第1章 ログイン、そして修羅の道へ

第2話 彼の日常

「お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします。」


 佐藤悟はそういい、職員室を後にする。

 時刻は夜の20時30分。

 これを早いと見るか遅いと見るかは人それぞれだろう。

 ただ、悟が朝7時15分には出勤し、職場に満足な休憩時間がないことや、家に帰ってからも毎日2時間程仕事をすることを考えると、中々ハードな日々を送っていることは間違いない。



 悟は車に乗り、2、3秒ほどかけて、何やらスマホで打ち込むと、ニヤリと笑みを浮かべ、すぐにエンジンをかけ、帰路に着いた。



-------▽-------



「ただいマントヒヒ。」

 悟は調子がいい時は大体ふざけている。というわけで最近は常にふざけている。



「あっ、おかえりなさい。」

 対して彼の妻はあまりそういうのに乗らない人物である。



「今日の夜ご飯はカレーかな?いい匂いがしてる。いつもありがとう。」

「そうだよー。誰かさんが大人なのに甘口がいいって言うから、甘口だよー。」

「最高。ありがとうさぎ。愛くんとちーちゃんは元気?」

「愛くんは今日もジャングルジムに登って元気いっぱいだよ。ちーちゃんはよくわかんない。」

「まあ、まだお腹の中だからそれもそうか。」

「うん、今日はどうだったの?」

「んー、まあ、いつも通りよ。でも今日は算数の授業がうまくいってちょっと嬉しかった。そっちはどうだった?」



薄々思っていたかもしれないが、悟は教師である。



「うーん。こっちこそいつも通り、かな。

最近少し視聴者数が増えたから、嬉しかったけど私は別に可愛いって訳でも美人って訳でもないからね。

現状維持って感じだった。」

「いつも言ってるけど、そんなことないよ。ここちゃんはきっかけさえあれば有名になれると思う。そしたら是非、あっしのことを養ってくだせぇ。」

「もう、そんなこと言ってくれるのは悟くんだけだよ。」



そして悟の妻はゲーム配信者である。



 そんな会話をしながら既に部屋で寝ている3歳の息子の愛斗の様子を2人で見にいく。

 部屋の前まで着くと悟は、妻の心愛を手で制し、さながらコソ泥のような動きで部屋に侵入し、1分ほどして満足げな表情で部屋からこそこそと脱出してきた。



 ところ変わって、リビング。

 テレビをつけながら二人でカレーを食べる。

 テレビでは、史上最高の発明だの何だのと1年ほど前からずっと騒がれているVRゲーム「Beautiful Catastrophe Online 」がついに世界プロジェクトとして、動き出すだの何だのと騒いでいた。



 時は23××年。

 VRゲームが既に一般的な娯楽として確立されている時代に、おそらく地球史上最高の天才がこの世に生まれた。



才持 至高(さいもち しこう)



 なんつー名前だと思った人も多いだろうが、紛れもなく本名である。

 彼は数えきれないほどの画期的な発見や発明をしたが、その中においても最も世界に影響を与えたとされる2つの発見とそれに伴う発明があった。



「魔力」と「人間による魔力活用の方法」である。



 彼はそれを彼の開発した「Beautiful Catastrophe Online」というVRゲームをプレイしていく中で魔力の様々な活用方法をプレイヤー達が身につけ、現実世界での使用すらも可能にしたと発表したのだ。

 これらの発表は何と同時になされ、曰く、

「魔力なるものは本当に地球に存在しているのか」

「魔力なるものは安全なのか」

「本当に人間にそんなものが扱えるようになるのか」

「VRゲームなどせずとも使えるようになる方法はあるのではないか」

と、その時からメディアで盛大に騒がれているのである。



「結局というか、ついにというか、発売されるんだな。」

「うーん、なんか調べてたら、今まで見たいな発売じゃなくて専用のフルダイブ機を世界中に設置して、それにプレイヤーが入ってゲームするみたいだから、とりあえず家ではできないみたい。遊園地のアトラクションみたいな感じなのかな?」

「へー、そうなんだ。それプレイしたら本当に魔力が使えるようになるのかな?」

「さすがにこれだけ騒がれてて、今更使えるようになりませんってことはないと思うよ。」

「ついに地球にもファンタジーが到来してしまったのか。思えば遠くまできたものだ…。」

「はいはい、訳の分からない郷愁に浸らないで、カレーを食べますよー。」

「今日はえらくノリが悪いじゃないかね、心愛くん、どうしたんだい?」

「はいはい。」

「心愛くーん。」

「はいはい。」

「ここちゃー「ア゛ア゛ッ」いえ、なんでもございません。大変失礼しました。自分は粛々とカレーを食べさせていただきます。」

「分かればよろしい。」



 ちなみに彼らは似たようなやり取りを毎日繰り返している。これは、彼らなりの愛情表現とも言えるだろう。



 ここまでの話から分かるように、佐藤悟は妻の心愛と息子の愛斗そして心愛のお腹の中の子どもの4人で暮らしている。

 付け加えるならば、彼ら夫婦は二人とも30歳であり、出会いは5年前。それまでに悟は女性と一人しか、お付き合いをしたことがなく、心愛はそれまで引きこもりのなんちゃってゲーム配信者として生活していたため、当時両者ともに誰かのぬくもりを求めていた。

 彼らにはネット小説を読むという共通の趣味があり、それを通じて彼らは奇跡のような確率で知り合ったのである。



 趣味や性格もどことなく合う二人は付き合って、思い切って同棲するようになってからは、心愛は料理などをするようになり、悟はそれを手放しで称賛し褒め称え、ちょいちょい色々な家事を手伝うようになったため、二人とも満足して日々の生活を送っている。



 ろくにけんかなどもせず、子どもも生まれ、いわばずっと幸せの絶頂にいる状態なのである。



 故に悟はテレビで騒がれていることなど全く気にも止めず、適当なことを適当なタイミングで言った。

 ただそれだけだったのだ。



 心愛としても悟のいつものおふざけに、これまた心愛なりのおふざけで返しただけであった。

 ただそれだけだったのだ。




 なのに運命はそんな二人を嘲笑うかのように訪れる。

 二人の運命の歯車がきしみ出したのは、それからおよそ半年後のことであった。

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