第7話 亡き姉の贈り物

色力活用研究機関本部、かつてそう呼ばれていた建物はその機能をCOLLARSと防衛軍に受け継がせ、本部はそれまでの研究成果をまとめた資料館としてその姿を保っていた。・・・が、それはあくまでも表向きのカモフラージュ。その地下ではいまだに色力について――主に軍事転用目的での――研究が続けられていたのだ。久しぶりの再会の言葉を短く済ませた岐路井は、蒼井をその地下軍事機密区画へと案内した。


「・・・桃花は最後まで色力の軍事利用には反対だった。彼女はあくまでもこれを資源として活用したかったそうだが、色素生物の襲来で段々研究予算が厳しくなっていく現状もあったことだし、防衛軍に専門の独立研究機関兼、武装防衛組織を設立することを条件に、不承不承ながら首を縦に振ったんだ。」

「・・・それが、COLLARSなんですね?」

「そうだ。だが彼女はCOLLARSが設立してそこへ配属された後も、色力式軍事兵器の開発には一切かかわらなかった。彼女はあくまでも信念を通したわけだ。・・・を除いては。」


蒼井と岐路井の目線は、明かりをつけても光が届かない部分が多い色力研究活用機関地下倉庫の壁にもたれかかっている、青色の色素生物に向けられていた。彼がとても衰弱しているという事は、その褪せている体色を見ればわかる。色素生物の体力の状態はその体色に顕著に表れるのだというのが、蒼井がCOLLARSに入ってきて最初に覚えた知識であった。


「色素生物との戦いは膠着状態にある。色力兵器の開発のおかげでまだ何とか優劣半々の状態が続いているが、結局は俺たち地球人のに草が生えたものに過ぎない。それに色素生物について、俺たちはまだわかっていないことの方が多い。奴らを倒すには、奴らを知る必要があった。そう考えていた時、こいつが空から落ちてきたんだ、まるで示し合わしたようにな。」


蒼井は岐路井の説明を聞きながら、その色素生物に近づいていった。色素生物は人間に敵対する恐ろしい存在と聞かされており、蒼井自身何度も戦っているのでそれは身に染みているはずではあったが、蒼井は目の前にいる彼からはそのようなものを感じる事が無かった。いや、ほぼ敵意がないと言ったほうが正しい。人の形をしていながら、人ならざる生物。胴体にへばりつく鱗状の物体。弱弱しくもどくんどくんと脈を打つ血管(のように見えるもの)。普通に戦っていれば特に注意を払わなかった部分を、蒼井はしげしげと観察した。


「これが・・・色素生物・・・」

――気になるかい、僕の体が――


突然蒼井の頭上で声がした。岐路井の声だろうか?いや、岐路井の声はもっと低いはずだ。見わたしても他に誰もいる気配がない。もしや、と思って正面に向き直ると、目の前の色素生物が目無しどくろのようにも見えるその顔をこちらに向けていた。


「話しかけたのは・・・君か?」

――そうだ。僕はシアン、色素生物のシアンだ。そして君は・・・蒼井ソウタ君だね?――

「!!・・・なぜ、僕の名前を・・・?」

――君のお姉さんから、よく聞かされていたからだよ。・・・この度は、お悔やみを・・・――


蒼井は驚愕した。今まで色素生物とは対話不能だと思っていたのだが、この色素生物はこの星の言葉が分かるのだ。しかもご丁寧に”お悔やみ”まで申し上げられるほどには、礼儀を理解している。おそらく姉の教育の賜物であろうと蒼井は頭の中で理解した。


――君のお姉さんは、この星に落ちてきた僕を、実験材料モルモットとしてではなく、一人の生き物として尊重してくれた、たった一人の人間だったんだ。彼女は僕をまるで自分の家族のように大切にしてくれた。そうでもなかったら、僕は実験に自分の細胞を引き渡すようなことはしなかったし、なによりシキモリ計画には賛同しなかった。――

「シキモリ計画・・・?」


「対色素生物防衛生物兵器。略して色衛シキモリだ。俺と桃花は共同で、彼を俺たちCOLLARSの兵器として改造を施し、運用することになった。」


二人の会話に、岐路井が付け加えた。この星にある兵器はすべて人間同士の戦争に適して設計されているので、体質と言い生態と言い何から何まで人間とは全く違う色素生物に対して使用するには決定力が今一つ欠けていた。奴らを倒すには、奴らを知る必要があった・・・その岐路井の言葉を蒼井は頭の中で繰り返した。そしてその決定力として、このシアンなる色素生物が選ばれたのだ。


「姉さんが、そんなことを・・・」

「ああ、だが、この通り色素生物はみな図体がでかい。いちいちこの地下倉庫から引き出すのは手間もコストもかかる。そして彼はこの星に落ちてきた時点でかなり衰弱している。そのまま戦ってもらうにはいささか不安要素が多い。そこで・・・」


