イエロー編

第22話 おとし籠

――しばし時をさかのぼって――


黒系色素生物黒燕クロツバメは、色魔殿に帰ってきた色杯によって新たに祝福されて生まれた人型ヒューマノイドの黒系色素生物であった。白系または黒系物理色を力の根源とする二元色素生物はその希少性と含有色力の強大さゆえに、生まれた直後から色魔殿においてかなり上級の立場に置かれることがしばしばであるが、彼が色魔殿で大大王ジレンに忠誠を誓った時には、既にジレンの隣には二人の将軍が座っていた。


一人は、白系色素生物のミカ将軍。彼と同じ二元色素生物であり、生まれた直後に意識を接続させられた色力式仮想育成空間において戦闘についての指示を仰いだ恩師だ。仮想空間の時間と現実の時間にはかなり差異があり、仮想空間での100年は現実では一時間ほどでしかない。この間に色素生物は戦闘の基礎を教師役から叩き込まれて、即戦力として現場に参戦する。ミカ将軍はとても熱心に黒燕を鍛えあげた。育成空間での教育期間を終えた後に受けた能力試験を一発で合格した時にはまるで自分の事のように共に喜んでくれるほど彼には期待をしていた。


そしてもう一人は、つい最近その座に着いたという黄系色素生物のイエル将軍だ。もともと彼は目下侵略の対象となっている地球人の内、色力のついての最先端の研究を行っていた科学者であったそうだが、ある事情から地球側を裏切って色素生物へとその体を変えてこの色魔殿に来たという。しかも、地球側がこちらと対抗するために生み出した生物兵器、シキモリとやらを生み出した科学者メンバーの一人ともいう事から、他の色素生物と同じく黒燕は正直信用できなかった。だが、イエルの裏切りのおかげで色杯が色魔殿へと戻ったことは確かだし、仮想育成空間を作り出して色素生物の短期間での大幅な増員計画を考え出して、色魔殿の戦力増に大いに貢献していることも事実であった。


それに黒燕自身、ミカ将軍の庇護があるとはいえあまり他の色素からはよく思われてはいなかった。なんでも、自分と同じある黒系色素生物が、ミカ将軍と同じ上位の立場に置かれていたにもかかわらず、色素生物の暗黙の掟に背いてシキモリと戦ったが無様にも敗北し、そのまま処分されたのだという。それ以来、黒系色素に対する評判が良くないのだ。黒燕は己の悪口など大して気にも留めなかったが、それにしてもそのつど耳に入る先代黒系色素生物の名前が気になった。


「あいつもブラックウィングみたいになるんじゃねえの?」

「まじめでいい子なんだけど、どうもブラックウィングの影がちらついてね・・・」

「ブラックウィングみたいにならないことを祈ろう」

「ブラックウィング」

「ブラックウィング」


知的好奇心をどうしても抑えきれなくなった黒燕は、たまらなくなってミカ将軍に質問をぶつけた。


「先生、ブラックウィングは、一体どうしてあそこまで嫌われているのでしょう。」

「・・・黒燕、今から言う事を、絶対に誰にも話したらあかんよ?」


ミカは、知っていることの全てを黒燕に打ち明けた。ブラックウィングはある時を境に、色魔殿に潜り込んだ謎の男の隠れ蓑にされていたこと、彼が嫌われている原因が全てその男がブラックウィングの名を騙って行った行為にあること、そして何より、一番傍にいたはずの自分がそれに気づけなかったこと・・・


「・・・」

「うちがもっと自分の違和感にもっと正直やったら・・・本当にごめんな、無関係のあんたにまで根も葉もない風評かけさせて、ごめんな。」

「いえ、先生やブラックウィングは悪くありません。悪いのはその男です。」

「そうなんよ、そうなんやけど・・・事情が事情さかいそう簡単においそれとしゃべる訳にもいかんし・・・それに・・・」

「それに?」

「これは、うちの個人的な推測なんやけど・・・」


結局、黒燕はミカ将軍の放った言葉が黒燕の脳裏にこびりついて眠れなかった。その男は、実はまだ死んではおらずまだどこかでのうのうと生きているのではないか。そして虎視眈々と復讐の機会をうかがっているのではないか。だいぶ長い期間色素生物を欺き続けていた男が果たして数回程度の戦闘でこうもあっさりと死ぬのであろうか。その疑問が出るのは自然なことだった。そのことについてバルコニーで思考にふけっていた黒燕に後ろから声をかける者がいた。


