好感度メーターを体力ゲージだと勘違いしている男の話
みゃあ
1から100
ある日の朝、いつもみたくリビングへやってくると、違和感を覚えた。
「ん……? なんだあれ」
視線の先にいたのは、ウチの母さんなのだが、俺が気になったのはそこじゃない。
母さんの頭の上に、ピンク色のゲージが伸びているのだ。
なんか、やけに長い。
「――あら
「あぁ、まぁ……じゃなくて! 母さん、なんだよそれっ」
俺がビシッと指をさし、ゲージについて問いただそうとする。カチューシャ、ってわけでもないだろうし……ていうか、それならそれで朝っぱらからなにしてんだこの人って話だし。
内心でそんなことを考えてはみたけれど、当の本人は首を傾げている。
「それ、ってなんのことよ」
「いやほら、母さんの頭の上にあるだろ? ゲージみたいなやつ」
「げーじ?」
キョトン顔でニュアンスを確かめるかのように呟く母さん。どうやら聞き慣れない言葉だったようだ。ネットスラングというやつか。
とはいえ、俺に言われたからか、頭の上へと手をかざし、ブンブンと振り始めた。
しかし得られたのはゲージを素通りするという結果だけ。
「……なにもないじゃないの」
「いや、でも俺には見える……あ、じゃあ! 鏡で見てくれよ」
「んもう、お母さん忙しいのよ。あんたの弁当作らなきゃだから」
その点に関しては申し訳ないが、こちらも引くに引き下がれない。
思春期男子は好奇心旺盛なのだ。
しかたがないので俺は別の部屋にあったコンパクトサイズの鏡を持ち出してくると、母さんの前にちらつかせた。
「ほら、見えるだろ! ゲージ」
「んー……やっぱり、なにもないじゃないの」
母さんは必死に目を凝らしていたが、結論は変わらなかった。
俺が遊びに付き合ってほしいとでも思ってるのか、少し呆れたような表情になっている。
くそぅ……俺はウソついてないんだぞ。
「変なものが見えるっていうんなら、早めに病院に行った方がいいわよ」
「で、でも本当に……いや、なんでもない」
これ以上問答を繰り広げるのもはばかられたので、俺はとりあえず引き下がった。
持っていた手鏡で自分の姿を映してみる。
けれどそこにはゲージのようなものは浮かんでおらず、俺の冴えない顔がより冴えなくなっているだけだった。
やっぱり、俺の目がおかしいのだろうか……?
◇
「いや、やっぱり、おかしい」
自分が正気であるのを確かめるため、外へと出た俺だったけれど、待っていたのはやっぱり同じ光景だった。
通りすがりのご近所さんにも、頭の上に同じようにゲージが浮かんでいるのだ。
しかもそのゲージはまちまちで、多くても母さんの上にあったゲージの半分ぐらい、少ないと三分の一ぐらいだった。
疑いの眼差しを向けつつも、俺は歩を進める。
なにせこれから学校に行かねばならないのだ。ゲージばかりを気にしてるわけにもいかない。
普段通りに通学路を進み、人通りの多い道へと出た。
するとやはりそこでも同じ現象が起こっている。なのに誰も周りのことを気にしている様子はない。
やっぱ、俺だけが見えてるようだ。
「マジでなんなんだこれ……」
RPGの世界にでも迷い込んだような気がして、頭がおかしくなりそうだ。魔法が使えるようになるのなら話は別だけれども、手のひらをかざしたところでなにも出ない。
そんな俺の肩に、顔色の悪いサラリーマンがぶつかった。
「あぁ……ごめんね」
「あ、いえ、こちらこそ」
お互いに頭を下げ、なにごともなく通り過ぎようとした俺だったけど、はたと気づいた。
このサラリーマン、ゲージがほとんどない。ミリ単位といってもいい。
よくよく顔色をうかがえば、今にも死んでしまいそうなぐらい真っ青な顔をしている。
「今日も会社か……はぁ……」
クソでかため息を吐きつつ、去っていくサラリーマン。
その背中をじっと見つめていた俺は、ある一つの結論に至っていた。
「ははぁ、なるほど……そういうことか」
よくよく考えれば、分かったかもしれない。
母さんとかご近所さんとかは多くて、死にかけのサラリーマンだと少ない理由。
――つまりこのゲージは、体力ゲージだったのだ。
「そういや、いっつも元気だもんな母さん。風邪とか引いたことないって言ってるし」
ようやく得心がいった俺は、晴れやかになった気分のまま、学校へと向かう。
昇降口から中へと入り、教室へとたどり着いた。するとそこでも同じような光景が広がっていて。
「つーか少ないな、みんなの」
ほとんどが四分の一とかだぞ。部活とかでしごかれてるのか?
俺はなにもしてないから、仮にゲージが見えた場合、半分ぐらいはあるかもな。
そんなことを考えながら荷物を整理していると、前の席に陰が下りた。
「よ、
現れたのは俺の友人だ。ソイツの頭の上にもやはりある。
「ん? お前けっこう多いな。バカと元気は相互関係にあるのか……?」
「なんか失礼なこといってんな、おいっ」
小突かれてしまった。けどこの痛みが、やはり夢ではないとの証明になった気がする。
それからしばらく友人とのやり取りに興じていたら、ふいに教室のドアが開いた。
なんとなく視線を向けた俺は、思わず息を呑む。
「みんな、おはよ~。昨日は楽しかったねー」
ドア付近でウチのクラスメイトに明るい笑顔を振りまく少女。名前は
隣のクラスに在籍してる女の子で、こっちに友達が多いのかちょくちょく顔を見せる人だ。
友人曰くかなり可愛いと評判に上がる人物であり、かくいう俺もちょっと、いやかなり気になる存在だった。
そんな子がやってきたのだから息を呑むのも仕方ない――と思われたかもしれない。
確かにその側面もあるにはあるが、俺が言いたいのはそこじゃなく。
「……彼女のゲージ……めっちゃ少ない……」
なんと、ミリ単位だった。
気になるあの子は、死にかけだったのだ。
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