第3話白拍子、鍛冶屋に叱られる

「ありがとう! まつりおねえちゃん!」

「すごいや! どうやって見つけたの!?」


 取り囲む子供たちはまつりにお礼を言ったり驚きを口にしたりしている。当のまつりは「別に大したことはしていないですよ」とにこやかに笑った。


「昔から失せ物探しが得意なのです」


 どうやら誰にでも丁寧な口調を使うらしい。子供たちの頭を撫でる手も優しさに満ちていた。


 職人町に居着いて二日も経たないうちに子供たちの信望を集めていたまつり。彼女はどういうわけか、子供たちの失せ物を見つけるのが上手だった。当人が忘れてしまっていることを会話から言い当てたこともある。


 自分が失くした大事なものが無償ですぐに見つかる。大人ならば不気味に思うし不可解だと疑うが、純粋無垢な子供たちは素直に喜んだ。


「まつりちゃんのおかげで仕事がはかどるねえ」

「まったくだ。本当に助かるぜ」


 また大人たち――ほとんどが職人だ――はまつりが自分の子供の面倒を見てくれるのを好ましく思っていた。己の仕事を教える前の子供たちの世話をするのは手間がかかるし目も離せない。寺子屋帰りの小さな暴れん坊たちは何をしでかすか分からないからだ。


 そんなときにまつりが現れたおかげで、子供の面倒を見ずに仕事に集中できるようになった。初めは奇妙な恰好をした少女のまつりを胡散臭いと思っていたが、無害かつ便利だと分かった今は頼りになる子供たちの世話人として認めていた。


「あいつ、今日も来ているのか……」


 ただ一人、まつりが職人町にいることを喜ばしく思わない者がいた。

 興江である。彼は職人町にまつりが通っていることを面倒だと思っていた。


 刀を打たない鍛冶屋と刀を打ってほしい白拍子。二人の主張は正反対なのだから当然だった。興江の思いは当人以外分からないが、それでも自分の誓いを守るために二日間まつりの依頼を跳ねのけてきたのだ。


 それはそうと、興江にも当然、暮らしていくための仕事がある。

 得意先の店から包丁を二本注文されていた。一人前になった板前の弟子に師匠が贈るためらしい。まつりと似た話だった――興江は意識的に考えないようにした。


 その店は鍛冶屋を開いた駆け出しのときから贔屓にしてくれているので、これは気合を入れて作らねばならないと誠心誠意を込めて――打つ。


 焼き入れをして熱された鋼鉄を使い込んだ金づちで打つ。鋭く軟らかに、そしてしなやかで強くなるように仕上げる。鍛冶場は高温の炉があるため灼熱と等しい空間だ。季節が夏のときはますます暑く感じる――気のせいだ、冬でも関係ない。

 常人なら十分と持たない鍛冶場の中で、興江はひたすら打つ、打つ、打つ――


「興江殿――って熱い!?」


 どういうわけか鍛冶場を覗き込んだまつり。

 興江は「入ってくるな!」と迫力のある大声で怒鳴った。

 それは以前とは比べ物にならないもので、鍛冶場が揺れたと錯覚するほどだった。


 まつりは興江の顔を見る。

 鬼気の籠った、真剣で険しい――職人の顔。


「し、失礼しました!」


 慌てて出て行くまつりを余所に目の前に包丁に神経を注ぐ興江。名作になるか駄作になるか、それが大きく関わる工程だった――


「先ほどは申し訳ありませんでした」


 居間で小さく正座して本当に申し訳なさそうな顔で謝るまつり。少し怒ろうと思っていたが、素直な態度を取られてしまったので、その気が失せてしまった。


「……まあいい。何しに来た?」

「興江殿が仕事をしていると聞いたものでして。刀を打ってくれるのだと期待したのです」

「だからと言って勝手に鍛冶場に入らないでくれ。特にさっきのは出来不出来が決まる重要なところだったんだ」


 まつりは「ごめんなさい。二度と入らないです」と頭を下げた。

 興江はため息をついて「分かったのならそれでいい」と許した。


「鍛冶場は鍛冶屋の命なんだ。仕事の要と言ってもいい。昔、鍛冶場に隠れて師匠の技を盗もうとした弟子がいた。それに気づいた師匠は打っていた刀で弟子の腕を斬り落としたんだ」


