男だと思っていた幼馴染に再会したら女でした、って『男の娘』じゃねーか⁉ ~この夏、綺麗になった好感度MAXな幼馴染に、友情か愛情か、選択を迫られる俺~

今慈ムジナ@『ただの門番』発売中!

第1話 男と思っていた幼なじみに再会したら女でした、ってやっぱり男じゃねーか!

 瑞々しい青色が空を埋めつくし、申し訳程度の白い雲が、照りつける太陽の前にかき消える。


 夏まっさかりの土曜日。

 槇原竹千代まきはらたけちよは、バス停留所の待合室に一人ぽつんと座っていた。

 黒いくせ毛に、ほどよく鍛えてある長身。一見好青年風の高校一年生だが、生まれついてのよどんだ瞳が爽やかな要素を台無しにしていた。


 貴重な10代青春の当事者だが、竹千代たけちよは男一人でむなしく夏休みをすごしている。

 胸焦がれるようなイベントもなく、今から向かうのも祖母の家だ。


「……あっつい」


 地面に置いた旅行鞄からペットボトルをとりだし一口吞む。水はぬるま湯になっていた。

 待合室は陽ざしをふせぐが、エアコンなんて上等のものはない。まるっきり田舎でもないが都市の郊外だ。簡素な待合室があるだけ御の字だろう。


 竹千代は、ここで幼なじみを待っていた。


(数年ぶりに会う幼なじみ……これで相手が女の子なら、ロマンスがすこしは期待できるんだろうけど)


 待ち合わせた相手の名前は、多々良澤留たたらさわる

 男だ。

 竹千代は幼少期、祖母の家で育ち、澤留さわるはそのときに知り合った。

 子供のころは祖母の家でずっと暮らしていくと思っていただけに、親の転勤は寝耳に水で、遠方への引っ越し話を聞かされたときは心底驚かされたものだ。


(引っ越しのせいで、澤留さわるとは大喧嘩したんだよな)


 派手に喧嘩しすぎて、澤留は引っ越し当日も口を聞いてくれなかった。

 それっきりになるのがあまりに悲しくて、竹千代は無視されても手紙はかかさず送り、十数通送ったあとでようやく不愛想な文言とラインアドレス付きの手紙が返ってくる。

 竹千代が携帯電話をもってからはたまに連絡をとりあい、「今度の夏休み、婆ちゃん家に行く」と連絡すると「じゃあ迎えにいく」と返信がきた。


(……久々に会うのは緊張する。いやどーだろ)


 澤留には、あっちこっちによくふりまわされた。


『たけちーたけちー、山で最強のカブトムシを見つけにいこう! え? 朝早くじゃないと捕まえられない? バカだなー、山の中で寝泊まりするに決まってるじゃん!』

『たけちーたけちー、僕たちだけの秘密基地をつくろう! 誰も見たことがないぐらいすっげーの! 今から廃棄処理場に廃品をさがしに……大丈夫バレないって!』

『まだ怒ってるのかよー……。ほら、たけちーの好きな黒髪で長い髪のおねーさんのえっちな本を持ってきたよ。おれたちにはまだ早い? 遠慮すんなよ、もってけって!』

『たけちー、今日はなにして遊ぶ? 大丈夫だって危ないことはもうしないから!』


 澤留の邪悪な笑みを思い出す。

 澤留は悪童あくどうのたぐいだ。しかも無茶無謀が大人にバレて怒られそうなときは、無邪気な子供らしくふるまう性質たちの悪さがあった。


(俺にとってはガキ大将みたいなもんだよなあ)


 だからこそ引っ越しをうちあけたとき、澤留が泣きそうな顔をしたのは意外だった。

 そのことでいじってやろうかと、蒸し暑さの鬱憤晴らしを算段していると、待合室の扉がひらく。


「――っ」


 竹千代は思わず息を呑んだ。

 長い黒髪のワンピースを着た子が、待合室の入り口に立っていたからだ。

 自分と同年代だろうか。猫っぽいつり目に、小さな桃色の唇。幽霊のような生白い肌に、華奢な身体つきは、悪いものから守ってあげたくなる儚い雰囲気をもっている。

 自分の理想を描いたような子の登場に、竹千代は金縛りにあう。


(す、すっげぇー可愛い……。こんなに可愛い子、今まで見たことないぞ……)


