第11話 わたしはマジェンタ
蒼井が重い瞼を開けると、一面に白無垢な天井とその中に埋め込まれた等間隔の蛍光灯が並んでいた。前にも一度ここに来たことがある。シアンと融合してすぐに気を失ったときも、このCOLLARSの医療センターに運ばれて治療を受けていたのだった。
「あ!気が付きましたか?」
蒼井から向かって右手には見知らぬ女性が座っていた。COLLARSの事務員が良く着ているスーツらしきものを着ているが、何より目立つのはその
「き・・・君は・・・?」
「あ、申し遅れました、私はマジェンタと言うものです。会うのは初めてですよね、蒼井さん。」
「マ・・・マジェンタ・・・?」
「こういえばわかりますか?私は色素生物と人間の遺伝子を掛け合わされて作られた、人造人間なんです。」
「・・・じゃあ、きみが・・・?」
「はい、私がシキモリ2号です!これからよろしくお願いしますね、蒼井さん!」
「おお、気が付いたか、蒼井君。」
病室の引き戸を開けて入ってきたのは岐路井博士であった。
「岐路井さん・・・ブラックウィングは。」
「奴なら彼女がどうにか撒いたよ、もし少しでも彼女を出すのが遅れていたら、今頃君は姉さんの所に行ってただろうよ。」
「そう・・・だったんですか・・・」
蒼井は改めて自分の体を見やった。シキモリとして戦う際に、大きな傷を負ってしまうとそれらが人間態の体にも影響が出てしまうが、それにしても今の蒼井の姿は痛々しいというよりかは滑稽であった。各所にギプスをあてがわれて、頭まで包帯ぐるぐる巻きの、ステレオタイプなミイラ。少しでも動かそうものならずきずきとした痛覚が体中を走り回る。
「あいて、いててて・・・」
「ああっ駄目ですよ蒼井さん!色力集中治療装置の準備が終わるまでは絶対安静だってお医者様が・・・」
「う、うん・・・」
マジェンタに看病してもらう蒼井の頭の中で、先の戦闘の光景が頭の中でじわじわと蘇りつつあった。そうだ。僕はブラックウィングに負けたのだ。シキモリとして初めての、敗北であった。
「岐路井さん、ごめんなさい・・・僕、負けちゃいました・・・」
「・・・蒼井君。君が謝ることではない。俺ももう少し早くマジェンタを送り出していれば、君のけがをもう少し軽くしてやれたはずだった。」
「岐路井さん・・・」
「それに、君は決してただ負けたわけでは無い。君が奴と戦って得られた戦闘データーで俺たちは奴の行動パターンを解析して、次の戦いに備えることが出来る。そして・・・いよいよその準備が整った。」
「整ったって・・・?」
「残念ながら、君とマジェンタが束になっても、奴を倒すことは不可能だ。だが、ある兵器なら奴を消し飛ばせるかもしれん。その兵器の使用許可を立った今取り付けてきたところだ。」
岐路井は手のひらの端末からホログラフィ画面を展開してマジェンタと蒼井にその兵器の概要図を見せた。大きな筒に長方形の羽がついたような形状のそれは、蒼井も一度だけ目にしたことがあるものだった。理論上でいえば月すらも消し飛ばせる超兵器。実践投入される前に色力の発展によって戦争そのものがなくなり手持ち無沙汰になっていた衛星兵器。平和利用に転用しようにもエネルギー効率の悪さでそのまま軌道上を浮遊するの任せていたレーザー兵器。その名は・・・
「これは・・・重光線兵器!!」
・・・
色魔殿はアステロイドベルトをまるで海に浮かぶクラゲのように漂っている。そこへ大きな黒い翼をはためかせてブラックウィング将軍が帰還したのは、敵となったかつての部下、シアンにとどめの一撃を差そうとしたときに、突然現れたもう一体のシキモリ、マジェンタと名乗る個体に邪魔されてから半時もしなかった。結局あの後、
色魔殿のエントランスに着地したブラックウィングは、翼を折りたたむとそのまま内部の大々王ジレンが鎮座する玉座の間へと足を進めていった。道中すれ違う他の色素生物の目線が突き刺さるが、将軍は別に気にもとめない。だが、決して自分の活躍をほめたたえる意味ではないだろうなと心の中で独り言ちた。色素生物は生まれながらの戦闘民族、生も死も戦いの中でという美徳観念からは、将軍はあまりにもかけ離れ過ぎていたのだ。それでも頭脳と知略だけで功績を上げていたため、大々王からは一目置かれていたのだが・・・王の玉座にてひざまずいた将軍に、ねぎらいの言葉はかけられなかった。
