第7話

 あれは、いつだっただろうか。一回だけ、紅葉と彼女が大喧嘩をした時があった。確か、二人が付き合って二年目を迎える前だったと思う。

 基本、紅葉はのんびり屋で何でも受け止める心の広いタイプだから、彼女が怒ってもやんわりと喧嘩を回避していた。幼馴染み期間が長かった分、彼女の機嫌の直し方を知っていたというのも大きい。

 しかし、その時の喧嘩では珍しく、紅葉が怒っていた。怒りを表に出す、というよりもどこか雰囲気がとげとげしかったのを覚えている。親もそんな紅葉を見るのが初めてだったようで、家族全員でどうしたものかと困惑していた。

 ひとまず、そっとしておこうとなっていた時に、俺は彼女から公園へ呼び出された。

 今度の休みに、で出掛けたいという内容で、すぐにピンと来た。彼女と紅葉が喧嘩したのだと――――。

「いいのか? 俺と二人で出掛けて」

 ちょっと探りを入れてみる。

「え、嫌なの?」

「いや、だって兄貴と……付き合ってるわけだし。俺も一応男だから」

「あははっ、何言ってるの。紅葉が実の弟に焼き餅、妬くわけないじゃん! ……というか、あの人は嫉妬とか全然しないから」

 後半から言葉に少しがあった。やはり、予想は当たっていた。何で喧嘩をしているのかは分からなかったが、いつもとは少し様子が違うようだった。

「てか、俺、受験生なんだけど」

「まぁまぁ。息抜きだと思って、あたしに付き合いなさい」

「仮にも塾講のバイトしてる人が言う台詞かよ……」

「いいのっ。行きたいところがあるのよ」

 リンクがすぐに送られてきて、確認する。どうやら、ちょっと遠くにある花畑に行きたいらしい。軽い日帰り旅行みたいな感じだ。

「ここに、何かあるのか?」

「スイートピーの花畑があってね、それを見たいの。今がちょうど見頃で」

 確かに送られてきたサイトの特集にも大きくスイートピーについて、取り上げられていた。二人で出掛けるのは気が引けたが、彼女の性格上一度言ったことは簡単には曲げないから、ここは諦めて一緒に行くしかない。

「分かったよ。俺でいいなら」

「さっすが、楓斗! ありがと。明日とかでもいい?」

 まさかの明日。たまたま塾は休みで特にこれと言った予定もなかった。

「ああ、分かった。明日な」

「やった! じゃあ明日の十時に駅待ち合わせでっ」

 そう言うや否や、「また明日ねっ」と言い残して、足取り軽く家へ戻っていく彼女。一人公園に取り残された俺は、見えなくなるまで彼女の背中を見送った。

 何気に二人で出掛けるのは初めてかもしれない。少しドキドキする。まだ、彼女への想いが消えたわけではなかったようだ。

 チャンス到来かも?と思わなくもなかった。けれど、すぐに頭を振り、邪念を打ち消す。遠出自体、久々のことだったので明日は純粋に楽しもうと思うことにする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る