 竹千代が見惚れていると、真白いワンピースの子がわずかに首をかしげる。


「あの…………扉、あけたままでよいでしょうか?」


 凛とした声にしばし聞き惚れた。


「………………………扉?」

「扉を閉めたままだと中が暑くなりますし、こうして換気をしてもよいでしょうか?」

「も、もちろんはい! ぜーんぜん構いませんですぜ!」


 ワンピースの子に丁寧な説明をさせて申し訳なくなり、竹千代はてんぱって妙な敬語を使ってしまった。


「ありがとうございます」


 ワンピースの子はくすりと笑う。

 竹千代が失態を恥じていると、ワンピースの子が隣にすっと座った。


「……………えっ?」

「どうされました?」


 どうもなにも待合室の席は空いている。

 竹千代の心臓の鼓動が大きくなる。なんでこんな間近に座るんだとツッコミをいれたいが、清楚にたたずむワンピースの子が理想の子すぎて言い出せなかった。


「い、いや、なんでもない、です……」

「そうですか……。それにしても今日は暑いですね」


 ワンピースの子は手で顔をあおぎながら、胸元に指をいれる。

 ぱたぱたと指で服をひっぱるので、どうしても胸元が見えた。


(ぶ、ブラをつけてないっ⁉⁉⁉ み、見え……⁉)