「・・・将軍。余がおぬしに聞きたいことはおおむね分かっておろう。このジレン、質問の嵐を浴びせる前にまずそなたの言い分を聞こう。」
「・・・あの戦いの中でも言っていた通りですが、某は結果の分かっている戦い程詰まらないものはないと存じております。奴はもう放っておいても死ぬ身でした。まさかシキモリがもう一体いようとは想定外でしたが・・・。」
「ふむ。だが余が聞きたいのはそれではない。・・・シアンを撃墜させたときに、なぜすぐにとどめを刺さなかったのか。また、なぜとどめを刺すのをやめたのか。」
「・・・理由は前述のとおりです。」
「納得がいかぬ。戦いにおいて中途半端は許されない。戦いは敵の最後を見届けるまでが我々色素生物の不文律であることは貴様も分かっておろうが。」
大々王の言葉は全ての色素生物の総意でもあった。ブラックウィングの不戦勝の精神は色魔殿では度々論争になり、不満の声も大きかったのだが、そのたびに将軍は色魔殿に多大な利益をもたらしてそれらの不満因子を引っ込ませていた。だが、今回将軍は裏切り者のシアン打倒を目的に地球へと向かったのに、シアンをあと一歩のところで取り逃がしてしまったのだ。確かに将軍の力はシアンを圧倒的に超えていた。しかし、だからと言って美徳を破るようなことは決して許されない。ジレンはこれらと同じようなことをやんわりと、しかし厳しく将軍に言い放った。
「・・・将軍、そなたの考えははっきり言って我等には到底理解できぬ。だがもしそれを貫き通したいというのであれば、行動と結果で示すのだ。・・・意味は分かるな?」
「は、大々王様。次こそはシアンをこの手で打ち取って見せます。もちろん、もう一体のシキモリも・・・」
「すぐに行け、将軍。・・・よいか、次はないぞ。」
「仰せのままに。」
そういうとブラックウィングは踵を返して玉座の間を後にした。ジレンは玉座に深く座りなおすと、立派に蓄えた橙色のあご髭をなでながら、すぐ横に立たせているミカに周りにも感知できない独自回線のテレパシーを発した。
「(ミカよ。そなたの仕込んだ工作員の方に連絡せよ。・・・ブラックウィングをうまく始末せよとな。)」
「(・・・はい・・・)」
「(・・・意外だな。おぬしの事だからてっきり反対するものかと思っていたが。)」
「(全てにおいてジレン陛下の命令が絶対です。異議はおまへん。)」
「(それでよい。・・・奴は勝っても負けても・・・ここに戻ることはない・・・それくらい、大きな罪を犯したのだ。)」
「(・・・)」
ジレンの提案にミカは異議はなかった。ミカの中にあるブラックウィングに対する違和感は先の戦いで決定的になったからだ。幼いころから彼を見ているミカから言わせれば、本当の彼ならあのような生ぬるいことはしない。しかも、シアンと戦っているときも、明らかに自分たち色素生物では出せないような技を駆使していた。あの変なロケットを調べた時から彼は変わったと思っていたが、どのように変わったかまではミカもはっきりとは表せなかった。
だが、今ならきっぱりと断言できる。彼はブラックウィングではない。なんなら、色素生物ですらない。何の目的があって色魔殿に潜り込んだかは分からないが、何にせよ今のうちに排除するに越したことはない。ミカは心の中でそうつぶやくと同時に、かつて志同じくして色魔殿に乗り込んだ、親愛なる戦友が死んだという事実に一人胸を痛めるのであった。それとタイミングを同じくして、ブラックウィングに見える何者かは黒い翼を大きく開いて再び地球へと進路を向けて色魔殿を飛び立った。
「全く、耳が良すぎるってのも考え物だぜ」
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