岐路井は地下倉庫のコンパネを操作した。すると、蒼井の目の前の床が左右にスライドし、下から透明な箱がせりあがってきた。中に入っている者は、蒼井も何度も見たことがあるもの・・・


「これは・・・色杯!!」

「そうだ。こいつで彼を一旦色力の状態へと戻し、全く新しい色素生物としてリフレッシュさせる。彼に聞いたところではそのプロセスを”再祝福”というらしいが・・・一つ困ったことがあってな。」

「困ったこと、ですか?」

「そのプロセスには、色素生物、色杯の他に、もう一つ”触媒”となる生物がいるんだそうだ。こればっかりはどうしても必要不可欠だそうだ。そして、その触媒として・・・蒼井君、君が適任だと我々は結論づけた。」


その言葉で、蒼井はようやくここまで連れてこられた理由を理解した。防衛軍がCOLLARSにさえ秘密裏に通してきた生物兵器シキモリ。その第一号の触媒として、蒼井が選ばれたのだ。本当は桃花の口から直接言いたかったが、結局渡せずじまいになった・・・と岐路井は名残惜しそうな眼でつぶやいた。


そういえば、COLLARSに入ってから何度も姉に会おうとしたがいつも博士はお忙しいので、と門前払いを食っていた。一目見るだけでもいいのに、と思ってはいたがもう子供でもないのでいつもおとなしく引き下がっていたものだ。そうか、姉はこれを開発していたから会えなかったのだ。来るべき時が来たらこれを自分に渡すつもりだったのだ。だが、それはかなわなかった・・・蒼井の考えを見透かしたように、シアンが口を開く。


――君のお姉さんは、君がCOLLARSに入ってきたと聞いて、それはそれはとても喜んでいたよ。同時に、君がもし面会に来たら、必ず追い返すようにとも言っていた。本当は誰よりも会いたかったはずなのに、その気持ちを必死に押し殺して、あくまでも研究者としての姿勢を貫き、シキモリ開発にその心血を注いだんだ。――

「・・・姉さん・・・」

――それでもどうしても堪えられないときがあって、その時は僕に寄りかかっていつも涙を流していたよ。僕はそれを、黙ってみているしかできなかった。――

「・・・」


「我々は蒼井君を推薦したが、もし蒼井君が拒否しても、それはそれで構わない。我々は君の意思を尊重する。」

――無理にとは言わない。こんなことをいきなり言われたら、困惑しない方が不自然だ。たとえいやだと言っても、僕らは君を恨まない・・・でも、僕からもお願いだ。君のお姉さんからはありふれんばかりの恩義をもらった。その恩に僕は報いたい。でも、今のままじゃ僕は十分に力を発揮できない。君のお姉さんや岐路井博士の信頼がある蒼井君なら、僕は喜んで身を差し出す用意がある。――


蒼井は考えた。姉は自分との時間を犠牲にしてまで、この星のために、己を捧げたのだ。姉の尽力が無ければ、今日までの地球の平和的な繁栄は成しえなかっただろう。色素生物の戦いにおいても、COLLARSの無人戦闘機をはじめとして姉の研究が大いに活用されている。そして、姉が最後に研究開発に関わったものでもあり、自分に向けた贈り物である、シキモリにも・・・


皆が姉を必要としていたように、今自分がこの計画に必要とされている。勿論そのような大役は自分には似つかわしくないと言って拒否することもできるが、そんな生半可な気持ちでCOLLARSに入隊したのではない。自分がやらねば、誰にできよう?きっとあの時、姉もそう考えて泣く泣く自分と分かれたのだろう。今ならその気持ちが、わかるような気がした・・・


姉が築いたこの平和を、是が非でも自分が守り通さねばならない。姉自身は守れなかったが、せめて、姉の残したものを守り抜きたい。蒼井の決意は固まった。


「・・・やります。僕、シキモリになります!」

「・・・そうか。わかった。」

――蒼井君、有難う・・・本当に。有難う。――


再祝福のプロセスはごく単純だった。

蒼井が色杯の底を取り、持ち手の先の方をシアンに突き刺す。

シアンは色杯に吸収され、一旦液体状に分解されて色杯に流れ込む。

色杯になみなみと注がれた、青色物理色。それを蒼井は一息で飲み込んだ。

痛覚はなかった。しかし融合する途中、頭の中で声が聞こえてきた。シアンの声だ。


――後で、シキモリに変態する為の装置、色力抽出装置が岐路井博士から手渡されると思う。それの使い方は再祝福が終わったときまた改めて教えるよ。・・・重ね重ね、本当にありがとう。君と僕とは文字通り一心同体だ。君の事は全力で守る。それが君のお姉さんとの約束だから・・・――

「・・・よろしく、シアン。」


こうして、弟は亡き姉からの贈り物を受け取り、この星を守る巨神、シキモリになったのだ。蒼井は喫茶店で昼食を終えた後も、長らく自分が大いなる力を与えられた時の映像を頭の中で再生していた。


















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