第33話:動画鑑賞会と和解と企み
体育館のステージで僕たちはプロジェクタを15台も設置している。周囲の人が見たら何をしているのか全く分からないだろう。
プロジェクタ15台にどうやって映像を送るかは後回しだ。完全に同期した動画を流す必要があるので難しい。
それよりも、音問題の方が大きかった。体育館に設置されたスピーカーを使う場合、音を相当大きくする必要がある。
観客が入ってきてザワザワしている状態でも聞き取りやすい音を届けるためには指向性の高い音が必要だ。
つまり、前だけに進む音。周囲にバラけない音。パッと調べただけでもそんな特殊なスピーカーは100万円以上するみたいだった。とても文化祭用には買ってもらえない。
そこで、僕が考えたのはスマホだ。クラスメイトのスマホを体育館壁の20か所位に配置して、それから一斉に同期した音を出せばいいのだ。
1か所から音を発するからそんな難しいことになる。そこそこの大きさの音をたくさんのポイントから発すればいいのだ。
「
「確かに、でも、プロジェクタのことを考えていたら思いつきました」
「どうするの?どうするの?」
天乃さんが興味津々だ。よく考えたら、天乃さんは隣のクラスなんだけど、ここにいてよかったのだろうか。
僕は自分のスマホを取り出して、「再生」から「配信」に切り替えた。もう1台のスマホは「再生」にした。ちなみに、僕はスマホ2台持ちだ。ゲーマーの
「みんなもこのQRコードを読み込んで、動画の再生にしてみて」
「ああ、分かった」
「はい」
「ん」
「はーい」
「はい♪」
つまり、僕のスマホから生放送して、それを他のスマホで観ている状態。そして僕のスマホからは動画を再生すれば、受信側は完全同期された動画が同じタイミングで再生されることになるのだ。
予め「再生」ボタンを押しておけばいい。どうせ僕らの持ち時間は10分とか15分だ。少し前にセットしたとしても、バッテリーは十分持つ。
「あ、ちゃんと同期した音が出てる」
天乃さんが感心していた。
「でも……ちょっと音小っちゃくない?あ、これ言っちゃ悪かった?」
「あ、いえ。まずはボリュームを上げるんですけど、さらにバンブースピーカーを買ってこようかと思ってます」
「
「筒に穴だけ開いているみたいなもので、そこにスマホを挿すだけで大きな音が出るんです。電気も何も使ってないし、1個100円くらいなので、1人1個ずつ買うか、担任の財布を狙いましょう」
「ちゃっかりしてんな、流星」
「予算もないからね」
多分、プロジェクタもスマホと1対1でつなぐことができるはず。つまり、スマホ15台があれば、プロジェクタに完全同期した映像を流すことができる。
クラスメイトのスマホが全部で35台として、15台は動画再生用、残り20台をスピーカーとして使えばかなりの音になる。僕みたいにスマホ2台持ちなら更に使える数が増える。
さらに、バンブースピーカーで増幅するのと、元々体育館に付いているスピーカーも音を少し絞って使えばハウリングは起こしにくくなる。
これで、問題になっていた「人数が少ない問題」は動画の方で何とかしようか。簡単に言えばコピペができる。
最後の問題は、「時間が長すぎる問題」。クラスメイトたちのダンスは頑張っても5分しか持たない。スタミナ的にダメなのだから、それ以上はない。5分を超える部分は、何か違う動画を流してなんとかしてしまうか。
「みんな協力ありがとう。あとは動画を作りなおしたら何とかなりそうです」
「ホント!?流くんすごい!さすが私の弟!」
「流星くん、すごいです!さすが私の彼氏!」
ここで天乃さんと二見さんが対峙する。なぜ、ここは張り合うかなぁ。
■ 3日後
「何が始まるの?」
放課後に僕はクラス全員を体育館に集めた。それなのに、なぜか
スマホは数台壁際に設置済み。ステージにはイチニンショウの三人と貴行と日葵、そして二見さんに待機してもらっている。
「体育館用の動画ができたんで、みんなで見てください。完成したイメージを把握したいと思います」
「まじ!?前のも十分すごかったけど!」
クラスの誰かが言った。そう言ってくれるのはありがたいけど、あれは教室内用。体育館では通用しない。
「まずは見てください」
僕は手持ちのノートPCから音楽をスタートさせた。色々試してみた結果、PCからなら15台のプロジェクタにまとめて動画を配信できる。色々難しくないので、こちらの方が良さそうだった。
イントロが流れ始める。イントロからノリのいい曲なので、クラスメイト達の顔が明るくなる。
ステージ上では、イチニンショウの三人がダンスをスタートした。動画から飛び出したような演出で、画面から日葵が一人飛び出してきた。
それと同時にステージ上に暗幕を被ってしゃがんでいた日葵が暗幕を脱いで立ち上がってダンスに参加した。
「「「おお!」」」
ただ、暗幕を脱いで立ち上がっただけだけど、プロジェクタが照らしているのはステージの床から1メートルより上だけ。しゃがむと人が見にくくなる。その上、暗幕を被るので消えたように見えるのだ。
動画はこれを上手く使って、動画から人が飛び出たように見えるものにした。その次の瞬間にステージ上に人間が現れるので、画面から飛び出たように見えるのだ。
クラスメイトのテンションは高い。ここまでは概ね好調だ。
『ジュエルを待っている、ジュエルを待っている、ジュエルを待っている』
サビの部分の歌詞だ。
元々、「ログインボーナスが欲しい」みたいな内容の歌詞で、今回は歌詞についてはどうでもいい。この曲はノリだけの曲。
そして、約30秒後、ステージの反対側で同様に画面から貴行が飛び出た様な演出と共に実物が出現する。人がそっちを見ている瞬間に、反対側では日葵はしゃがんで暗幕を被ってステージの脇にはける。
