うっかり天使の想定ミスで、勇者パーティから追い出されたぼくがミスリルジャイアントの鍵になっちゃったけど?

帝国妖異対策局

第1話 ミスリルの巨神

◆ 勇者転換


 女神トリージアの御使いは困惑していた。


「確か、あなた方は7名のパーティだったはずでは?」


 大陸に迫りくる妖異の脅威に対抗するために、女神は大陸でも珍しい勇者の欠片を持っていたパーティに目をつけ、彼らを勇者転換ジョブチェンジすることにした。

 

 その儀式のために女神は御使いを遣わしてパーティに古代神殿に来るように伝えた。その時は確かパーティは7人だったはずだ。


「あぁ、一人どんくさいのがいたんですが、ついさっき地下迷宮の奥ではぐれちゃって」


 リーダーである剣士のジョイス・ギルタークが金色の髪をかき上げながら言った。


「わたしたちも一生懸命に探したのですが、見つかったのは彼の荷物だけでした。おそらくはもう……」


 緑髪のイケメン魔術師シーク・ミルスガットが銀縁の眼鏡をクィっと持ち上げ、悲しそうな表情でそう言った。


「天使様、あいつはただの荷物持ちですから、魔王を倒すのはわたしたちだけで十分ですよ」


 二人に追従するように、女戦士、女拳闘士、女神官、女盗賊たちも同じようなことを話していた。


「そ、そうですか……」


 御使いは彼らの態度を訝しんではいたものの、女神の急ぎの命でもあることから、とりあえずは彼らに勇者転換ジョブチェンジを行うことにした。


 今は妖異に対抗する勇者を早く誕生させることが急務なのだ。


「それでは皆さんには神命勇者として、この世界の悪しき存在たちと戦っていただきます。それは苦難の道ではありますが、それを遥かに上回る栄誉と富があなた方に与えられることでしょう」


「やったぜ!」

「とうとうわたしたちも勇者としての誉れに預かれるようになるのですね」

「やったぁ!」

「やりました!」

「うへへ、やったね!」

「うひひ」


 この神殿に来るように彼らに告げたときとは、明らかに様子が違うパーティに戸惑いながらも、御使いは勇者転換ジョブチェンジの儀式を始めるのだった。




◆ おいてけぼり


 ピチャン!


 手に冷たいしずくが落ちるのを感じて、ぼくは目を覚ました。


「グスッ……ここは……どこだっけ……」


 まっくらで何も見えない。


 ピチャン!


 音は離れたところから聞こえていた。


 手に落ちた冷たいしずくは、ぼくの涙だった。


 ぼくは迷宮の最奥部にあった暗い大穴に落とされた。


「なんだよ……。やっぱりぼくが邪魔だったんじゃないか……」


 誰がぼくを落としたのかはわからない。


「誰が……なんてどうでもいいか……」


 だけど穴の淵にはパーティメンバーしかいなかった。


「みんな……笑ってた……」


 だから「誰が」なんてどうでもよかった。


「痛てぇぇぇ!」


 右足が変な方向に曲がっている。ずっと穴を転がり続けているうちに折ってしまったのだろう。


「痛い……痛いよ……グスッ」


 暗くて何も見えない。痛みで息もまともにできない。誰もいない。寂しい。辛い。死にたい。


「もう死にたい」


 ジョイスさんのA級パーティにぼくが不釣り合いなのはわかっていた。パーティメンバーがぼくのことを便利な荷物持ちの、肉盾奴隷としか見ていないことは最初からわかってた。


 だから、いつかこんなことになるって思ったことがないわけではなかった。


「足……痛い……」


 一応、ぼくはギルドではレンジャーとして登録されていた。最低ランクとはいえ一応は冒険者。決して奴隷ではない。


 でもメンバーの食事や生活支援や様々な手配は全部ぼく一人で行っていた。それこそ奴隷のように。


 戦闘の度に囮や盾役としてこき使われてきた。彼らが野営テントの中で男女の営みを繰り広げる間、ずっと焚火の番をさせられた。


「眠りたい……足が痛くて眠れない……」


 足腰の強さには自信があったし、体力だけは人一倍あった。


 けど、ジョイスさんのパーティに参加してからは一日三時間しか眠れていない。そんな状態が続けば、さすがに体力は落ちていく。


「あの天使が現れたときにはもう、こうなって運命が決まっていたんだろうな」


 三日前、女神トリージアの御使いと名乗る天使が現れて、パーティメンバーを勇者にすると御告げした。


 天使が姿を消したとき、ジョイスさんの目がぼくに向けた目。


「お前はいらない。お前を勇者にはしない」


 その目の意味をぼくは理解していた。


 まさか、地下迷宮の大穴に落とされるとは思わなかったけど。


 パーティのみんなには精一杯尽くしたつもりだったんだけどな……。


 でもジョイスさんたちを恨んだりはしない。

 

