第9話 ワケアリなのか。

 慧也は一緒にいた連れの人たちに別れを告げて、何故か美優のテーブルへ椅子を寄せてきて座った。

「ボク、何歳になるの?」

「5さい!!」

「そっかあ。ここのポテトうまいよね。好き?」

「うん!!」

「この新幹線のシリーズ、俺も好きだよ。アニメも見てる。黄色ってレアでよくない?」

「うん!滅多に見られないんだよ。カッコイイんだよ!!」

 口を挟む隙もないくらいに、息子と職場のバイトの男の子の話が弾んでいく。

「お兄ちゃんはなんさい?」

「お兄ちゃんは24歳。ボクよりちょっと先に生まれただけ。」

「ぼくは、ボクじゃないよ。こうへいだよ!!」

「そっか。俺は慧也。よろしくね、こうへいくん。」

 もはや諦めの境地に達した美優は、大人しくコーヒーを飲みながら二人の男子の会話が途切れるのを待つことにした。



 その店に30分ほども滞在しただろうか。

 子供と特撮とアニメと電車の話で盛り上がった挙げ句、彼はやっと美優の顔を見て、軽く頭を下げた。

「そろそろ親父から鬼電が入ってるだろうから、引き上げますわ。こうへい君、またな。」

「お兄ちゃん帰っちゃうの?」

「また遊ぼう。ママに頼めば、俺どこからでも参上!!しちゃうぜ!!」

「ほんと!?」

「ホント。ママに聞いてみ。俺ってばママの手下だから。」

 なんてことだ、慧也はあろうことかウィンクしてみせたではないか。腹がたつことに、まるでアイドルのように様になっている。

「嘘つくのはやめてもらえますか。手下じゃなく、ただの同僚です。」 

 動揺を押し隠すためにも、美優はムキになって言い返した。

「ああ〜、怒った〜。ママ怖い〜。ねぇこうへいくん、ママいつもこんなふうに怒るの〜??」

 オ○マみたいに身をくねらせる24歳は、ちょっと見るに耐えない。

 二十歳も過ぎた大の男が、五歳児と一緒になってバカなことを。

「ママ怖くないよ。怒ることもあるけど、全然怖くないよ。大丈夫だよ。」

 思わぬ助け舟に、毒気を抜かれたような気持ちになる。

 航平は、母を怖いと思ったことなどないらしい。

 腕白でお喋りな五歳児なので、美優はしょっちゅう声を張り上げて叱りつけているのだが。

 一瞬呆然と航平を見つめてしまった。息子はにっと笑って、また玩具を手に椅子の上を走らせてみたりする。

 立ち上がった慧也が、また、ぱきっと音がするような明るい笑顔で、

「いいお母さんしてるんですね、久我さん。こうへいくんが羨ましいッス。」

 しみじみと言うではないか。

 それってどういう意味だろう??

「ほんじゃ、また明日お会いしましょう。こうへいくん、またなー。」

「ばいばーい!!」

 店を出ていく彼に、上機嫌で手を振る息子に倣いながら、美優も手を振る。

 ただのお世辞だろうか。

 いや、それ以外に何が有る。

 慧也は何かワケアリで、人に言えない事情があるとか。

 などと心の中で、美優のお節介が頭をもたげるが、すぐにそれを打ち消した。

 そろそろ家に帰って自宅で待機していないと、夫が現地に付いたという連絡をよこすかもしれない。

 連絡はあったりなかったりだが、その時に美優達が家にいないことを不審がる、面倒くさい夫なのだ。


 

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