「黒燕、どうした。もうとっくに消灯時間は過ぎているぞ。」

「・・・イエル将軍。」

「どんな考え事をしているかは知らんが、兵士は寝れる時には寝ておくものだ。」

「は、申し訳ありません。」

「もし眠れないほどの悩みがあるのなら、それはため込むよりも吐き出したほうが幾分か気が楽になるぞ。」

「いえ、将軍にいうほどの事ではありません。全くの個人的な問題であります。では、失礼。」


黒燕はそそくさと立ち去ろうとした。だが、イエルがすれ違いざまに放った言葉に思わず足を止めて眼を見開く。


「・・・ブラックウィングのことか。」

「・・・!!」


何故そのことをこの男が知っているのか。ミカ将軍はこのことを自分だけに打ち明けたはずだが・・・


「おや、ブラフのつもりでかけた言葉だったが・・・どうやら図星だったかな?」

「・・・どういう意味ですか。」

「ブラックウィングの事については私もミカ将軍からそれとなく聞き出していてね。私もここに来た当初は奴はとっくに死んだものと思っていた・・・だが、どうも最近の地球側の動きから、奴がもしかしたら、地球側について支援しているのではないか、と私は考えてはいる・・・」

「・・・」


イエルはバルコニーの手すりにもたれかかって黒燕の横に並んだ。その目線にはアステロイドベルトのはるか彼方、太陽から三番目に遠い己の故郷を映しているのだろう。


「妙だとは思わんかね?確かにシキモリ達がそう簡単につぶれるような相手ではないことは設計者である私自身もよく知ってはいるが、君も知っている通りこれほどの色素生物を送り付けているのにあいつらは平気な顔をして捌いている・・・」

「・・・」

「そして、シキモリとの戦闘で必ず報告されているのが、シアンやマジェンタの容貌の変化だ。全体的に”黒くなった”との報告が多い・・・どうやら黒系物理色の力を手に入れて身体の強化を図ったものとみられている・・・」

「!!・・・ですが、それだけで地球側についているのが奴だとは言い切れません。」

「黒燕よ・・・まさか忘れたとは言わないだろうな、奴はシキモリと最初に戦った時、明らかにとどめを刺せる状況で、あろうことかその義務を放棄したのだぞ。・・・その行動に至った理由が、奴は最初からシキモリ、いや地球側へ味方するつもりだったからとするならば、つじつまが合うのではないか?」


もちろん、これは私の想像に過ぎないがね、と彼は断りを入れたが、かなり信ぴょう性が高く、彼の仮説を明確に否定できるものは黒燕はおろかこの色魔殿には誰もいないであろう。黒燕はイエルに対し沈黙でしか返答を返すことが出来なかった。


「・・・」

「おおっと、すまない。眠れないほどの疑問を解決するはずが余計に眠れなくなってしまったな。」


イエルはそういうと踵を返し、もうそろそろ私も休むよ、と言って黒燕のもとを去ろうとした。しかしそこで黒燕が呼び止める。


「イエル将軍・・・あなたのいう事はすべて正しいとは思わない。しかし、明確に間違っているとも言い難い・・・でも、奴の事をそこまで推測を立てておきながら、なぜミカ先生に報告しないで僕に話すのですか?あなたもミカ先生にはだいぶお世話になったはずだ・・・」


イエルはこちらに目もくれず、背中越しに答える。


「君になら話せると思ったからだよ、黒燕。君はブラックウィングの姦計を見抜けなかったミカの名誉をどうにかして回復しようとしている・・・違うか?」

「そ、それは・・・」

「俺はそんな君を、少しだけ応援したいだけさ。」

「・・・将軍。」

「もしこの続きが聞きたければ・・・明日の演習後、すぐ私の部屋にこい。私にいい考えがあるのだ・・・」


そう言い残すとイエルは今度こそバルコニーを後にした。イエルは己のミカ先生に対する感情まで見抜いている。奴はいったい何を考えているのだろうか。だが、現状ブラックウィングに関する情報が少ない以上、ここはおとなしく奴の言うとおりにするしかない。とりあえず今日はもう寝よう、と黒燕は、自分の部屋へと戻っていった。




おとし籠に燕がかかった。

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