 もうそんな感情はとっくの昔に無くしていた。


 こんな目に会わされたけど、それでもジョイスさんには感謝している。


 ぼくを村から連れ出して冒険者登録してくれたのだ。それに荷物持ちとは言え、不釣り合いなA級パーティーに同行させてくれた。


 その前はもっと酷かったから。


 生まれてからずっと忌み子として村で蔑まれてきた。村人や孤児院の連中だけでなく、奴隷たちからも蔑まれていた。


 親はいない。知らない。孤児院では「フォルト」なんて名前を付けられた。これは古代エルフ語で「失敗」という意味らしい。


 今回のように人に裏切られる事態は、もう何度も経験してきている。


 もう慣れっこと言っていい。


 人に期待することなんてとっくにやめていた。


 でもさすがに迷宮の穴底に墜ち、足まで折れているという状況は、ぼくの心を完全に折った。


「もう……死にたい」


 今までだってそう思ったことが何度もあったが、そう思いながらも心のどこかでは生きる理由を探していた。


 でも今回は違った。


 本当に死を受け入れようとしていた。


 ぼくの胸の奥でキィィィィンと何かが響く。


 でも今回も死ぬことはできなかった。


「またか……」


 音が消えると共にぼくの足の痛みは消えていた。




◆ 魔王の悲願


「とうとう完成したか! 聖樹ミスティリアの慈愛の結晶ミスリルの巨人が!」

「はい。お父さま!」


 地下迷宮の最奥部には女神によって封じられた魔界の入り口があった。


 その奥には巨大な空間が広がっており、数多くの魔族たちが魔王を取り囲んでいる。


「魔王さま……ついに! ついに!念願の時が!」

「しかし、おいたわしや……姫様」

「言うな! 姫様もお覚悟の上だ!」


 魔王エゼルアルバを取り囲む魔族たちの間に、喜びと悲しみの入り混じった空気が広がっていた。


「ディアリーネ……我が最愛の娘」


「お父さま……」


 魔王は娘を抱きしめるがその腕は彼女の体を通り抜けてしまう。


「もう……お前を抱きしめることも叶わぬ……。もう、この美しい銀の髪に触れること叶わぬ。美しい角に触れること叶わぬ。黒き翼に触れること叶わぬ。可愛い頬に口づけすること叶わぬ」


「大丈夫ですわ」


 ディアリーネは魔王を優しく抱きしめる姿勢を取る。


「触れること叶わずとも、ディアリーネはお父さまの優しい温もりを感じております」


 二人の赤い瞳から涙がこぼれ落ちていった。


「天獄の母上も、お前のことを誇りに思っているはずだよ」

「はい……」


 魔王とその娘ディアリーネは背後にある巨大にそびえたつソレを見上げる。


「これを使って封印を打ち破り、地上を再び魔族の手に取り戻してみせますわ!」


 ディアリーネの言葉を聞いた魔王が、魔族たちに声を張り上げる。


「憎き天上の女神と勇者どもによって、地下深くに封印された千と二百の年月。ついに我ら魔族が地上に戻るときがきた!」


 魔王に続いてディアリーネが魔族へ語り掛ける。彼女の声を聞いた魔族たちは奮い立った。

 

