第3話 全ての始まり色杯

60年前、地球がようやく月面全体の有人探査が出来るようになるまで技術が進んだころ、調査員が妙なものを月の裏で見つけた。金色のカップのように見えたそれは、地球に文明が生まれてから初めて確認した、地球外生命体の存在証明でもあった。当局がその存在を秘匿しつつ地球に持ち帰り、科学の粋を集めて調査をしたのだが、分かったことと言えばこの杯は一種のエネルギー生成装置、という事だけであった。


この杯はフットプレート(ワイングラスでいうと持ち手の下にある平たい底の部分)が脱着可能な構造になっており、外した杯の持ち手の先端を”色”を含む物質に当てると、まるで液体のごとく杯の下からなみなみと注がれるように、その杯は色を抽出する。そしてその器の中の”色”を調べてみた結果、かなり強力かつ高効率なエネルギー反応を確認するに至った。これが、人類と”色力”のファーストコンタクトであった。


それから60年すでにこの星の社会システムにとって色力は必要不可欠な存在となっている。色力で電気を生み出す発電所、色力で動く車、飛行機、鉄道。ちょうど一昔前に化石燃料エネルギーが置かれていた立場に色力が居座っている格好だ。そして今、大空を飛んでいるのは使用するエネルギーを電力も含めてすべて色力で賄う色力式旅客機、ブルー・ジェットだ。


この飛行機はその名の通り期待色、内装、座席、何なら搭乗員や操縦士の制服まで青色に統一されているのは有名な話だ。当然、青系物理色をその動力源としているくらいのこだわりようには頭が下がる思いだが・・・乗客の顔までとはいったいどうしたわけだろうか。添乗員が必死に乗客に冷静になるようになだめていたが、そもそもその添乗員も顔面蒼白では全く説得力がなかった。おまけに一番前の座席では操縦席の方向から何やらメーデー、メーデーと不穏な単語が飛び交っている。


その答えは、この飛行機の窓の外を見てみればすぐに分かる。飛行機の窓の下にはまぶしいくらいに白い雲海が広がっており、それをスクリーンとして飛行機の機影が映し出されている。しかし、その近くにはちょうど同じ大きさくらいの、機影というよりは大きな鳥影が虎視眈々と飛行機を舐めまわすかのように上下に旋回し、影を大小させていた。その陰の正体が窓の外に移るたびに、乗客は悲鳴を上げてより顔面を蒼白にする。色素生物だ、と。この飛行機は今色素生物に狙われているのだ。


青系色素生物、ソニック・バード。最初の出現以来、幾度も飛行機ごと罪なき人々を撃墜してきたその怪鳥の名前は事前に知らされていたが、まさか今自分がまさに飛行機に乗っている最中に来なくてもいいだろうと、蒼井は揺れる飛行機の中で襲い来る吐き気と必死に戦いながら悪態をついていた。彼は飛行機が苦手なのだ。


「うっぷ・・・」


耐えきれず彼は座席を立ち、這うようにして化粧室へと向かって行った。


「・・・!お客様、危険です!お客様、うあっ!!」


席を立った蒼井を添乗員の一人がすかさず止めようとするが、瞬間機体が強く揺れてバランスを崩して倒れてしまった。蒼井も思わず倒れかけたが、すぐに姿勢を立て直して機体中央の化粧室にどうにか滑り込んだ。ガチャリと鍵を閉めると蒼井は蓋無しの大便器に向かって思いっきり嘔吐した。


「はぁ・・・はぁ・・・乗る前にあんなにご飯食べるんじゃなかった・・・」


色力式飛行機は揺れが少ないと聞いたから、安心していつもより余計に昼飯を食ったらこのありさまだ。予想外の出来事とはいえ、これだから飛行機は嫌いなのだ・・・と独り言ちた蒼井は全てを出し切った後に便座に座して小休止した。この飛行機はとにかくこだわりが強いとは聞いていたが、まさかトイレの中まで青づくしとは知らなんだ。だがお陰で青系物理色を探す手間が省けるというものだ。


