「Frame」

七芝夕雨

第1集 Fire is gift , and water sorrow.

プロローグ とある灯火の話

12/25

 少年にとって──否。この街にとって、クリスマスは曰く付きだった。


 それでも千歳緑せんざいみどりの樹が無くなるわけではないし、ローズレッドのオーナメントが外されるわけでもない。が起こっても、人々は降誕祭に勤しんでいる。


「どうしても、駄目なんですか?」


 もう何度目とも分からない直談判。目先に座る教師はただ眉を寄せるだけで、口を開くことはなかった。「当然だ」と言葉にすることすら憚れるのか。


 最初は諭されたものの、そこには傾聴の姿勢があった。懺悔の念が混ざる表情に、少年は一縷の希望を見た気がした。だが、数を重ねる毎に懺悔は同情へ、困惑は恐怖へ──そして今、困惑は遺憾へと変化した。諦観と言い切れないのは、彼女特有の慈愛が滲み出ていたからだろう。


 暫しの間見つめ合い、いつものように先生が視線を外す。それから「ごめんね」と、これもまたいつものように謝罪を告げた。初めの内は食い下がっていたものの、最近は踵を返すことの方が多くなった。


 どれだけ罵られても、蔑まれても良い。ここまで来たら根比べだと、少年は思っていた。


雨宮あめみやくん、あのね」


 けれどその日、彼女は珍しく言葉を続けた。意を決したような表情に、どこかで警鐘が鳴り始める。


「こんなこと、もう辞めましょう」


 問い返す間もなく、先生は続ける。


「あなた一人の問題だったらまだ良いわ。だけど、少しは周りに目を向けてほしいの」


「生憎、迷惑をこうむるような友人は居ませんけど」



 予想外の解答だった。それでも瞬時に理解出来たのは、少年にも思い当たる節があったからだ。だからこそ、彼はここで踵を返すべきだった。


 先生が机の引き出しに手を掛ける。


「私も教師である以上……いえ。この街で育った以上、その責務を果たします」


 おもむろに取り出された書類には、“誓約書”と書かれていた。そこには先生と校長、そしての名前が並んでいる。──本気だ。この人は本気で、僕の夢を潰そうとしている。


 これ以上耳を貸してはいけない。しかし振り切ることは叶わず、かち合う視線は揺れることさえ許さなかった。それだけの想いを先生も宿している。


 抗えぬまま、手渡された用紙に目を通す。内容によってはこのまま破り裂くことも考えたが、


「……正気ですか?」


 本気ではなく、正気。


 言葉を返すと、先生は力強く頷いた。それに気圧けおされまいと拳を握るも、開きかけた口から言葉が出ることは無かった。「決まりね」と先方が目を伏せる。


「大丈夫、きっと良い方に動くわ。少なくともあなたにとっては」


 慈しみ溢れる声色が、少年の心を飲み下す。あれだけ焦がれた夢なのに、紙上の言葉一つでたちまち凍り付く。──けれど、これで良かったのかも知れない。本当に守るべきものを、見誤らなくて済んだのだから。


 クリスマス。イエス・キリスト降誕を祝福する祭日。


 けれどもこの街は、月ノヶ丘つきのがおか市は神の誕生を


 皮肉なものだと冷笑する少年を、先生はただ悲しげに見つめるだけだった。

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