第8話 俺たちと貴方たち

 ロッカーからしれーっと出てきた澤留さわるが、女子二人を紹介する。


「こっちのカメラを持った子が海江田椿かいえだつばきちゃん。とっても優秀な写真部員なんだよ」


 眼鏡女子の椿つばきが元気いっぱいに笑った。


「ども! 海江田椿っす! 澤留っちとはいつも仲良く、ご贔屓にしてもらってます! 今回はお二人の決定的瞬間をカメラにおさめたら、澤留っち写真集の販売許可をいただけることになってたんっす!」


 黒髪ボブヘアーに、くりくりっとし瞳。タヌキみたいな子だった。

 以前、澤留がしかけてきたエロ本は彼女が作ったようだ。というか写真集の販売とか問題発言をさらりと言いのけるあたり、澤留とは気が合うのだろうなと竹千代たけちよは思った。


 澤留は竹千代のとがめる視線を流しながら、もう一人の女子を紹介する。


「それから金髪の子が前園天美まえぞのあまみちゃん。女子空手部の期待の星って呼ばれてるんだよ」

「幽霊部員だけどな。どもっす幼なじみさん。……あー、ほんと悪かったな」


 金髪長髪でつり目。キツネみたいな子だった。

 一見ガラが悪そうだが気まずそうに謝ったあたり、彼女は常識的な子なのだろう。澤留たちにいつもふりまわされていそうだと、竹千代は勝手にシンパシーを感じた。


 竹千代は、女子二人にぺこりと会釈してから言う。 


「つまり澤留がぜんぶ仕組んで、澤留がぜんぶ悪いわけだな」

「やだー、たけちー。顔がこわーい」

「お前はもうすこし手段を選らばんかい!」

「じゃあ僕は着替えてくるね! 二人ともあとはよろしくー!」

「待て待て! 着替えるってなんだよ⁉ っつーか俺を置いてくな!」


 澤留は悪びれず、いやすこしは悪いとは思っているのだろう、すたこらーと教室から逃げて行った。

 初対面の女子二人の前に置いていかれた竹千代がすわりを悪くしていると、椿が愛想よく話しかけてきた。


「やー、あんな楽しそうな澤留っちは初めてっすよ。いつもはおしとやかで清楚なのに、数年ぶりに幼なじみに出会えて嬉しいんすね。めっちゃ想われているじゃないっすか!」

「…………澤留がそう言えって?」

「疑うっすねー」

「澤留が大人しくしているわけがない」

「あはは、さすが幼なじみっすね! そのとおり! あ、これ、お近づきの印っすー」


 椿はポケットから写真をとりだし、ワイロのように差しだしてきた。


 写真は、澤留の体操着姿だった。

 バスケ中のようでシュートを決める決定的瞬間が写真におさめられている。

 しかもポニーテール。ポニーテールだった。

 謝罪のつもりなのか、それともからかっているのか。椿の人をったような笑みからは判別つかなかったが、竹千代にはどちらでもよかった。


「ありがとう、いただくわ」

「……素直にうけとるっすねー」

「俺は澤留に関しては正直だよ」


 澤留の容姿がどストライクなのはゆるぎない。

 しかも自分が拝むことのできない学校での写真だ。

 竹千代がいそいそとポケットにしまっていると、椿がふーんと興味深そうにした。


「それじゃあ聞くっすけど、竹千代君は澤留ちゃんのことが好きなんっすか?」


 椿の直球な質問に、天美が慌てて止めにはいった。


「つ、椿、それは、あたしらが聞いていいことじゃないって」

「なんでっすか? 二人が男同士だからっすか?」

「それもあるが、当人同士の問題なんだし……」


 椿の強い瞳に気圧されたのか、天美はたじたじになっていた。

 どうも、椿にとって大事な質問らしいので、竹千代はハッキリと答えた。


「澤留は、友だちとして好きだ」


 椿はうーんと首を横にかたむける。


「男相手じゃ、恋愛関係になりえないってことっすか?」

「……俺が仲良くなったのは綺麗な澤留じゃなくて、子供のころの悪童澤留だから。澤留の容姿は変わったけれど、中身は昔のまんまだし……。もし、澤留を心から恋人相手として見れますかと問われたら、やっぱり、どうしても、友だちのままだ」


