第11話 幼なじみからの愛の告白。効果はバツグンだった

 今日は朝から涼しくて、SNSでは冷夏についての面白情報が流れていたりした。

 快適に過ごしやすい一日だというのに、竹千代たけちよは居間のテーブルに肘をつき、難しい表情で夏休みの課題をしている。


 トントンと、ペン先をノートに叩いてみるが数式の解はでてこない。縁側の戸をあけっぱなしにし、涼しい風をとりこんで頑張ってはいるが、集中できないでいた。


(サイン……コサイン……サワル……)


 加法定理に、澤留さわるがしれっと混ざる。

 思い出すのは澤留のまっすぐな告白だ。


『たけちー、大好きだよ』


 澤留からの好意はわかっていたずなのに、ひと晩立っても言葉が頭からはなれず、むしろ昨晩はモンモンとするあまり、澤留の写真集を使

 もうそこまできているなら受け容れるべきだと竹千代は思う。

 しかし自分は情欲をもてあます男子高校生。愛情と性欲が別なのもわかっているつもりだ。


「うー……」


 ライクなのかラブなのか。

 数学の課題に、likeとloveが書きこまれる。

 ぜんぜん集中できていないのを自覚しているが、竹千代はなにかに没頭していたかった。でなければ頭が澤留一色になり、よからぬ妄想をしかねなかった。


(……俺は、澤留をどう思ってんだ)


 竹千代は難問にぶち当たる。

 なおも悩みつづけていると居間のふすまがひらき、花婆はなばあが顔をだした。


「竹千代ー、高菜さんと吞みに行ってくるわ。今晩は帰りが遅くなるで」 

「また澤留のお婆ちゃんと吞み? 聞いてないよ」

「いま言ったからな」


 花婆はにかっと笑う。 

 その日焼けは酒焼けじゃなかろうかと竹千代はすこし呆れた。


「可愛い孫が遊びにきているのに、放置しすぎじゃないか」

「澤留ちゃん目当てで帰ってきた子がよーゆーわ」

「……さ、澤留に会いにきたのはたしかだけど、色香にかどわかされたみたいにゆーなよ。澤留の女装は、俺こっちに来て初めて知ったぞ」


 そこまで言って、竹千穂はふと思った。

 澤留は昔から女装をしているようだし、花婆も昔から知っていたはずだ。


「花婆ちゃんは澤留の女装を知っていたよな? なんで俺に教えてくれなかったんだ?」

「そりゃあ、『たけちーには綺麗になった僕でドキドキして欲しい』って澤留ちゃんに言われたらなー」

「…………」


 まさか、花婆経由でも澤留に心がゆさぶられるとは思わなかった。

 黙ってしまった竹千代に、花婆が追撃をくわえる。


「澤留ちゃんは男友だちやなくて、恋人として見られたいんやろーな」

「………………どーりで澤留のやつ、ずっとカメラ通話をしてくれないし、俺と直接会ってもくれないわけだよ」


 竹千代は以前にもこっちに帰る予定を組んだことがあるが、澤留は「都合が悪い」と言い、それとなく避けられていた。澤留が今年ようやく会ったのも、数年越しと期間をあけて、綺麗になった自分で、男友だちとしての印象をすこしでも薄めるめなのだろう。


 まっすぐな愛の告白もふくめ、その効果はバツグンだった。


「竹千代はそこに不満をもつんか」

「変?」

「いんや、なんも変やないよ。うちは澤留ちゃんと竹千代の味方やからな?」

「…………おう」

「ほな行ってくるわ。朝には帰るー。そのあいだは好きにしててえーよ」


 花婆は元気に笑いながら家を出てた。

 都合のいい吞みは、澤留へのアシストのようだ。

 自分の孫より可愛がっていないかと苦笑していると、竹千代のスマホがぽこんと鳴る。


『今夜、僕と一緒にドキドキしない?』


 こちらの内情が駄々洩れな、タイミングのいい澤留からのメッセージ。

 スマホの画面を見たまましばらく固まっていたが、悩めば悩んだぶん、電波のむこうで澤留が邪悪に微笑んでいるのをなんとなく想像できて、三十分後に返信する。


 ちょっと悩んだぐらいで素早く返信できた自分を、竹千代は褒めてやりたかった。



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