第13話 蒼と黒の決闘

マジェンタが戦場へと向かった後、蒼井は一人病室で思索にふけっていた。

シキモリになってからというものの常に出ずっぱりであった彼にとって、マジェンタと言うもう一人のシキモリの存在はとても有難かったが、しかしそこで安堵している自分にも違和感があったというのも真実だ。


作戦会議を終えて、色力集中治療装置でどうにか傷をいやした蒼井に、栄養を付ければ早く全快になりますよ、とマジェンタがどこからか持ってきたリンゴを取り出して皮をむき始めた。左の親指をカミソリのような刃に変化させて、シャリシャリと表面をなでるようにして剥いていく。普通の人間にはまずできない芸当だ。かくして剥かれたリンゴは均等に切り分けられて皿に並べられた。


「ありがとう、マジェンタ。さっそくいただ・・・痛っ」


上半身を起こして手を伸ばそうとするも、ずきずきと体に走る痛覚が邪魔をする。集中治療とはいえまだ完全に傷が治りきっていないのだ。駄目ですよまだ動いちゃ、と優しくベッドに戻された蒼井は、仕方なくマジェンタに食べさせてもらうことになった。今度は右の人差し指を爪楊枝のようにとがらせてリンゴを突き刺し、蒼井の口にそれを運んでいく。


「はい、あーん。」

「あーん・・・」


病人とはいえ、大の大人がこのようなことをされるのは正直恥ずかしいと、蒼井は頬を赤らめたが、まだ顔にぐるぐると撒かれている包帯でそれを隠すことが出来たのは幸運だった。


「おいしいですか?皮とか残っていませんか?」

「うん、おいしいし、皮もないよ、有難う。」

「ふふ、よかった・・・」


マジェンタの笑顔につられて蒼井も顔がほころびそうになった。リンゴを統べた平らげた後は、彼女と他愛もない会話をしていた蒼井であったが、彼女と話せば話すほど、本当に彼女が人造生物兵器とは思えなくなってきた。少し体の構造が違うだけで、彼女はほぼ人間の女性と大差はないのだ。しかし、いざ色素生物が現れるとなればシキモリに転身して、命懸けの戦いに身を投じることになる。蒼井はそれを自分で選んだからまだいいが、彼女は生まれながらにして戦う事を宿命づけられている・・・


「ねぇ、マジェンタ。」

「はい!」

「・・・もし僕のけががまだ治らないうちに、ブラックウィングとかの色素生物が現れたら・・・その時は、マジェンタが戦うのかい?」

「はい、それが私の役割ですから!」

「・・・マジェンタは、怖くないの?」

「何がですか?」

「戦うことが、さ。」


一応防衛組織の隊員なのである程度の戦闘訓練は積んでいる蒼井であったが、それでもなおシキモリとしての戦いは、基本的に想定外の事しか起きないと考えたほうが楽だと思うくらい、思い通りにはいかない。どんなに完璧に戦ったとしてもどこかしらに傷の一つや二つがついているので生傷が絶えないのだ。加えて、敵の激しい攻撃によるショックで戦闘中に気を失うことも果たして何回あっただろうか。


「色素生物との戦いは壮絶だけど、ブラックウィングはなおさらだ。戦ってみてわかったんだけど、あいつは只者じゃない・・・それでも怖くないのかい?」

「・・・怖くない、といったら嘘になります。」

「じゃあ・・・!」

「でも、私は色素生物と戦うために生まれた、生まれながらの戦士なんです。怖いと思っても、戦わなくっちゃ。それが私の使命であり・・・生きる意味ですから。」


その言葉が、今の蒼井の頭の中にずっとこびりついていた。人造人間であること以外はごく普通の女の子なのに、生まれてすぐに己の使命を自覚し、果敢に戦場へと向いて行っている。それなのに自分はどうだ、こんなところで包帯ぐるぐるのミイラにされてじっとしているだけとは・・・蒼井は自分のふがいなさに憤りを感じていた。だから岐路井からあと五分で重光線装置の攻撃準備に入るという連絡が携帯に来た時にも、開口一番で


