転生先が鬱ゲーの世界らしいのですが、ハピエン厨なのでラブコメにしても構いませんか?

七芝夕雨

プロローグ ハピエン厨、転生する

その1

“ハピエン厨”という言葉をご存知だろうか。


 ハピエンとはハッピーエンドの略語。厨はインターネットスラング“厨房”から引用された漢字であり、幼稚な発言または行動を取るユーザーを指す。厨二病と同じ意味合いがあると言えば、合点が行く人も多いかも知れない。


 ハピエン厨──別名、ハッピーエンド至上主義者。

 その名の通り幸福な結末を至上とし、主義として掲げる者。


 オタクとは……いや、別にオタクでなくとも、物語の結末に納得が行かない時だってあるだろう。


 例えば、登場人物が死んでしまったり。

 例えば、最終的に世界が滅亡してしまったり。

 例えば、生まれたこと自体が間違いであったり。


 その結末に見合う事情があれば呑み込みようもあるが、それでも納得出来ず暴れ回ることだってある。あるったらある。


 前世で『蝋翼ろうよくのワールドエンド』をプレイした時もこうだった。「タイトルには騙されないぞ」と意気込んで買った乙女ゲーム。まさかタイトル通りの結末になるとは思わなんだ。


 何せこのゲーム、乙女ゲーム(正確に言うならば女性向け恋愛シミュレーションゲーム)と銘打っておいて、ユーザーに擬似体験させる気が全く無かった。単に恋愛要素が薄い、というだけではない。続く理由として、


 理由その一、どのルートでも攻略対象者が死ぬ。

 理由その二、真相ルートでは世界が滅亡する。

 理由その三、滅亡するしかない世界を永遠ループする。


 この、見事なまでのトリプルパンチ。麻雀ならば役満投了である……泣いてもいいですか?


 二十歳そこそこの人生、いわゆる鬱展開とされる作品とは縁遠く暮らしてきた。シンデレラや人魚姫でさえ、真相は読まずに生きてきたというのに。


 では、ここで問題です。そんなぬるま湯に浸かってきた人間が、いきなり北極海へと放り出された場合、一体どうするのが正解でしょうか。──もちろん、答えは明確である。


「これはもう、妄想の中だけで幸せにするしかないのでは……?」


 一応注釈を入れておくが、私は決して公式を否定したい訳ではない。蝋翼のワールドエンド、略名『よくエン』は、そのシナリオ展開から女性だけでなく男性ユーザーをも虜にしてきた。これはどういうことか。一言で表すのならば、物凄く面白いのである。


 各ルートに仕組まれた数々の伏線。飽きを感じさせない緩急のある展開。そして“上げては落とす”を繰り返す、希望と絶望の数々。自分でも持ち上げすぎでは、なんて思うくらいの感想だが、好きとは得てしてこういうものなのである。許してほしい。


 よく「ハマる人にはハマる」という言葉があるだろう。正しく、よくエンはそういうゲームだった。斯くいう私もちゃっかりハマってしまった側の人間であり、


「ここで行動していればきっと幸せになれた……はず。多分」


 夜な夜なifルートを想像しては、人知れず考察という名の妄想を綴っていた。これをハピエン厨、と呼ぶか否かは人に寄るだろうけれど、私は確かに登場人物たちの幸せを願っていた。そしてその方法を考えていたあの頃は、間違いなく幸せだったはずだ。


 だから……だから、そう。例え不慮の事故で死んだとしても、私自身の人生に悔いはない。それでも親不孝者だとなげかれるだろうが、それは現世への業として受け取っておこう。今の両親へ精一杯の恩を返すことが、せめてもの償いだろうか。


 ──と、心機一転した矢先。今世の私こと烏有うゆうあまねは気付いてしまう。


 自称ハピエン厨のオタクが転生したのは、なんと、推し鬱ゲーの世界でした。

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