
「明後日の朝じゃな」
「それまでに相手も何かしら動いてくるか……何かこちらからもできないかな」
学院長がジッ見つめる。考えている私を見て言い放つ。
「その物言いが、そなたの師にそっくりじゃな」
「やーめーて!くださいよっ!」
思わず、鳥肌が立つ!あの腹黒い師匠に似てるとか言われたくない!性格悪そうじゃないっ。
「キサは私にこの王家の騒動に関わってほしくなさそうでしたし……師匠の意図がどこにあるのかもわからないので、私がこれからすることが正しいかどうかもわかりません」
ふむ……と学院長が頷く。
「ただ、このまま放っておく気持ちにもなれないですし……これより休暇をお願いします」
『許可する』と薄暗い学院長室に声が響いた。
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