第6話

「何時からだっけ? 例の子と会うの」

「十九時。ちょうど花火が始まる十五分前」

「了解っ。その前に軽く腹ごしらえするか!」

「……てか、なんで楓斗がここにいるわけ」

 無駄に甚平姿が似合っている隣の男を見やる。屋台をきょろきょろと忙しなく覗いているこの男は、中学からの親友の山崎やまざき楓斗ふうと

 桜空のことについて話したら、何故か夏祭りに楓斗もついて来たのだ。

「単なるキョーミ。女っ気も色気のいの字もなかった逸樹を惚れさせた子なんて、めっちゃ気になるだろ?」

「……ならない」

「まぁまぁ。デートの邪魔はしないから。一目見るだけ」

 片目を器用に瞑って、ウインクを投げかけてくる楓斗を無視し、人で賑わう参道を一人で突き進む。参道の奥には開けた場所があり、まだ人気は少ない。ベンチを見つけて腰かけようとした時、背後からカランカランと下駄の音が近づいてくるのが聞こえた。

「やぁ。里中くん、だっけ」

 聞き慣れた声に振り返れば、目の前に背の高い黒い浴衣を来た柊が立っていた。

「……こんばんは」

「こんばんは。君も花火を見に来たんだ?」

「はい」

「一人で?」

「いや」

 どこか棘のある言い方だった。空気が一気に重くなるのを感じる。だが、ふと柊の声音が変わった。

「桜空ちゃんについこの間、告白したんだ」

 その言葉に頭が真っ白になる。この前、店長に言われた言葉が再び、耳の奥で繰り返された。

『ぼけっとしてるとさくちゃん、取られるからな』

 背中に冷たい汗が流れていく。桜空が柊に何と返事をしたのか、気になる。

 この前の電話の時、彼女はいつもと変わらない様子だった――――はず。急に自信がなくなってくる。少なからずは、自分に好意があるのでは、と思っていた。だけど、思い違いだったのかもしれない。

 桜空は、誰に対しても優しい。自分にだけ特別な感情が向けられていると勝手に思い上がっていただけで、本当は違っていた可能性もある。そうだったら、大分自分は都合の良い勘違い野郎だ。

 何も反応しない僕を見て、柊は可笑しそうに笑った。

「そんなに睨むなって。――――あっさり、振られたよ」

「え……」

「他に好きな人がいるんだと。そいつの話をしている時の桜空ちゃん、ほんっとに可愛いんだよなぁ」

 ほっとしたのも束の間で、ますます心をかき乱すようなことを言う柊をじっと無言で見つめる。柊は特に気にした風もなく、ぽんと僕の肩に手を乗せた。

「まっ、せいぜい頑張れよ、くん」

 含みのある言い方をして、柊は屋台が立ち並ぶ方へ歩き去っていく。入れ違うように楓斗が走り寄る。両手には、焼きそばやお好み焼き、フランクフルトにチョコバナナと持ちきれない量を抱えていた。

「ついつい、食べたいもの買ってたら、多くなっちまった」

「……アホ」

「逸樹、どれ食べる?」

「……フランクフルト」

「ほいよ」

 楓斗は、毒づく僕の言葉を軽く聞き流し、買ってきたものをベンチに並べる。根がポジティブな楓斗は、あまり深いことを気にしない。どれから食べようか、嬉しそうに迷っている楓斗を見ていたら、ふっと心が軽くなった。

 柊の言葉が気にならないかと言えば嘘になるが、楓斗を見ていて小さいことを気にするのが馬鹿らしくなる。

 自分の思うように桜空に伝えよう。

「逸樹、袂が光ってるぞ」

「あ」

 浴衣の袂に入れていた携帯が震えている。急いで取り出し、電話に出る。

『もしもし、里中くん?』

「もしもし。仕事、終わった?」

『うん』

 桜空からだった。何となく、声が緊張して震えそうになる。

「お疲れ様」

『ありがとう。……あのね、花火が一番よく見える特等席があるの。そこにいるから、来てもらっていい?』

「わかった。どこに行けばいい?」

『参道を抜けて、境内の裏側に一本の細い道があるから、そこを真っ直ぐに来て』

「了解。今から行く」

 通話を切り、フランクフルトを急いで食べきる。楓斗の方を見ると美味しそうに焼きそばを頬張っている所だった。目が合い、楓斗はにかっと笑って親指を立てた。

「行ってこい!」

「ありがと、楓斗」

 楓斗に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さい声で礼を言いながら、桜空が待つ場所へ走り出す。

「……ったく、世話の焼けるやつ」

 楓斗は一人、文句を言いつつ逸樹の背中を優しい眼差しで見送った。

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