「トイレで色力抽出は・・・あまりやりたくないな・・・」


しかし、今この飛行機から危険を遠ざけるには、それしか方法がなかった。もう奴の好きにはさせない。今度はお前が撃墜される番だ、ソニック・バード。蒼井はそう強く決意すると、やはり胸ポケットから色力抽出器を引き抜いて、化粧室の青い壁に突き刺して色力を抽出。そして、解放した・・・


気づいたときには既に飛行機の外だった。雲がものすごい勢いで自分の横を流れていく。今自分は、の姿勢で大空を弾丸のように飛行している。誰でも一度は自由に空を飛んでみたいと願ったことがあるだろう。今ようやくその願いをかなえる機会を授けられた。だが今はその願いがかなったことを喜んでいる暇はない。まず自分がやるべきことは、飛行機から色力を全て奪い取って撃墜せんと旋回している色素生物を引きはがす事だ。


シアンは旋回する音速鳥に青色閃光弾を放ってこちらに気を向かせた。奴は閃光によって一瞬ひるんだが、体勢を立て直してシアンの存在を認めるとまっすぐこちらへ向かってきた。


「シアァァァァン!!」


裏切り者のシアン、ここであったが百年目、いざ大空の塵となれ。そうとでも言わんばかりのけたたましい鳴き声を上げてシアンの方へと急降下してきた。


「私に空中戦で勝てると思っているのか!」


既に2体の色素生物の速度は音速に近づいていており、飛行機の乗客には全く目視できず、せいぜいその飛行軌跡を描く青い光の残像を捉えるのがやっとだった。二つの青い閃光は雲海を縦横無尽に飛び回り、しばしば激しくぶつかって真昼の空でもよくわかるくらいの「光点」が発生と消滅を繰り返していた。


見たところ音速鳥は飛行機に対しての興味を完全に失っている。これ幸いと言わんばかりに操縦士は近隣の空港への緊急着陸の手はずを整えてだんだんと高度を落とし、雲海へと潜っていった。その様子を見届けてほっとしたのもつかの間、


「後ろががら空きだぞ、シアン!!」


勘づいたシアンが振り向いたときには、音速鳥が放った青色螺旋光線が目と鼻の先の距離まで伸びていた。どうにか体をひねって急所コアは外したものの、大した防御もなく思い切り色力光線を食らったためシアンはのけぞってバランスを崩し、そのまま重力に身を任せて落下していった。


雲海を突き抜けて頭から落下していくシアンと、それを追いかける音速鳥の姿は、ようやっと恐怖から解放されて、安心しきった飛行機の乗客と乗組員たちのつかの間の安息を破るには十分だった。


「青の巨神が落ちてる!!」「負けたんだ・・・」「死なないで巨神!!」「奴がやられたら今度はまたこっちが狙われちゃうよ!」「早く、早く着陸してくれ!!」


シアンはなおも気絶した状態のまま、落下を続けている。そこへ音速鳥が流星のごとく追跡する。落下予測地点は大海原のど真ん中とはいえ、この勢いでぶつかればいくら色素生物とはいえただでは済まないだろう。音速鳥は高笑いした。


「わはは、これまでだなシアン、青系色素生物の恥さらしめが。裏切り者のお前にふさわしい最期、私がこの目でしかと見届けてやろう、わはは。」


既にシアンの阻止限界点は突破した。今から覚醒してももう立て直せない。眼下に迫る大海原とシアンの距離はどんどん縮まっていき、とうとう激突した。


海面は轟音と天まで届くような青白い水柱を立ててその激突の勢いを物語った。だが、それを見届けているはずの音速鳥は既に上空にはいなかった。なぜなら・・・



海面に激突したのは、シアンではなく音速鳥の方だったからだ。








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