 凄惨な実話をつい話してしまった興江。

 ごくりとまつりは唾を飲み込んだ。

 その様子で、少女に話すことではなかったなと彼は反省し「ともかく、分かったのならいい」と繰り返した。


「それにだ。俺はまだ刀を打つつもりはない。期待されても困る」

「分かっておりますが……一つだけ教えてください」

「なんだ? いつ打つかなんて答えられないぞ?」

「違います。先ほどの話は刀鍛冶の話ですよね? ということは以前、興江殿は刀鍛冶の方に師事を受けていたのではないかと……思っただけです」


 勘が鋭い……否、興江が喋り過ぎただけだ。

 しかし彼は誤魔化すことをせず「昔の話だ」と半ば認めてしまった。


「それに刀鍛冶なら他にいくらでもいる。長曽祢興正――二代目虎徹とかな。あいつの作る刀は傑作だ。大事な人も満足するだろうよ」

「お知り合いなんですか?」

「これも昔の話だ。俺が手紙を書くから、それ持って――」


 そのとき、店の中から「おーい、誰かいねえのかよ?」と声がした。

 興江は「ここにいろ」とまつりに言う。得意先の者だったら、奇妙な少女を家に連れ込んでいると思われたくない。初見の客も同様だった。


「へい。お待ちください」


 包丁でも買いに来たのだろうか? 声の感じから中年の男だが……

 そう思いつつ店に出ると、そこには――


「初めましてだな、鍛冶屋の興江さんよ」


 中年の男は見覚えのある男三人を連れていた。

 そう、まつりが倒したごろつきたちだ。

 彼はまだ怪我が治っていないのか、包帯をしていた。

 興江は慎重に「どなたでございますか?」と問う。


「銀蔵一家の親分やらせてもらっている銀十蔵しろがねじゅうぞうだ。よろしくな」


 歳は四十過ぎ、緑の羽織を肩にかけている。商人風の装いをしているが目つきや所作をよく観察すればカタギには全く見えない。まん丸とした目の男前。若い時分はさぞかし女に人気があっただろう役者顔。しかし長年悪事に手を染めているのか今は悪人顔。


 興江は座を正して「親分さん自ら何の御用でございますか?」と丁重に訊ねる。


「みかじめなら期日に払っておりますが」

「そうじゃあねえよ。三日ぐらい前に子分たちを可愛がってくれたらしいじゃねえか」

「あれは……俺の仕業ではありません」


 銀十蔵は興江をじっと見て「そうだな、あんたは違う」と笑った。


「だが関わっているのは間違いない……さっさと娘を出せ。そしたら無かったことにしてやる」

「知りません。あのとき以来会っておりません」

「興江さんよ、嘘はやめましょうや。あんたが庇っていることは分かっている。娘がこの店に入っていくのをこの目で見ているんだからさ」


 どう足掻いても誤魔化せないと分からされてしまう興江。

 額からぽたりと汗が流れた。

 すると子分の一人が「いいから出せよこの野郎!」と大声で恫喝する。


「出さなきゃどうなるか、分かってんのか! あぁん!?」

「よせ。カタギの兄ちゃんを脅かすんじゃあねえよ」

「え、あ、すみません、親分……」

「悪かったな、興江さん。子分が出しゃばって。でも隠していたってしょうがねえだろ? だからさ――」


 子分をたしなめてからもう一度だけ訊ねようとする銀十蔵。しかしそれを待たずに興江は「知らないものは知りません!」ときっぱりと言った。


「そちらさんの見間違えでしょう。お引き取りを」

「……そうかい。なら仕方ねえなぁ」


 銀十蔵が右手を上げた。子分たちは不敵な笑みをしながら指を鳴らす。

 興江は身構えた――どうして自分がまつりを庇っているのか、分からぬままに。

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