 竹千代はすこし間をあけて、言葉をつけ加える。


「……男相手だからとかは、さほど気にしなかったっつーか。正直、俺、ロッカーの中でかなりドキドキした」

「ハ、ハッキリ言うっすね……」


 椿が逆に照れた。


「……できれば、今のは澤留には秘密にして欲しい。さっきみたいに色気でガンガン攻められるのはイヤじゃないから、澤留に勢いづけられるとすげー困る」

「竹千代君が困るなら、わかったっす。でも、じゃあやっぱり?」

「澤留は、俺にとって、一生の付き合いになるかもしれない友だちだよ」


 椿は八の字眉になった。

 しばらくそうやって困った表情でいて、なにかを言おうとし、天美に手でさえぎられる。


「……なんっすか天美ちゃん」

「これ以上はやめとけって、あたしたち部外者があれこれ言っちゃいけねーよ」

「……だって」

「仲のいい同性の友だちから、貴方が好きですと告白されても、言われたほうはすっげー戸惑うんだぞ? 今まで一緒に自分といた時間もずっと好意を向けていたのとか、一緒にいて楽しかった気持ちはすれ違っていたのとか、色々考えちまう」 


 やけに実感のこもった天美の言葉に、椿は黙ってしまう。

 竹千代が怪訝な表情でいると、天美が真摯な表情で見つめてきた。


「あんたは、友だちとしての澤留の存在が大きすぎるんだな」

「……おう」

「あたしはよ、そのままで良いと思う。周りがどう思うかとか、相手になにを言われようが関係なく、いまみたいに大事に想っているままでいいと思う。無理に関係を変化させなくてもさ、二人なりの関係に落ち着くっつーか、納得できる好きの形が見つかると思うからよ」


 天美が椿にふいと視線をやる。椿は照れたように顔を赤くさせた。


「まー、あんたの気持ちはハッキリしてるみたいだし、余計なお世話だわな。ってか結局、部外者のあたしがあれこれ言っちまってるな、わりぃ」

「……いやありがとう。今の言葉しっかり覚えとく」

「それはそれで恥ずかしいんだけどな」


 天美が照れながら頬をかき、椿は恥ずかしそうに目をふせていた。


 竹千代は二人の関係をなんとなーく察する。

 二人の関係をつっこんでいいのか悩んでいると、教室に、澤留が駆けこんできた。


「たっけちー、お待たせー!」


 澤留は水着姿だった。

 しかも、お手製エロ本で着ていたフリフリ水着姿。腰にパレオを巻いて露出度はすこし下がっていたが、竹千代はそれでも動揺を隠せなかった。


「お、おま⁉ なんっつー恰好を⁉」

「たけちーの超好ちょうこのみで超好ちょうすきで、めちゃくち弱い恰好をしているだけだよ?」

「そ、それは澤留だって知らなかったときの発言で!」

「……ほんとは違うの?」


 澤留は寂しそうな表情をする。

 たとえ演技だとわかっていても、竹千代の心はゆさぶられた。

 エロ本のあのポーズやらあんなポーズやら思い出した竹千代は、顔面真っ赤になりながら正直に告げる。


「……めちゃ好みだ」

「……うへへー」


 澤留が嬉しそうに笑う様子に、天美と椿が顔を合わせた。


「だからあたし言ったじゃん、余計なお世話になるってさ」

「そうみたいっすねー」


 大事な男友だちだと思っているのは本当だぞ、とは竹千代は強く言えなかった。

 自分の情けなさにうなだれていると、澤留が笑顔で手首をつかんできた。


「それじゃあ行くよ、たけちー!」

「み、水着姿でどこに行くってんだよ!」

「水着で行く先なんて決まってるじゃん! 学校のプール! 椿ちゃん天美ちゃん! 僕たちは先に行ってるね!」

「ごゆっくりっすー」「べつに邪魔はしねーよ」


 澤留は女子二人に手をふりながら、竹千代をひっぱっていく。


「待て待て待て! 俺、水着持ってきてないって!」

「大丈夫大丈夫、大丈夫大丈夫っ! 大丈夫だよ!」

「大丈夫しか言ってねー!」


 とツッコミはいれるが、いつになく嬉しそうな澤留の笑顔に、竹千代は手をふりほどけなかった。


 澤留にひっぱられながら廊下を二人で走っていく。

 椿たちと離れたのを見計らってから、竹千代はこっそり聞いた。


「澤留。あの二人、もしかして付き合ってるのか?」

「うん、付き合ってるよ。よくわかったね」

「……友だちの関係を越えて、すごい仲が良さそうだったからさ」

「一度、二人は気まずくなっていたときがあったんだけどね。今ではすっかり元どおり、むしろ前より仲よくなったみたい。いいよね、そんな関係」


 澤留のうらやましそうな表情にドキリとする。

 この胸のドキドキは、澤留がどうふりまわしてくるのか楽しみにしているだけで、きっと恋心ではないはずだ。


 だって、悪童は変わっていなかった。

 それから学校のプールではじゃいで、教師に見つかって、廊下で正座させられながら怒られるなんて、昔と変わらない流れすぎて、竹千代は苦笑いするしかなかった。



 澤留との夏はまだまだこれからだ。




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