第27話 総攻撃!白拍子討伐隊

アメリカ合衆国のシンボルと言えば、自由の女神である。同国がイギリスの植民地から一つの国として独立してから100年目の記念すべき年に、フランスからの募金によって建造された、自由と民主主義の象徴である。その女神像が真昼の太陽にも届かんとばかりに高々と掲げている松明に、一筋の白い閃光が走った。瞬間、女神の右腕が轟音と共に崩れ落ち、周囲からは大きな悲鳴が上がった。女神像は展望台も兼ねているため、中に多くの観光客が訪れている。何がどうなったのか分からないままパニックに陥いり、女神像内部は上を下への大騒ぎとなった。中には911の再来と死を覚悟したものも多かったという。


そして、その女神像と同じくらいかそれよりも高い背丈の大男が、落ちた女神の右腕を、わざとらしく見せつけて膝でへし折った。この大男は勿論色素生物ではあるのだが、身体を構成する色素は黄色だった。だがイエルではない。彼は地球には来てはいない。彼はイエルとは違って筋骨隆々、ぼさぼさの髪からのぞく二本の角、そして背中に斜めに背負った”白い”金棒の姿からして、日本の伝承に伝わっている”鬼”のイメージが良くあてはまる。そしてその名を、黄羅滅鬼きらめきと言う。


「がはは、自由の女神とはよく言ったものじゃ。未だ肌の色や社会的地位からくる偏見を捨てきれぬ国がよくもまあいけしゃあしゃあと自由を語れるものよの!」


黄羅滅鬼は白い金棒を振り回して、女神像にこれでもかと言わんばかりにたたきつけた。その打撃には、命令に対する不満も含まれている。討伐隊結成時のミーティングにおいて、こんなまどろっこしいことをせずともにゅうよおくだのわしんとん・でぃーしーだのさんふらんしすこを直接襲えばよいではないかと具申したが、イエルはあくまでも自由の女神像を破壊せよと命令してきたのだ。この国の人々にはそれが一番効くのだとか。その考えが彼には正直理解できなかったが、仮にもイエルは自分の上司。命令は絶対だ。黄羅滅鬼は個人的な感情を押し殺して、あくまでも女神像破壊に務めた。それにしてもこの「白金棒」はよく壊せる。


・・・


朝のトップニュースで入ってきた、自由の女神が色素生物に襲撃された事件。それだけではない。ロシアのクレムリン宮殿、フランスの凱旋門、中国の万里の長城。イギリスのビッグベン。そして、日本の東京スカイツリー。いま、世界七大都市のランドマークが色素生物によって破壊された。東京に現れた色素生物はシアンもよく見知った敵、グリンガだったので訳もなく倒せたが、奴は今までのグリンガとは明らかに違っていた。緑系色素生物のはずの彼が、”白かった”のだ。どうにか間に合ったおかげで半壊だけで済んだスカイツリーの横で、シアンが疑似網膜でグリンガを走査した結果をクロハに報告する。


「白系物理色の反応があった?」

「うん、名乗るときも俺は”白いグリンガ”だ、白拍子討伐隊の急先鋒だ、とか言っていたんだ。戦力や戦法は最初に出会った時と全く変わらないから省くけど、気がかりなのは、奴の持っていた道具で・・・その武器から、白系物理色の反応が強く検知されたんだ。」

「二元色素の力で戦ってるのか・・・まるで俺たちみたいだ・・・」


そこへ、日本を離れて中国へと飛び、万里の長城にて紅人魚を討ち取ったマジェンタからの通信が入った。端末の回線をつなぎ、シアンとも共有できるようにしてクロハは通信を開く。


『こちらマジェンタ、たった今紅人魚を撃退しました。でも・・・万里の長城を少し壊してしまって・・・』

「心配すんな、あちらさんだって長城を管理しきれねえで崩壊に任せてる区画があるくらいだ。ま、それなりに賠償金は払わされるだろうが、それを払うのは国の仕事だし、請求書が来ても俺がどうにかするから気にすんな。・・・それで、紅人魚に変わった点は?例えば、何か”白かったり”、白系物理色の反応がある武器を使っていたりとか・・・」

『えっ!!・・・どうしてわかったんですか!?』


マジェンタの反応で、クロハと蒼井は暗に確信した。この世界7都市同時襲撃事件には、二元色素生物がその指揮をとっていること。それも白系。白系色素生物なぞ3人が知っているのは一人しかいない。二元色素生物はそう簡単には色杯に祝福されないという事をクロハは色魔殿にいたころに調べ上げている。色魔殿を束ねる大大王ジレンの側近の一人にして色素生物最強格の一人・・・冷血のミカ!

