ミステリィの悪魔は金曜日の午後に

@rin_skgm21

1 - 金曜日の午後5時


「やあ少年、今日も来たね。5時きっかり……実に勤勉でよろしい」



 金曜日の放課後。

 部室棟にある、小さな小部屋。

 僕は毎週、夕方の5時にこの部屋を訪れている。


 その理由は、部室にある長机の向かいに座る人物。

 先輩との〝契約〟の為だ。



「一週間ぶりですね。今日もよろしくお願いします」



 彼女は……千鳥先輩。

 3年生で学年トップの成績を持つ、黒髪ロングの美少女。その妖艶な雰囲気に、心を奪われた男子や女子は多いが、彼女と付き合った生徒は誰一人としていない。お互いに牽制し合った結果とも、あるいは、押しかけてきた生徒達をにべもなくフリ続けた結果だとか言われている。


 そうして周囲から離れ続けた結果なのか、今の彼女には女子の友人も居ないらしい。彼女を良く思わない女子達からは、目の上のこぶのような扱いを受けているそうだ。


 親が居ないとか、裏で売春をしているとか、あるいは人を殺したとか……。

 最初はただの陰口程度だったものが上級生から下級生へと下ってきて、どんどん尾ひれがついていった結果、ありもしない噂ばかりが彼女の評判として聞こえて来る程になってしまっている。


 とはいえ、とうの本人は何も気にしていないという。

 むしろ、今の状況が心地よい……とまで言っているくらいだ。



「さあ座りたまえ。今日は良いウダプセラワの茶葉が手に入ってね、淹れてあげよう」



 促されるままに、先輩の正面に座る。

 目の前に置かれた、薄い磁器のティーカップにキャラメル色の紅茶が注がれ、柔らかな湯気が立ち上がる。


 ……いい香りだ。

 紅茶の事は詳しくないけど、良い匂いなのは分かる。

 口をつけてみると、しっかりとした渋味と……後味にかすかに感じる爽やかさ。

 上等な味わい……なんだろう、多分。



「さて……私との〝契約〟は覚えているだろうね?」



 カップを置くと、先輩はいつも通り〝契約〟の話を始めた。


 先輩とは、この高校に入学してすぐ、図書館でアガサ・クリスティの小説を探していた時に知り合った。

 ミステリィ好きなのかと聞かれ、少し話に花が咲いた後……〝契約〟を持ちかけられた。

 それ以来、こうして毎週金曜日の放課後を彼女と過ごしている。


 彼女との〝契約〟……それは。



「もし、これからやる〝遊戯ゲーム〟で君が私に勝ったなら、私は君の知りたいことを何でも答える。そして、君の願いを何でもひとつだけ叶えてあげよう」


「そう、何でもだ。欲しいものがあるなら買ってあげるし、恋人になってあげてもいい。それとも、私と初めての夜を過ごしたいかな? ハハハ、せいぜい若い脳細胞を駆使して妄想したまえ」


「代わりに、君が私に負けている限り、君はこうして金曜日の放課後を私の為に捧げる。貴重な貴重な、若き日々を私に捧げるんだ」


「ハイリスク・ハイリターン。実に対等で公平な対価だね」



 そう、彼女とは毎週金曜日に〝遊戯ゲーム〟をしている。

 内容は単純な推理ゲーム。彼女が出す『とある事件の話』を、僕が推理して真実を解く。

 ただそれだけの〝遊戯ゲーム〟を、僕らは1年近く続けていた。



「そして……この契約は、私が卒業するまで続く」


「……そう、卒業までだ。今日が何日なのか、賢い君なら理解しているだろう?」



 …………そうだ。

 来週の水曜日、先輩は卒業する。

 今日が勝っても負けても彼女と〝遊戯ゲーム〟をする、最後の日なのだ。

 ちなみに僕は、これまで一度も先輩に勝てていない。



「さて、この勝負のルールも既に聞き飽きたかも知れないが、毎回伝えるのがルールだからね。改めて、良く聞きたまえ」



 だから……最後くらいは勝ちたいと、意気込みを入れてきた。

 それを知ってか知らずか、先輩は微笑んで、右手を挙げる。此処から、僕らの〝遊戯ゲーム〟は始まるんだ。



「《私が君にある事件の話をする。君はそれの真相を私との討議を経て、私の提示した嘘を否定出来る真実を導き出す》」


「討議の中で《私が右手を挙げながら喋っていることは全て真実》だ」


「しかし、《それ以外では私は嘘をつくかもしれない》。何が真実かは、君が選び取るといい」


「《制限時間は、この砂時計の砂が落ちるまでだ。それまでに君が事件の真相に辿り着けば、君の勝利。辿り着けなければ、私の勝利》。良いね?」



 僕らの〝遊戯ゲーム〟のルールを、何時ものように彼女が改めて説明をした。


 1.〝遊戯ゲーム〟中、彼女が右手を挙げて喋る事は嘘偽りの無い真実である。

 2.手が挙がっていない限り、彼女は嘘をつく場合がある。

 3.砂時計の砂が落ちるまでに真相に辿り着けば勝利。


 このルール上で、僕は先輩に質問をし、先輩はそれに答える。

 彼女が真実を言うかどうかは、彼女の気分次第。それに何度も惑わされてきた。

 だから、何時手を挙げて、何時降ろしたかをじっと見ていないといけない。


 先輩の言葉に頷き返すと、彼女は笑みを浮かべ、砂時計をひっくり返した。


「それでは始めようか、私達の楽しい〝遊戯ゲーム〟を」

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