「お願いします!僕はもう戦えます!行かせてください!!」


と頼んでしまっていた。


「駄目だ。・・・と言っても、君は行くだろうな。そう来るだろうと思って、ベッドの右にあるサイドテーブルの中に青系物理色の色見本カラーチャートと、色力抽出装置を入れておいたぞ。」

「岐路井さん・・・有難う!!」

「一つ忠告しておく、重光線の発射は一回きりだ。絶対に相手を逃がすんじゃないぞ・・・」

「分かりました!」


言われた通りの場所にあった色力抽出装置と色見本を取り出した蒼井はすぐさま転身した。すぐに向かわなければ。今己の代わりに戦っている少女のもとへ。過酷な運命を受け入れて一人黒き翼の猛将と対峙するシキモリ二号のもとへ。ブラックウィングの赤黒く光る短剣に今にも断ち切られそうなマジェンタのもとへ・・・


「マジェンターーー!!!」


ガキィン!!


・・・


間一髪でマジェンタを救ったシアンは、ブラックウィングと再び剣を交えた。


「これはこれは、窮地の姫を救いに王子様のご登場か。面白くなってきたぜぇ・・・!」

「ブラックウィング!まだ僕との戦いは終わってはいないぞ!!」

「何度も言わせるな、結果の分かっている戦いほどつまらないものはないと。お前は一度負けた。もう一度無様に負けたいというなら相手してやってもいいが・・・?」

「やってみなくちゃ・・・わからないッ!」


海碧造換剣と造換鋼鉄針が激しくまじりあうたびに鈍い金属音と赤い火花を散らした。蒼い巨神と黒き猛将の戦いはここに再び幕を開けたのだ。


「せっかく拾った命をまた捨てに来るとはなぁ!」


シアンの造換剣とまじりあう瞬間に将軍は相手を突き飛ばす。シアンは思わず瓦礫の上に仰向けに倒れこんでしまった。占めたとばかりに獲物を持ち替えて、すかさず将軍は高熱度振動剣を振り下ろさんと襲い掛かった。だがシアンは将軍の利き手を両手で押さえつけて、それを食い止める。


「いつまでそうやっていられるかな・・・?手を放したが最後、どっちに動いてもこの剣はお前を切り殺すぞ!!」

「ぐぐぐ・・・」

「ははは、さあ、どうするシキモリさんよぉ!!」

「・・・今だ!マジェンタ!!」


シアンとの戦闘に熱中し過ぎて、いつの間にか、ブラックウィングはマジェンタに背を向けていた。マジェンタはシアンが現れてから気配を殺し、将軍に不意打ちをかける頃合いをずっと見計らっていたのだ。それに気づいたときには、既にマジェンタは己の背中から黒い翼を根元からもぎ取っていた。