 ワンピースの子のまっ平な胸に、汗がすべり落ちていく。

 理想の子のあまりにも無防備すぎる姿に、頭がどんどんと茹っていく。なぜ急にこんなひと夏のロマンスがと茹る頭で考えていた竹千代は、たしかに見た。


 ワンピースの子が邪悪にほくそ笑むのを。


 その邪悪な笑みは、幼なじみが自分をふりまわそうとしてくる合図サインだった。


「……………あ、あんた澤留さわるだろ?」

「? さわる? 誰のことですか?」


 ワンピースの子は真顔だが、唇の端がふるえていた。

 幼なじみは大嘘をつくとき真顔でこらようとして口の端がふるえる。その癖を、竹千代はしっかりと覚えていた。


「や、やっぱり澤留じゃないか! なんっってぇええ恰好をしてんだよ!」


 竹千代の叫びに、澤留はがっかりとした表情になる。

 そして清楚な雰囲気をくずして、悪ガキの雰囲気にもどり、んべーと舌をだした。


「……んだよー。ここからが面白いとこだったのに。つまんないなー、あっさりみやぶっちゃうんだもん」

「お、面白いって、澤留さあ……」


 竹千代は、久々に再会した幼なじみにジト目をおくる。

 しかし澤留はなにが悪いのかといった様子で微笑んだ。


「昔一緒に遊んでいた幼なじみとの再会。その幼なじみはなんとー、とっーても綺麗に成長していた。すっげー面白いじゃん」

「面白いの要素がどこにあるんだよ」

「……ドキドキのワクワク? ひと夏の冒険みたいで楽しくない?」

「冒険的なドキドキやワクワクじゃねーよ。全然違う」

「えぇー、どう違うのさー」

「そりゃあ、こんな出会いだったし。ラブロマンス的なドキドキで――」


 竹千代はそこまで言いかけて、言葉を呑みこんだ。

 澤留が熱っぽい瞳で見つめてきたからだ。


「ま、まあ? 澤留のドッキリのおかげで久々に会ったのに緊張とかなくて、自然に話せるのはよかったよ」


 竹千代は話題を変えたが、澤留は逃がさなかった。


「したの? たけちー、僕でドキドキ」


 澤留は胸に両手を当てて、たずねてくる。

 その仕草がとても女の子っぽくて、久々に生で聞いた「たけちー」の発音は何一つ変わっていなくて、竹千代の頭がバグった。


 みーんみーんと蝉の音が、待合室の壁をとおして聞こえてくる。

 蝉の音はどこかうすらぼけていて、現実感がなかった。


「……綺麗だなって思ったよ」

「したんだ。僕でドキドキ」


 澤留がすこし身体をよせてくる。


「で、でも! それは、澤留だってわかるまでで! ……ってか、いつまでウィッグをつけてんだよ! も、もうはずせって!」

「地毛だよコレ? 綺麗でしょー、毎日手入れしてるんだ。僕のお気に入りポイント」


 澤留は無邪気に微笑みながら、長い黒髪をさらりとはらった。

 ふわっと柑橘系のさわやかな匂いがただよってくる。制汗剤だろうか、それともシャンプーの香りなのだろうか。男の子とは思えない香りだった。


「……っ」

「たけちー的にさ、髪の長い子どう思う?」


 自分にたずねる理由がわからず、竹千代は目を泳がせた。


「……別に男が髪を伸ばすぐらい今の時代普通だろう。手入れしていても変じゃねーよ」

「そういうことじゃなくて」

「どういうことだよ」

「だいたい、僕が男だっていつ言った?」


 竹千代はぽかんと大口を開けた。

 自分が知っている澤留は男だ。間違いないはずだ。だけど久しぶりに会った幼なじみはとんでもなく綺麗になっていて、自信がもてない。


 竹千代が大いに悩んでいると、澤留がにったりと笑う。

 そして澤留は席をはなれ、ワンピースをひるがえしながら正面に立った。


「悩むに悩んでいるねー」

「な、悩むだろう。幼なじみが女かもしれないって衝撃の事実すぎるだろう」

「僕が男とか女とかそれって大事なこと?」

「そりゃあ……いや、どうなんだろう……」


 澤留は自分にとってガキ大将で、頭のあがらない悪友だ。

 女だからといってなにか変わるのだろか、ひょっとしてラブロマンスでもはじまるのかと、己の内に問う。すぐに【なにも変わらなくね?】と心の声が返ってきた。


「ねー、たけちー。クイズをしよっか」


 澤留が蠱惑的に微笑んでいた。


「クイズ?」

「そんなに顔をしかめなくても大丈夫。変なクイズじゃないって。僕が、男か女か当ててみましょうクイズだよ。正解者にはこの夏、僕がめいっぱい楽しませてあげる」

「んだよそれ……それじゃあ答えがはずれたら?」

「僕をいっぱい楽しませるように努力して」


 んだよそれ、と心の中でもう一度思った。

 竹千代としても澤留にふりまわされながらも、めいっぱい楽しむつもりで祖母の家に遊びにきている。

 いまさら変なクイズをしたところでなにも変わらない。変わりやしない。


「……いいぜ、男か女か当ててやる」


 竹千代はぐっと両拳をにぎり、澤留に言ってやった。

 このわけのわからない雰囲気をサッパリさせたかったのもある。


「おっけー。制限時間は三分。それじゃあ当ててみてね」


 澤留は妖しく微笑みながら一歩さがり、太陽を背負う。

 すると真白いワンピースが透けて、澤留の華奢な身体がハッキリと浮きあがった。


「お、おま⁉ な、なにやってんの⁉」

「なにってクイズじゃん。クイズはフェアじゃなくちゃさ。わかりやすくなったでしょ?」


 むしろ、わかりにくくなった。

 ワンピースで浮きあがっている身体は妖艶さを秘めている。まっ平な胸は男のようで、抱きしめたら折れそうな腰は女のようだった。


「……もしわからないなら、さわってたしかめてもいいからね?」

「さ、さわらねーよ! あとで気まずくなるだろ!」

「それは、どっちだったら?」


 男か、女か、どっちだったら気まずくなるのだろうか。

 竹千代は頭の整理が追いつかなくなるほどに混乱してきた。


(お、俺はもう、俺がわからん……)