「地上を再び我らの手に!」


 ディアリーネが叫ぶと、その場にいるすべての魔物が腕を振り上げて叫ぶ。


「「「地上を再び我らの手に!」」」




◆ 儀式


 神殿の中央には、六人の冒険者が御使いの前で跪いていた。全員が頭をたれて御使いの言葉に耳を傾けている。


「勇者の命を授かりし者とその従者たちに女神トリージアの加護を授けん! 神命受けし勇者たれ!」


 御使いが告げると周囲が一瞬にして暗くなり、天から7つの稲光が落ちる。


 6つの細い稲光が六人の冒険者たちの上に降り注いだ。


「「「おおぉぉ!」」」

「すげぇ! 力がみなぎってくるぜ!」

「おぉぉ、魔力が溢れかえるのを感じます!」

「これが勇者の力……」

「心が満たされていきますわ」

「力が強くなってる……」

「うひょぉぉぉ、こりゃスゲェェ!」


 神命勇者となった六人が自分たちに授かった力の大きさに打ち震えている間、天使だけは額から汗を流していた。


 一番大きな稲光が神殿の下へと吸い込まれていったからだ。


「ま、まさか……いなくなったという子が……」


「天使様! 俺たちきっと魔物どもを殲滅してやります!」

「この力があれば、魔王だってやれる!」

「「「「おお!」」」」


「が、頑張ってください……」


 勇者の力にはしゃぐ六人に張り付いたような笑みを浮かべながら、天使は自分が「何かトンデモないことをやらかしてしまったのではないか」という不安に襲われていた。




◆ 古代の石碑


 ピチャン!


 ぼくの耳がどこかで水の落ちる音を捉えた。


「み、水があるのか……」


 足の痛みがなくなると、今度は喉が渇いてきた。


 ピチャン!


 ぼくは音のする方へと這いずって行った。右膝が変な方向に曲がったままだけど、もう痛みは感じない。


 水のしずくが落ちているところにたどり着くと水たまりがあった。手を差し入れると数センチくらいの深さしかない。


 周りは暗くて見えないため、水場がどれほどの大きさなのかはわからない。


 水をすくい上げて一気にごくごくと飲み干す。

 

 飲めるかどうか確認もせず無茶だとは思ったが、こんな状況だ、それほど長くは生きられると思ってない。


 腹いっぱいに水を飲むと、不思議なことに周囲の様子がうっすらと見えるようになってきた。


 目が暗闇に慣れたのだろうか。うっすらと周囲が光っている気までしてきた。


「石碑?」


 水場の中に石碑が立っているのが見える。ぼくは石碑の前まで這いずり、そこに何が書かれているのかを読み取ろうとした。


「古代エルフ語かな……見たことがある文字だ……」


 古代エルフ語は古い遺跡に残されていることが多い。

 

 冒険生活の合間を縫ってぼくは古代エルフ語を独学で勉強していた。時々は女神官が読み方を教えてくれることもあった。


 もちろん、ぼくに危険な罠を解除させるためだ。


「ここ……に? 失敗……者? ……なる?」


 石碑の表面に失敗という単語があるのを見て、心がざわついた。


 一瞬、自分の名前を指しているのかと思った。


「友よ、とく目覚めよ、世界のために……千と二百と三つの年の古き友より」


 ぼくが最後まで碑文を読み終えたところで、突然、地面が揺れ出した。


「な、なんだ!?」


 石碑が倒れてくるかもしれない!


 ぼくはその場を急いで離れようとした。


 突然、天井から雷撃が石碑に落ちてきた。


 その凄まじい電撃はぼくをも襲う。


「あばばばばばばば」


 衝撃で石碑は砕け散り、ぼくは弾き飛ばされてしまった。


 砕けて欠片となった石碑と共に、ぼくはさらなる深淵へと落ちていった。


「勇者の印を確認。勇者転換ジョブチェンジ完了しました」


 意識が遠のく中、そんな声を聞いたような気がする。




◆ 運命の出会い


「これより巨神の鍵となる者を決する!!」


 王宮前に作られた高台の上で、魔王が魔族たちに宣言する。王宮前広場の中央には鍵者となることを志願する魔族たちで溢れていた。


 高台の背後では、約18mの巨大な像が広場を見下ろしていた。ディアリーネが像の肩に立ち、そこで鍵者が選ばれるのを待っている。


 魔王の声が広場に響く。


「鍵者となる者は、永劫なる時を我が愛娘ディアリーネと共に生きることとなる。それは祝福であると同時に煉獄となろう、その覚悟ある者のみここに残るがよい!」


 鍵者となれば、自分のみならず一族のすべてが永遠に称えられる栄誉を得ることになる。


 誰一人として広場から去る者はいなかった。


 魔王は両手を高く掲げ宣言する。


「では戦え! 生き残った最後の一人を鍵者とする!」


「「「うぉぉぉぉぉ!」」」


 この地下にある魔王国にて、最も強き者を鍵者にするという決定は、巨神の建造が始まった千年前から決められていたことだ。


 ディアリーネは思わず目を閉じる。彼女が巨神の錠となることを決めたとき、この儀式のことも覚悟して受け入れたはずだった。


 たとえそうであっても、魔族を救うために巨神に身を捧げた彼女にとって、魔族同士が殺しあうこの儀式はやはり耐え難いものだった。


 魔族の身であったときは、この儀式を他の方法に変えるためにあらゆる努力を続けてきたが、彼女の願いはついに叶うことはなかった。


 巨神の錠となった今では、もう彼女に出来ることは何もなかった。


(やめて……)


