~春~ 第1話

「里中くん、この鉢を外に並べてきてくれないか?」

 僕は水やりをしていた手を止めて、店内を振り返る。店長が重そうに鉢を置くからレジ横に運んでいる姿が見えた。

 里中とは、僕のこと。僕の名は、里中さとなか逸樹いつき。この春、四月から大学三年生になって、花屋のバイトをしている。今日は、急遽別のバイトの人が風邪を引いたため、ヘルプで呼ばれた。

「すまんな、せっかくの春休みに」

「いえ。今日は特に用事もなかったですし。――――これ、外のチューリップの横に置いておけばいいですか?」

「ああ、頼む」

 店長は、僕とあまり年齢が変わらない。早くに先代の父親を亡くし、大学卒業と同時にこの花屋を継いだらしい。

 気さくで男前な女性ひとで、うちの大学の先輩なので、とても接しやすい。話し方も男らしいのが余計に親しみを感じやすいのかもしれない。しかも、賄いも出してくれる。花屋で賄い付きは、なかなかレアものだと思う。世話焼きな女性ひとなのだ。

 もともと僕は、姉の影響で植物が好きだった。大学生になってから、バイトを探していた時に大学の掲示板にここの募集の貼り紙があるのを見つけて、気づけば電話をかけていた。偶然、家から近かったのもあり、即採用してもらえて今に至る。

「やっぱり、男手があると楽だわー」

「そうですか?」

「うん、花屋って意外と重いもの多いからな」

「あー、確かに。水に入ったバケツとか」

「そうそう。あ、そろそろ休憩に――――」

 店内に戻ろうとしていた時だった。

「店長、こんにちはっ」

 女性の声が店先から聞こえた。店長が振り返り、嬉しそうな声を出す。

「おー、さくちゃん。珍しい、どうした?」

 僕は何とはなしに振り返って、目を疑った。

「うちで使うお供えのお花が足りなくて。店長のところにまだ在庫があるかなって思ってきたんです」

「あー、ちょっと待ってて。今、見てくるわ」

 店長がすぐに奥の方へ姿を消す。店内には僕と女性の二人だけ。心臓が早鐘を打つ。

 こんなことって、あるだろうか。つい、この前出会ったばかりの――――。

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