だが、彼女は岐路井を自分側に引き込むために裏であれこれと策謀を巡らせたように、あまり表立っては行動するのは彼女の性に合わないことも知っていた彼にとって、ここまで露骨に自分の存在をアピールするのはなぜだろうか。


「まあいい、とにかくシアンは太平洋を越えてすぐに米国へ、マジェンタはそのまま陸続きにロシアへ向かって一つずつ潰していけ。残りの見知ったやつらは俺が微小構成体で撃退するとして、米国と露国の色素生物はまだ未確認の新種だ、気を引き締めてかかれ、もし難があるようなら俺もすぐそこへ駆けつける。以上だ。健闘を祈る!」

「「了解!!」」


二人との通信が切れた後、クロハは田子倉ダムのほとりで掌中から白い砂塵のようなものを発生させた。砂塵は湖の水分をたっぷり吸収した後、もくもくと上昇し、人工積乱雲となった。と言っても、雲の発生サイクルに少々加速度を付けただけの行為である。積乱雲はその巨体を驚くほどの速さで移動させて、色素生物の下へと向かって行く。


かつて、この世界とは別の世界の銀河で、ある惑星から銀河中にひろがって猛威を振るった気象兵器。一度惑星にばらまかれたらたちまち異常気象を巻き起こし、まるで星が風邪を引いたような状態に陥ることから通称”惑星風邪”とも呼ばれていた。銀河中がまさしく血のにじむ思いで抗体を作り上げて、この”ウイルス”を克服したものの、そのウイルスの製造元がそれらをさらに強化したうえで、免疫が衰えたタイミングで銀河に再びばら撒こうとしていたのを、クロハは3人の密使たちと共に未然で食い止めたのだった。そして今、惑星風邪の正体である微小構成体ナノマシンはクロハによって体質改善アップデートを施され、彼の命によって動く忠実なしもべとして色素生物を撃退している。下級や中級程度の色素なら余裕で退治できるほどには協力だ。


「あんまりあの姿で戦うといろいろ厄介だしな。」


「そうか、君はそうやって彼らを退治していたのか・・・」


突然、独り言ちているクロハの後ろから何者かが声をかけた。ばっと後ろを振り返ると、そこには田舎には不釣り合いなほどパリッとしたスーツを着こなした、黄色いネクタイの男が一人立っている。クロハはもしも自分の行為が見られた時の手順を思い出して、さも湖を見に来た地元民のふりをしてすっとぼける。


「やや、珍しい!お兄さんどっから来たんだい?ここでは見ない顔だが。もしかして只見線、もしくはダムの視察にきたお役人さんか?」

「はは、すっとぼけなくていい・・・俺は君に用があるんだ・・・ブラックウィング。」


クロハの作り笑いは一瞬にして崩れ去り、目の前の男をにらみつけた。しかし向井の男は微笑を浮かべたまま崩さない。二人の間に強烈な緊張感が走る。二人とも、互いの正体について既に看破していた。


「ああ、すまない。君はブラックウィングでは無かったな・・・君の本当の名は・・・クロハ、だったな。」

「・・・盗み聞きはあまり褒められたもんじゃないぜ。・・・岐路井さんよ。」

「もうその男は死んだ。私はイエルだ。」

「・・・それで、そんなイエル将軍様が大事な色魔殿と大大王をほっぽり出して、死んだ男の真似してまで、いってぇ俺に何の用だ。」


岐路井・・・いや、イエルの人間態は近くのバーベキュー客用に備え付けられたガーデンテーブルに座った。


「まず、俺は君と戦いに来たのではない、という事については理解してもらえるかな。」

「さあ、どうだろうな。蒼井たちを裏切ってまで色魔殿についたやつのことなど信用できるかってんだ。」

「君だってそうではないか。裏切り者はどこまで行っても裏切り者だよ。」

「・・・ふん、口は達者だな。」


クロハはイエルと同じガーテンテーブルに座って向かい合った。そして、ポケットから煙草を取り出す。自分用に一本取りだして咥えたと思うと、もう一本をイエルに差しだした。


「・・・吸うか。」

「いいのか?」

「俺は一応、お前の”先輩”だからな。それとも、は好きじゃないか。が良かったか。」

「・・・意外だな。君はもう少し敵対すると思っていたが。・・・いただくよ。」




二人は煙草に火をつけた。クロハはライターで。イエルは指から火を発生させて。一見一服しているように見えたが、二人はまだ警戒態勢を崩してはいない。それどころかより緊張が高まり、何人たりとも近づけない、張りつめた空気がこの空間に流れている。風は吹いていなかった。しかし、煙草の煙は、まるで二人を避けるようにしてゆらゆらと立ち上っていた・・・





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