第21話 変わらない日

”何の言いがかりだ。不倫の証拠など、あるわけがない。”

 思った通り、しらばっくれる内容のメッセージが返ってくる。想定内だった。

 二枚ほど写真を選んで、メッセージを添えて送る。

”これは、わたしが持っている証拠の一部です。”

 夫のアパートの部屋の前で抱き合う男女の写真。仲良く車に乗っている写真。ご丁寧に日付の印字つきだ。

”こんなのでっちあげだ!お前が俺のアパートを知ってるわけないだろう。ここは俺の住まいじゃない。”

 主人の住まいを知っていてなにがおかしいというのだろう。

 美優だってパートとは言っても同じ会社にいる。総務の知り合いに頼んで夫の住まいを調べてもらうことくらい簡単だ。

 そして、同棲していると知っていれば、こっそりと出かけていって写真を撮影することも。

”航平が大きくなるまでは、現状維持をしたいのです。あなたも今すぐ離婚したからと言って、そちらの方と再婚出来るわけでもないでしょう。お互いに、相手の私生活を尊重するのがベストでは?”

 そこまで送った後は、もう何も返信が来なかった。

 そういう男なのだ。

 自分さえよければいい、そういう男。きっと不倫相手だって早く離婚して自分と再婚して欲しいと願っているだろうに、秀紀にとっては、現状維持が一番ラクなのだ。そして、一番ラクな条件を出した美優に、それ以上何も言うことがないのだろう。



 

 それから一ヶ月後の夜に、再び電話が来た。

「今週末に帰る。」

「わかったわ。気をつけて。」

 いつもの帰省と何も変わらない、夫とのやりとり。

お義理で返ってきて、寝ているだけの休日を過ごす。それを接待するだけの週末。生活費を頂いているから、仕方がない。

 航平の手を引いて、駅まで夫を迎えに行く。

 これでいい。

 夫の赴任は、本人が希望しない限りずっと続くだろう。恐らく、向こう10年はこのままだろう。会社の人事に聞いてみたので、多分そうなることは間違いない。

「ママ、また髪の毛切ったの?」

 片手に美優の手を握り、片方の手に特撮フィギュアを持った航平が楽しそうに聞く。駅に行くのが嬉しくてしょうがないのだろう。

「ふふふ。航平はママの変化にすぐ気がつくのね。ええ、昨日美容院に行ってきたの。似合うかしら?」

「うん!ママかわいい!!」

 そういう息子が、誰よりも可愛らしくて、愛しい。

 美優もまた、息子と共に嬉しそうに笑う。

 あれから、保育園で会っても、ママ友の美波は一切声を掛けてこない。子供同士は相変わらず楽しそうに遊んでいるが。

 そして、榎本慧也は美優の職場からも姿を消した。バイトの契約期間が満了したので、辞めることになったのだという。引き止めたオバサンたちの懇願も虚しく。彼を見習いとして雇ってくれる美容院が隣町にあったので、そちらへ行ったのだそうだ。

 結局、美優の毎日は何も変わらない。

 ただ、月に一度、隣町の美容院に行って髪を整える習慣が出来ただけだ。

 いつか、また、美優が髪を伸ばしたいと思う日までは。





 

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