「おいやーっ!!」


ぼぎり、ぼぎり


「何ッ、ぐおおおお!!」


羽をもがれた将軍はあまりの痛さに大きくのけぞってシアンから離れた。その隙にシアンはマジェンタをかばって敵との間合いを取る。


「蒼井さん・・・!」

「(マジェンタ、重光線の作動まであと何分だ?)」

「(蒼井さんが現れたころが大体3分前でしたので、もうそろそろ発射一分前かと・・・)」

「(分かった、とにかくやつをここから、重光線の射程範囲から動かさないようにするんだ。)」

「(そんな、羽をもいだとはいえ、あんなにすばしっこい相手・・・)」

「(僕に考えがある。いいかい・・・)」


シアンは再びブラックウィングに向き直って構えた。ようやく痛みを抑えた将軍は激しい憎悪を目の前の相手にむき出しにした。


「貴様ら・・・よくも俺の羽を・・・ただでは済まさねぇ・・・俺を怒らせて・・・生きて帰れると思うなぁ!!」

「・・・ブラックウィング。」


シアンは、再びブラックウィングと剣を交える・・・かと思いきや、なんとその剣を消滅させて、両手を上げて降伏の意思を示したのだ。


「・・・降参だ。ブラックウィング将軍。僕は二回も、貴方に負けたことを認めざるを得ないようだ。」

「・・・なんだと?」

「あなたの勝ちだ。将軍。廃車である僕を煮るなり焼くなり好きにするがいい。」


将軍は自分の耳が信じられなかった。ついさっきまでこちらと戦う気満々だった奴が突然おとなしく両手を上げて降伏してくるなんて、一体どういう風の吹き回しなのか。将軍はシアンに詰め寄って、問いただした。


「てめえ、何を企んでやがる・・・」

「別に、言葉通りの意味さ。」

「ざけんな!俺と差し違えんと言わんばかりの威勢で挑んできたやつがいきなり降伏して、それを額面通りに受け取るほど俺は愚かではない!!」

「・・・」

「言え、さあ何を企んでやがる!言わないとひどいぞ!」


いまだすっとぼけるシアンに手を伸ばしてつかみかかろうとするが・・・ブラックウィングの黒い手は宙を切った。シアンはそこにいて既に手が届く範囲にいるのに、手掛かりがない。


「・・・立体映像か、いつの間に!!」

「羽をもがれている間に僕たちは撤退させてもらった。もうすぐ勝者のあなたにはが与えられる。」

「天からの贈り物・・・だと?」


ブラックウィングは思わず上を見た。だが、瞬間見なければよかったと後悔した。上空には太陽の他に光源はないはずだが、どういう訳か今日に限って光源が二つある。そのうちの一つはすでに大きさを増してきて・・・違う!これは光源などではないし、大きくなっている訳でもない!これは光の柱・・・それも真下からしか見えない光景だ、それが大きく見えるという事は近づいているのだ、それも自分めがけて!

将軍はその光景に見覚えがあった。だが、もしここにいるブラックウィングが真にブラックウィングであるなら、見覚えがあるのはあり得ないはずだった。はこの光景を一度ならず何度も見ているし、何なら発射したこともあるのだ。妙に懐かしいその輝きと轟音に、将軍は思わず本性を現しかけた。


「そうか・・・この世界にもあったのか・・・重光線装置・・・!」




ギィィィィン!!!




作戦は成功した。シアンとマジェンタがブラックウィングを釘付けにしている間に、岐路井が重光線装置を作動させて照準を合わせ、重光線を発射して跡形もなく消滅させるのが、今回の作戦の狙いだったのだ。岐路井曰くかなり威力を制限したとはいう者の将軍は愚か周辺およそ150メートル範囲の市街地はほぼ消しんでおり、代わりにそのすさまじさを物語る大きなクレーターがぽっかりと大地に穴をあけていた。


「ブラックウィング・・・こうでもしなきゃ倒せなかったあいつの力は、敵ながらあっぱれだったな。」

「全くです・・・岐路井さん。」


「蒼井さーん!!」

クレーターから遠く離れた場所から岐路井と通信するシアンに、マジェンタが勢いよくだきついてきた。


「うわっ、マジェンタ!?」

「やりました、やりましたね蒼井さん!!みんなでブラックウィングをやっつけることが出来ましたね!」


マジェンタは喜びを全身でぴょんぴょんと表現する度に、どすんどすんと大地が大きく揺れうごく。まだ転身は解くわけにはいかない、市街地復元の下ごしらえとして、これからこのクレーターを手作業で整地しなければならないからだ。


「だ、ダメだよマジェンタ、今この大きさでそんなにはしゃぐと、整地が面倒だよ・・・」

「だって、嬉しいんですもん。ふふ。」


「はしゃぐのはそこまでにしておけ、そろそろ整地作業を始めないと日が暮れるぞ、二人とも。」

「はい。」「はい!」


二人のシキモリはそれぞれ土慣らしを造換すると、さっそくクレーターの整地に取り掛かかった。マジェンタはよほど嬉しかったのだろう、鼻歌交じりに楽しそうに作業をしている。そんな彼女に、蒼井は言っておかなければならないことがあった。


