第五話

 昼休みのことだった──。


『先輩、視聴覚室に来てもらってもいいですか?』と夢芽なから連絡が来た。


 その瞬間、背筋が凍った。


 手を震わせながら。


『わかった』


 いや、さすがに学校で……ないはずだ。

 リスクが高すぎる。


「すまん、斉藤。少し用事ができた」


 俺は弁当を風呂敷で包みながら言う。


「んあ、そうか。おけ」

「本当に悪いな」と席を立ち上がり、教室を急いで去る。


 違う、真奈の件ではないで欲しい。


 視聴覚室の入り口に着くと、昨日のようにシーっと右手の人差し指を鼻に当ててながらこちらを見る夢芽がいた。


「夢芽……どうしたんだ?」


 頼む、全く関係のない話であってくれ。


 心の中でそう祈る。


「たまたま私、見つけちゃったんです……姉さんが視聴覚室に一人の男の子と入っていくところを♡」


 昼休みに視聴覚室に寄る人なんていないだろう。

 防音も効いているため、うってつけの場所である。

 でも、まだ違うかもしれない。

 ヤってるんじゃないのかもしれない。

 俺はバカだ、昨日。

 ほぼ確信が付いたはずなのに真奈を完全に嫌うことができない。

 まだ好きという気持ちの方が勝ってしまっている。


「何年とかわかるか……」

「はい♡。靴が緑でしたので3年です♡」


 先輩かよ。

 

「顔まではわかりませんでした。すみません」

「ううん、それだけでもありがたいよ」


 クスッと笑う夢芽。


「姉さんって本当に性欲の塊ですよねっ♡。学校でヤるなんて。耳をドアにそっと近づけてみてください、姉さんの淫らな声が聞こえますよ♪」


 ゴクリと唾を飲んで、俺は夢芽の言う通りにドアに耳を近づける。


「──────///」


 昨日と同じ、夢芽の喘ぎ声が聞こえた。


 全身の力が脱力し、俺はその場に両膝をつける。


 まじかよ、学校でもヤんのかよ。


「本当に可哀想な先輩です♡」と後ろから俺に抱きつく夢芽。


 胸を強調しているのが背中の感触でわかる。


「ごめん、今はそんな気分じゃないんだ」

「そうですか……それは残念です」と俺から離れる夢芽。


 俺は立ち上がり。


「ごめん、トイレに行くとするよ」

「はい♡」


 トイレに向かった。


 とんでもないほどの吐き気に襲われたからだ。

 昨日は感じなかったはずなのに、なぜ今日はこんなに吐き気を感じてしまうのか。


 くそ、くそ、くそ、くそ。


 トイレに着く中には誰もいなかった。

 俺はすぐさま、個室に向かい。


「うえ──っ」


 勢いよく嘔吐する。


 ドバドバと胃液と昼に食べた食べ物たちが出て行く。

 出しても出しても止まらない。


 目からは大粒の涙が頬をつたり地面に垂れる。


 誰なんだ、一体誰なんだ。

 間男は。

 3年生の誰なんだ……。


「絶対に見つけてやる」



 教室に帰ってくると。


「よお、帰ってきたか」と俺のお弁当を食べている斉藤がいた。

「何人のお弁当食べてんだよ……」

「ん、元気なくしたな。どうしたよ? もしかして、フラれたか!?」と笑う斉藤。


 フラれたに近いよな。

 今の俺の状態は。


 なんでまだ俺は真奈に好意を抱いているのだろうか。

 裏切られておいてまだ。


「って、ガチでお前大丈夫かよ!?」


 やっべ、視界がフラフラしてきた。


「ん、大丈──」


 俺はバランスを崩して地面に倒れた。

 同時にあたりが真っ暗になった。

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