第3話

「覚えてるよ、

「ちょっと、やだっ。その呼び方はやめてって言ってるでしょ?」

 彼女は、困ったように笑う。

 紅葉と悠花の二人は、高校二年生の時に付き合って、七年もの恋人期間を経て、社会人二年目の時に結婚した。それはそれは盛大に、結婚式は盛り上がった

 これは、後から母親伝てに聞いた話。

 ――というのも、大学生になってから一人暮らしを始めて、一度も実家には帰っていない。いや、正確には時は、帰らなかったのだ。

 その頃には二人は同棲をしていたので、帰省するとなると彼女とも当然顔を合わせることになる。だから、何となく会いたくなくて、二人を避けて帰省するようにしていた。

 だが、まさかこうして街でばったり出くわすとは予想外だった。最後に会った時から、かれこれ五年も経っている。

「久しぶりだね、楓斗。この辺に住んでるの?」

「いや、今日は用事があって」

「そうなんだ? なになに、デート??」

 目を輝かせて、ぐいぐいとすんなり踏み込んで来るところも昔と変わらない。彼女らしいと言えば、彼女らしい。

「そっちは? なんでここに?」

「あー、誤魔化した。……あたしは、買い出し。もうすぐだから」

 膨らんだ自分のお腹を愛おしそうに撫でる。すっかり、母親の顔だ。

「そういえば、母さんからもうすぐ産まれるって聞いた。おめでとう」

「うん、ありがとう」

「あんまり出歩きすぎるなよ。後、重い荷物も持つな」

「……ふふっ。相変わらずだなぁ、楓斗は」

 久々の会話で、話が少し弾む。そこには、昔と変わらない空気が流れていた。どこか懐かしく、ほっとするような空気感。

「それじゃあ、俺そろそろ行くわ」

 危うく昔の気持ちがぶり返しそうになって、さりげなく話を切り上げる。

「うん……。あ、今年も帰ってこないの?」

「あー……。気が向いたら」

「そっか」

 少し寂しそうに彼女は笑った。

 タイミングよく腕時計のアラームが鳴る。気付けば、もう待ち合わせの時間が迫っていた。

「悪い、もう時間が」

ふと、視線を感じて顔を上げる。まさかの人物が驚いたようにこちらを見ていた。目が合ってしまう。

「あ……」

 俺の言葉と向こうの言葉が同時に重なる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る