002 俺とアイツと喧嘩と……なんだ?

 凛々しい、蒼髪ポニーテールの女がいた。


 背も俺ほどじゃねぇが十分に高い。


 だがまさかそいつに吹っ飛ばされるなんて思ってもいなかった。




「太田部さん! 東校の女に会いに行ってるって本当すか⁉」


「本当だ」


「ウァーッ‼ 言い訳しない太田部さんかっけぇーっスーッ‼」


 ひゅーっ! と口笛を吹く一年を横目に腕を組んだまま俺は悩みに悩んでいた。


 俺の強さを慕ってくれているこいつらの為にも、負けっぱなしというのはいただけない。


 わちゃわちゃ騒ぐ一年たちは俺に群がってくる。


 興味津々、という様子だ。


「どんな女性なんですか!」


「強ぇ」


「かわいいんすか?」


「分からねぇな。……だが、俺のおふくろよりも貫禄はあった」


「なれそめはいつなんですか⁉」


「一週間前に蹴とばされた」


「なるほど‼ 太田部さんの女のタイプは強い女ってことっすね⁉」


 いや、違う……とも言いたいが、確かに強い女は好きかもしれん。


 殴り合うことこそベストコミュニケーションだ。


 その戦いが白熱すれば白熱するほどより強固な絆が結べるというもの。


「言われてみると確かに強い女は好きかもしれねェな……」


「じゃあ……」


「だが、あの女は俺の宿敵だ」


 ぐっと拳を握る。


 一生の不覚とは言わねェ。


 あれは俺よりも遥かにあの女が強い。


「花宮古涼音っつーらしい。恐ろしい女だ」


「花宮古……って、確か剣道部の主将だった女っすよ‼ ありゃ確かに太田部さんも手こずりますよ……」


「そういやぁ剣が得意とは言ってたが……有名なのか?」


「一部じゃ有名っすよ。県大会じゃ負けなし、全国でもそこそこに戦績残してますし。まぁ剣道の腕前よりは、あの戦士めいた瞬発力と殺意っすねぇ……」


 一年は詳しいらしく、それぞれで話始める。


 どうやらそこそこに有名人らしい。


 とはいっても他校に名を轟かせるタイプではなく、単純に校内の有名人……というものらしいが。


 出てくる話も友人から聞いた話、というものだ。


「やはり強ぇんだな」


 呟く。


 剣道をただやってきただけじゃない。あれは実践的な戦闘方法が含まれている。


 あの跳躍、俺を突き飛ばしたあの脚力もだ。


 何も知らない。


 俺は何も知らずに奴に立ち向かおうとしている。


 よくねぇ。これはよくねェなァ……。


 三人の一年を前に腕組み唸る。


 早急に手を打つ必要がある。




 翌日。


 休日。


 俺は一年から聞き出した花宮古の家の前に張り込んでいた。


 アパートに独り暮らしという話は聞いていた。


 だからその前に仁王立ちで張り込む。


 晴天。空は青く、どこまでも高い。


「寒い‼」


 学ランを羽織っているとはいえ寒い。


 だがこれも試練の一つだ。


 俺は奴の生活を見張りつつ、奴の弱点を見つけなくてはなるまい。


 まさかアイツの家に尋ね、『おまえの弱点を教えてくれ‼』と堂々と聞きに行くわけにもいかない。


 大人しくアイツの噂を色んな奴に聞きに行けばよかったかもしれねぇが、それはそれで性に合わねぇ。


 どこかこのマンションが見やすい張り込み場所を探すか……。


「何をしている」


「いや、花宮古の事を知ろうとしているんだが……」


「なら私に聞けばいいだろう」


 おや、と思い見下ろす。


 そこにゃあチェックのマフラーにダッフルコートを羽織った外行きの服装をした花宮古涼音が腰に手を当て堂々と立っていた。


 またお前か、という顔だ。


 いつの間に出てきたのだか。


 手も手袋をはめてはいるが、息を吐き温めている。


 俺の質問を待っていた。


「お前、弱点ってあったりするか?」


 正直に言う。


 一瞬、彼女は意味が分からないと目を丸めた。


「それを本人に聞くな‼」


 怒られてしまった。


「聞けって言ったのはお前だろ?」


「た、確かに私は言ったが……。まさかそんな馬鹿正直なやつとは思わなかったんだ……」


 はぁ……とため息を混じらせ、頭を抱える。


「あのな……。お前は強い。だが、考えなしに力にものを言わせているんだ。もっと相手の動きを考えろ。私がどう動くのか分析し、観察しろ」


「それがお前の弱点か……?」


「お前の弱点だ‼ ばかもの‼」


 ぷんすこ、という擬音が飛び出しそうに眉を吊り上げて指差しで叱ってくる。


「とにかく、だ。私に勝つというのならば、立ち向かってくる前にやることがあるんじゃないか?」


 そうして手をポケットにずっぽりと入れ、俺に背を向ける。


 視線はちらりとこちらを案じるように向けられる。


「私は用事があって、出かける。お前は自分に足りないことを考えるべきだと思うぞ」


 言うが早いか、彼女は俺から視線さえ外し歩き始めた。


 悠々とアスファルトの道を進み、その姿を小さくしていく。


 俺はその後ろ姿を見つめながら、俺の足りないところを考えた。


 何が足りないだろうか。


 そもそも、あの女の強さの秘密とは何だろうか。


 彼女の後姿が米粒ほどの大きさになる。


 そして俺はようやく気付いた。 


 いや、アイツの言いたいこと、アイツの強さはアイツを尾行すれば分かるんじゃねぇか……?


 考え付いた瞬間、大きく足を踏み出していた。


 ばふん、と小さく風が舞った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る