これはマジシャンがよく使う手で、右手でカードを広げた時には左手は死角になっているので、次のマジックの仕掛けをしている、というようなもの。
世間では「マジシャンが右手を動かしたら左手を見ろ理論」と呼ばれている。それを応用したものだ。
そして、最後に二見さんが画面から登場してダンスの後、ステージ中央で両手を広げて立つ。イチニンショウの三人を含め他の人が左右に分かれ、両手で二見さんを称える様な動きをして終了。
(パチパチパチパチパチ)
「すげえ!」
「画面から飛び出たよ!」
「これ全員でやったら迫力がヤバくね!?」
「二見さん称えてた。テーマ通り!あはは」
色んな感想が出たけど、おおむね好評。画面から出たり消えたりする練習をちょっとしないといけないけど、暗幕を被るタイミングと脱ぐタイミングだけの話なので、数回やれば誰でもマスターできるはずだ。
「あと、僕らの持ち時間は15分もある。ダンスは5分間。その前にメイキング動画を5分程度流そうと思う。続けて見てください」
僕は、
『文化祭の出し物なにやる?』
『私、ダンスやりたい!』
「あ、あれ喋ったの私!」
山田さんが照れくさそうに、嬉しそうに言った。
『私たちがダンス教室に通ってるから、みんなに少しずつ教えるね』
『テーマを決めたい!』
『二見さんを最高に目立たせる』
動画では教室でのやり取りがリアルに再現される。そりゃそうだ、話し合いなど全ての打ち合わせや練習は全て録画しているのだから。
このメイキング動画のBGMにもダンスで使う曲「ジュエルを待っている」が流れている。
観客は知らず知らずのうちに、この曲のサビの部分を何度も聞かされることになる。もっともネットで数年前に流行った曲なので、知っている人も少なくないだろうけど。
メイキング動画を流す理由は、時間の引き延ばしではない。どんなに頑張っても、プロレベルのダンスや動画は高校生にはできない。
時間をかければ、それなりになるのだろうが、経験の浅さだったり、意識の低さだったり、稚拙さだったり。
見ている人はそんな動画を見せられても、そんなダンスを見せられても心は動かない。そこで考えたのが「ストーリー性」だ。
この約5分程度のメイキング動画で観客も「こちら側」に引き入れて連帯感を感じさせるのだ。
例えば、飲食店で1杯1000円の玉子かけご飯は売れないだろう。
ところが、そのご飯は店主が日本中歩き回って探し出した「玉子かけご飯に最高に合うお米」で、富士山の湧水を使って昔ながらのお釜で炊き、「玉子かけご飯のために育てた鶏」からの特別な玉子で、「玉子かけご飯専用のしょうゆ」を……と言われると、人間食べてみたくなるもの。
これを今回のダンスにも使った。テーマを決めるところから、何をするのか、そして大変な練習の風景、途中に起こる仲間同士の
基本的にみんなの日ごろの様子を撮影したものをそれなりに編集したもの。
メイキング動画も終わった。さあ、クラスメイトの感想は……
「……どう、かな?」
これは一人で考えて、勝手に作ったもの。いま初めてみんなに見せた。「勝手なことしやがって」とか言われるのか!?時間を埋めるためにしょうがないと受け入れられるか……
「うおーーーー!」
なんか、叫びながら
(ガシッ!)「ありがとう!」
「は!?」
猪原が僕の両手をしっかり握って礼を言った。どういうことなのかさっぱり分からない。きっと僕の顔は「きょとーん」だったろう。
二見さんが心配して駆け寄ってくれそうだったけど、
「俺が撮影した動画ってこういう風に使われる予定だったんだな!こんなすごい動画にしてくれてありがとう!!」
なんか喜んでくれているっぽい。取り巻きの坂中、向田もいる。
「俺は意味のないことをやらされていると思っていたけど、ちゃんと考えがあったんだな!
なんかすごい勢いで捲し立てるように褒められている。僕は横に来てくれた二見さんに視線を送った。二見さんはちょっと困ったような笑いを浮かべていた。
「二見さんも、ごめん!この間は、迷惑かけてしまって……」
今度は急に二見さんの方を向いて謝った。それだけ言うと、坂中たちを連れてどこかに行ってしまった。照れくさかったのだろうか、猪原忙しいヤツだ。
クラスメイト達は、動画が気に入ったのか、何度も再生していた。あと数日動画に合わせる練習もしてもらわないといけない。存分に見て、楽しんでほしいところだ。
「流星くんはすごいですね」
二見さんが僕のすぐ横で言った。その顔は、少し微笑んでいて、少し他人みたいで。
「なにがですか?」
「普通あれだけモメたら、謝らせることって中々できないですよ?」
動画を撮ったのは主に彼ら三人だし、僕は動画を切り貼りしただけ。買いかぶりと言うものだ。彼らが勝手に感動して、勝手に謝ってくれた。僕としては狙ってないので、ホントにたまたまだ。
「たまたまですよ」
「ふふ、まあ、いいですけど」
今度は目も笑っている。少したれ気味の目が笑った時の表情は本当に可愛い。僕は彼女の表情でこの顔が一番好きだと思う。
「なんとか見れるレベルに仕上がってきたと思うので、最後ちょこっと仕掛けをしたいと思います。二見さん付き合ってもらえますか?」
「まだやるんですか?」
「ベストを尽くしたくて」
「あ、世界先輩が悪い顔になってるっス。なにか企んでるっスね」
「そういうことになりますね」
こういう時の「えんじょう」はノリがいい。絶対、僕のバカなノリに付き合ってくれる。本番を明後日に控え、僕と「えんじょう」は動き始めた。
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