 打ち取られていく敗者たちのために彼女は涙を流し続けた。


 ふと一人の魔族に気がついた。それはかつてのクラスメートだった。


 彼は巨大なオーガに背中の羽をもぎ取られ、地面に倒れこんでいる。その背中にホブゴブリンの鉈が打ち付けられる。


 巨神の力を得たディアリーネには、それが目の前で行われているように見えた。


 クラスメートはその死に際にディアリーネの方に顔を向ける。


 笑顔だった。


 王族たる身であれば、いくら親しい間柄であろうと特定の個人に情を見せることは許されない。全魔族のために命を捧げた今ではなおさらのことだ。

 

 とはいえ、中身はただの少女でしかない彼女の意識は、どうしても自分の見知っている者たちへ向いてしまう。


 親しいものが命を刈られる度に、彼女の心は叫んでいた。


(もうやめて……)


 だが王女であり、王国の守護精霊である、彼女にそれを口にすることはできない。


(もう……やめて……)


 彼女のクラスメートたちが次々と命を落としていく。たかが学生である彼らがどうして歴戦の戦士たちもいるこの儀式に身を投じたのか。


(いや!)


 彼女の傍にいるためだ。


 彼女の親友が胸に爪を突き立てられて死んだ。


(やめて……)


 ずっと彼女の傍仕えだった魔犬族の少年に竜人が爪を突き立てようと振り上げた。  


「いやぁぁぁぁ!」


 ディアリーネが叫ぶ。


 と同時に……


「ぬおぁあぁぁぁああ!」


 天井に穴が開いてそこから少年が落ちてきた。    


 突然のことに慌てたディアリーネが彼を受け止めようと手を伸ばすと、その動きに合わせて巨神像が動いて少年を手で受け止めた。


「巨神像が動いた!?」


 その場にいるすべての魔族が動きを止める。


 全員が巨神像に目を向けた。


「ぎゃふん!」


 巨神像の手の中に落ちた少年が奇妙な声を上げる。少年は頭から巨人の掌に突っ込んで、お尻を高く突き上げていた。


 深刻な状況にも関わらず、目の前の滑稽な場面にディアリーネは思わず笑ってしまった。


『鍵者を登録しました』


 ディアリーネの視界にメッセージが走る。


 その直後、巨神像の全身が輝きを放ち、体表面を覆っていたすべての花崗魔岩がボロボロと剥がれ落ちていった。


 魔騎士の鎧に似せて作られた巨神のミスリルの全身が露わになる。白銀の表面はうっすらと青みが掛かっており、関節部は蛇腹で覆われていた。


「ジャッ!」

 

 巨神像が声を発すると、その場にいる全ての魔族に衝撃が走った。


「巨神が目覚めた!」

「「「おおおぉぉ!」」」


 魔族たちが一斉に歓声を上げる。


「ジャッ!」


 ミスリルジャイアントは関節の稼働を確かめるように、肩と肘を順に動かした。


 握られたままの少年はミスリルジャイアントが動くたびに悲鳴を上げている。


 最後にミスリルジャイアントは両腕を左右に広げ、肘から先を上に上げた。


「ジャッ!」


 これは魔神への信仰を示すポーズだ。


「「「おおおおお!」」」


 ディアリーネは、ミスリルジャイアントの右手に握られている少年の元へふわふわと漂っていった。 


 少年は状況がまったく理解できていないらしく、口を開けてポカンとしている。


 ディアリーネは少年の唇にそっとキスをした。


「あなたがわたしの鍵様ダーリンですのね……」


 少年のまぶたが激しく開いたり閉じたりを繰り返し、口をアワアワさせながら叫んだ。


「ななななな……なんじゃこりゃぁぁぁ!」


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