 竹千代の頬から汗がたれる。

 こもるような身体の熱気は、待合室の熱だけではないのだろう。


「いっぷーん」


 澤留は待合室の壁時計をみながら、小さな唇で告げてくる。


「ほーらぁ、少しずつヒントを与えていくよー」


 ヒントとはなんぞやと、顔を赤くさせていた竹千代の顔がさらに赤くなる。

 澤留がワンピースの裾周りを両手でつまみ、ゆっくりとたくしあげてきた。


「な、な………なに、してんだ⁉」


 わずか一分のあいだに、竹千代の喉はカラカラになっていた。

 澤留は満足そうに微笑みながら、ゆっくりと裾周りをたくしあげていく。


「男か女か、これが一番わかりやすいでしょ?」

「そ、そう、かもしれないが……」

「クイズ動画でもよくあるじゃん。シルエットがゆっくりわかっていくやつ」


 竹千代はなにか反論しようとして言葉をうしなった。

 澤留は肩まで真っ赤になっていて、その姿があまりにつやがありすぎた。


「ちくたく、ちくたく」


 澤留が可愛らしく秒をきざむ。

 澤留が男でも女でも、完全にたくしあがった姿を見てしまえば、もう二度と昔の関係に戻れなくなる。竹千代はそんな予感がした。


「にふーん」


 のこり一分。

 ただ正解するだけではない。

 この一分のあいだに、自分は確信をもって答えなければいけない。

 もし曖昧なまま女と答えて、それで男だったのならば、澤留が女であって欲しかったのかと、あとできっと悩んでしまう。


 この夏、幼なじみを見る目が絶対に変わってしまう。


(な、なんで澤留はこんなこと……)


 いつも仲良く遊んでいた幼なじみが、どうしてこんな真似をするのか。


(――いつも、仲良く遊んでいた)


 熱気でのぼせる中、竹千代はハッと思い出す。


『たけちーと家族なら、僕はずっと寂しい思いをしなくてすむのに』


 秘密基地で、祖母と二人きりの生活をしている澤留はそう言った。


『友だちじゃダメなのか?』

『ダメだよ。友だちはずっと一緒じゃないもん。…………そうだ、たけちー。僕と家族になろうよ! だったらずっと一緒じゃん!』

『ずっと一緒はいいけどさ、家族ってどうなるつもり?』

『……んー、僕とたけちーが結婚すればいいって!』

『いや、さわるは男じゃん。それに、友だちだとしか思えないよ』

『僕の見た目は母さん譲りだし、絶対美人に育つって! まあ見てなよ! たけちーから嫁になってくれって言いだしたくなるからさ!』


 竹千代は確信をもって告げる。 



「――男だ! 澤留は男だ!」



 澤留はたくしあげをピタリと止めた。


「……あったりぃ。すごいね、大正解だよ」


 澤留は不満ありありに言った。

 すごくつまらなそうで、すごくさみしそうな表情の澤留に、竹千代は言う。


「……めちゃくちゃ美人になったと思うけどさ。やっぱり澤留は……俺にとって男で、友だちだよ。あのときから答えは変わってないよ」

「……なんの話かわからないけどさ。僕は久々に竹千代をからかいたくなっただけだよ」


 澤留はそう真顔で答えた。

 唇の端がふるえていて、大嘘をついているのがわかる。


(澤留も踏みこむ覚悟ができてないじゃん……)


 あえて指摘はしなかった。澤留が自分をどう思おうが、竹千代は幼なじみの関係を変えたいと心から思えなかった。


「……たけちー。バス、もうくるね」

「……ああ、くるな」


 一日に数本しかやってこないバスがやってきて、停留所のまえに停まる。

 竹千代は地面に置いていた旅行鞄を手に立ちあがろうとして、前かがみのまま固まった。


「う……」

「たけちー? 早くのらないとバスが行っちゃうよ?」

「あ、ああ……そうなんだが、ちょっと待ってくれないか……」

「待つってどれぐらい?」

「……わからん」

「? なにそれ」


 澤留が思案顔でいたが、すぐにハハーンと察した表情をした。

 そして、にまにまと勝ちほこった表情で、竹千代の閉じた太ももの付け根あたりを凝視してくる。


「まーね。男の子だからね、反応しちゃうよね~~~~?」

「……正直ドストライクの容姿すぎます。やばかったっす」

「素直でよろしい」

「い、いますぐ、なんとかするからさ」


 しかし澤留は、いますぐなんとかさせんと甘ーい声でささやく。


「ねーえ……僕が責任、とってあげようか?」


 竹千代は唇を噛む。


「せ、せんでいい! も、もう大丈夫だから、はやくバスに乗るぞ!」

「はぁーい」


 熱気がいちだんと濃くなったが、竹千代はそれを夏の暑さのせいにしたかった。

 この夏は、とんでもないことがはじまるかもしれない。そう、邪悪に微笑む幼なじみを見ながらに思った。


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