「あ、あのさマジェンタ・・・」

「?どうしました、蒼井さん。」

「その、今回の戦闘は、マジェンタがいなかったら、もしかしたら勝てなかったかもしれないから・・・ありがとう、っていいたくて。」

「・・・蒼井さん・・・」

「頼りない先輩だけど・・・これからもよろしくね。マジェンタ。」

「・・・はい!蒼井さん!」




二人のシキモリが楽しそうに整地作業をしている様子をCOLLARS本部のモニター画面越しにどこか冷ややかな目線で見ていた岐路井の携帯に、何者かが通話をかけてきた・・・。


「はい、私です・・・ええ、ご命令通り、奴は始末いたしました。たとえ生きていたとしてもあの攻撃では長くは生きられないでしょう。・・・ああ、重光線装置の事なら、心配いりません。あれはもう動かせませんよ。さっきの一発を撃った直後に自壊してくれたものですから、手間が省けました・・・ええ。・・・はい。・・・では、いよいよ・・・分かりました。お会いできる日を楽しみにしております。ミカ様・・・大々王様にもよろしくお伝えください・・・では。」


COLLARS本部にただ一人残っていた岐路井の目線は、再び画面越しに二人のシキモリへとむけられていた。不気味な笑みを浮かべる岐路井の目は、画面の光を反射して黄色く、そして怪しくきらめいていた・・・


「知らないままでいられるのは一種の幸せだな・・・蒼井君・・・ふふふ・・・」




・・・




「ジ、レン様・・・どうか、お、お慈悲を・・・今度こそは必ず・・・!!」

「お前は結果を残せなかった。それだけだ。その方にはもう用はない・・・」

「そんな・・・ジレン様・・・私なしでは色魔殿は・・・!」

「そなたの代わりが見つかったのでな、愚かにも色素生物の言わずの掟を破った愚か者ブラックウィングよ、見知らぬ星で、そのままゆっくりと朽ち果てるが良い。」

「待って・・・!どうかお慈悲を・・・ミカ、そこにいるんだろう!?助けてくれ!!早く・・・!ミカ・・・!」


プツッ・・・


「ジレン様ーーーー!!・・・なーんてね。」


結論から言うと、ブラックウィングは重光線をもろに喰らっても月の裏でピンピンしていた。というより、この威力では色素生物は殺せてもは到底殺せやしない。この世界の重光線の技術は彼から言わせればまだまだ原始的であり、エネルギー効率も悪い。


「まあ色力もない頃に作ったにしては上出来、かな。いつも撃つ側に立ってから、撃たれる側になるのは新鮮で良かったぜ・・・よっ、と。」


彼はブラックウィングというかりそめの体を蝶のさなぎの脱皮のごとく脱ぎ捨てた。抜け殻はそのまま黒系物理色となって還元され、宇宙の闇に消えていく。その様子を見届けると、彼は月の表側にテレポートした。適当な岩に座り込んで上を見上げれば、青い地球がでかでかと輝いている。人間たちは、さっきの哀れな色素生物よりも黒々とした陰謀がこの地球で隠れて渦巻いているとは、到底思えない。もし、それらが明るみになった際に、彼らはその事実を受け止められるだろうか。特に、あの青いシキモリの転身者であるあの青年・・・


「彼もまあ残酷な運命だよな・・・いったいあいつが何をしたって言うんだか。このままいくとあの人造人間しか味方がいなくなるな・・・かわいそうに・・・」


彼は地球を見つめながら独り言ちた。


「ここまで来たらどうなるか。お前の運命、しかとこの目で見届けさせてもらうぜ・・・蒼井。」




それぞれの運命の歯車は、今大きく動き始めようとしていた・・・!


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