第3話 余計なお世話。

 美優が仕事を終える時間の午後5時頃、シフト入替で職場に入ってきた榎本慧也と目が合った。

 美優は仕事を終えて退出する時間なので、ぎこちなく笑い、従業員専用出入り口へ向かう。わけもわからず意識してしまうのはおかしい。

 何も緊張する必要など無い。ただの同僚で、ただの客と美容師だ。

 そんなカチカチな美優とは裏腹に、慧也の方は両手を振って愛想を振りまく。

「あはは、お先に。」

 下手に愛想を振りまかれると、おばさま達から嫉妬の視線が来る。恐ろしいのでそそくさとその場を去った。

 だが、美優の心配は杞憂だ。慧也は、職場の誰に対しても、めいいっぱいの愛想を振りまいているので、問題ない。

 元気いっぱいに、笑顔もいっぱいに挨拶する慧也は、同僚先輩上司を含め好かれている。客の評判もいい。接客業に向いているのだろう。

 夕方からのシフトということは、昼間の本業を終わらせてきた、ということなのだろうか。

 いやいや、それは美優が干渉することではない。

 そんなことよりも、保育園へ迎えに行かなくては。美優の可愛い一人息子が、今か今かと自分を待っているはずだ。



「おつかれー。あれ、航平こうへいママ、髪切ったん?」

「はい〜。これから暑くなりそうなので、思い切って。」

「いいねぇ。スッキリだ。」

「はい〜はるかちゃんママも、すっかり夏らしいお洋服ですね。」

「暑いからねぇ。外回り仕事だと、やっぱりさぁ。」

 保育園の園庭で子供たちを待つ間、ママ友との会話に花が咲く。

 ありがたいことに、保育園のママ友はみんな美優と同じく働くママだから、お互いに立場が近いこともあって比較的仲良しだ。

 遙ちゃんママは美優の息子と同じクラスで、終業時間が被るのか、送迎時間で遭うことが多い。世間話をしていると、保育士が二人を連れて園庭まで出てきてくれた。

「ママ!待ってたよ!お腹空いた〜っ!」

「待たせてゴメンね。さあ、帰りましょうね。遙ちゃんママ、お先に〜。」

「はいはい、また明日〜。」

 保育士と話があるらしいママ友はまだ帰らないので、美優と息子の航平は手を繋いで園を出る。

 航平は今年5歳の元気いっぱいな男の子だ。月齢としてはやや小柄だが、とても活発である。

 生まれた時も小さめだったのだが、泣き声も大きくてとても元気だった。体重が少なかったので親にも夫にも義両親にもとても心配されたけれど、産科医が、”小さく産んで大きく育てる。素晴らしいね。”と言ってくれたのが忘れられない。

 口も達者で、5歳にしては本当によく喋ると思う。まあ、大半が彼の好きなアニメや特撮の話では有るのだけれど。

「ママ、今夜のご飯なぁに?」

「卵焼きと納豆ごはんとヨーグルト。」

「やったぁぁ!」

 美優の地味な舌のせいか、息子の好みも地味になってしまっている気がする。だが、安上がりで有り難いから、これでいい。

 単身赴任から戻った夫が、たまに不満を洩らすので、その時だけはもう少しボリュームの有る夕飯を作るけれど、普段は和食メインの地味な食卓である。

 航平は美優の作る卵焼きが大好きなのだから。

 そういえば、慧也はどんな食べ物が好きなんだろうか。そんなことをふと思ったが、慌ててその思考を打ち消す。

 よその男の子食卓を気にするなんて、余計なお世話だ。



 


 

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