第12話 大興奮のサーカス

 見事に真ん中の一番見やすい席を確保出来たわたし達は、並んで席に座った。お客さんも結構入っているようで、周りはガヤガヤしている。


 他のお客さんも楽しみにしてるんだね。その気持ち、凄くわかる。わたしだって、サーカスが楽しみでソワソワしちゃってるもん!


『…………』

「リュード様?」

『…………ああ、すまない。今本体の方がどうなってるか確認してね』

「寝てました?」

『寝ながら釣りをしてたよ。おかげでせっかく釣れそうだったのにがっかりさ』

「寝ながらって……リュード様って器用な一面もあるんですね」

『こんな事で器用さを使えてもって感じだけどね。あはは』

「ふふっ。そのがっかりは、サーカスを一緒に見て発散しましょう! 始まりますよ!」


 ステージが始まる音と共に、ステージ上にはピエロの格好の人が、玉乗りをしながら、なんとその上でジャグリングをはじめた。


「わ~すごい! あんなの普通できないよ! もしかして魔法?」

『いや、ステージ上から魔力の類は感じない。完全にテクニックだけで勝負をしているようだ』


 わたしの隣に座るリュード様は、腕を組んで、とても興味深そうに見ていた。その目はとても輝いていて、サーカスを楽しんでくれてるって感じられる。


「あんな大きな玉に乗るのも凄いのに、その上でジャグリングをするなんて、どれだけ努力をしたんだろう?」

『きっと僕らが想像もできないくらいしているんだろうね』

「ですよね。わたし尊敬しちゃいます。あ、今度は……えっと、何をするんでしょう?」


 ステージ上で椅子を積み立てていってるけど、バランスが悪くて簡単に崩れ落ちてしまいそうだ。まさかあの上に乗るなんて……そんなわけないよね?


『おや、人間が空中に浮かんでいるね。あれも魔力を感じないし、紐か何かで吊るしているのかな?』

「そうなんですね。それで上がって……え、まさか!?」


 わたしの予感は的中した。なんと、上まで行った演者が、積み立てられた物の上に乗っかった。しかも逆立ちで。


 今にも崩れ落ちそうなのに、あんな所に乗ったら絶対に崩れ落ちちゃう! 高さだって凄いあるから、落ちたらケガじゃ済まないかも……!


「りゅ、リュード様……!」

『大丈夫だよ。彼らはプロだ。僕らは黙って彼らの技術を堪能しよう』


 リュード様はわたしを励ましながら、手を強く握ってくれた。リュード様の冷たくて柔らかみのある手のおかげで、ちょっとだけ冷静になれたよ。


「あわわわ……絶対に崩れ落ち……ない?」

『とんでもない筋力とバランス感覚だな……今の時代の人間にも、素晴らしい技術力を持つ人間はいるものだな』

「本当に凄いですね! わたしも練習したら出来るようになるんでしょうか? なーんて……」


 わたしなんかに、あんな凄い事なんて出来るわけがない。元々運動なんて全くできないし、筋力だって平均以下だと思う。


 でも、リュード様はわたしを馬鹿にする事などせず、ニッコリと微笑んだ。


『セレーナが頑張ろうって心の底から思えれば、不可能なんてないさ。もしやりたいなら、僕は応援するよ』

「リュード様……」


 まさか応援されるなんて思っても無かった。きっと同じ話をフィリップ様やサンドラ様が聞いたら、確実にわたしの事を馬鹿にしていたと思う。


「ありがとうございます。けど、さすがにサーカスは出来ないと思うので、わたしはお裁縫を頑張ります」

『そうか。セレーナがそう言うなら、その意思を尊重するよ。君なら、きっと凄い職人になれるはずだ』


 応援してくれて、意思も尊重してくれる。わたしの記憶の中で、そんな事をしてくれる人なんていなかった。だから、リュード様の言葉はとても胸に染みる。


「今度はライオンの火の輪潜りみたいです! あ、あんなに燃えてるのに通れるのかな……け、ケガしませんように!」


 ステージ上では、調教師がなにかライオンと意思疎通を図った後、ライオンは勢いよく火の輪を潜り抜けた。


 見てるだけでもヒヤヒヤするのに、実際に潜るのは相当勇気がいる事だろう。意思疎通が図れてるとはいえ、ライオンと調教師の間には、相当強い絆があるんだね。


「すごい! 見ましたかリュード様! あのライオン、軽々と潜って見せましたよ!」

『ああ。大舞台でも堂々と、そしてしっかり成功させる。日頃から沢山訓練を重ねてきたんだろうね』

「きっとそうですね。あ、次はゾウみたいです! わわっ、二本足で立ってる!? あんな大きな体を支えるなんて、すごいすごい!」


 次々に出てくる動物達の芸に大興奮のわたしは、大きく両手を上下に振って興奮を表現する。


 どうしよう、サーカスがこんなに楽しいものだなんて初めて知ったよ! これなら何度見ても絶対に飽きない! ワガママな話だけど、この町にずっといてほしいくらい!


「凄いですよね、リュードさ――」

『うん、どうかしたのかい?』


 チラッとリュード様を見ると、わたしはずっとリュード様と手を繋いでいた事にようやく気付いた。


 わたし、この状態で両手を振ってたの!? なにしてるのわたしは!?


「あ、あの! ごめんなさい! い、痛かったですよね……?」

『全然大丈夫だよ。それくらい楽しかったという事だろう?』

「そ、その通りですけど……」

『僕はセレーナが楽しんでくれてるなら、それで満足さ。ほら、次はトラの演目みたいだよ』

「……リュード様ったら……優しすぎますよ」


 リュード様の言葉に反応するように、高鳴る胸を押さえながら、わたしは誤魔化すようにステージへと目を移す。そこでは、真っ白なトラが、器用に細い台を渡っていた。


「あんな細い台を渡るなんて、あの子も凄いですねリュード様!」

『そうだね。沢山練習したんだろうね』

「あっ、今度は団員の芸ですよ! あれって、空中ブランコ!? 見てるだけでも怖い!」


 あまりのスリルで体中に力が入るわたしの事などお構いなしに、団員は空中で飛んだりキャッチしたりと、様々なパフォーマンスを見せてくれた。


 もう凄いなんてものじゃないよ! 魔法無しで人間にあんな事が出来るだなんて、わたし知らなかったよ!


 その後も、団員のスリル満点の演技や、動物達の可愛くも迫力のある演技を堪能した。


「はー……午前の部だけでもこの盛り上がり方……午後の部はどうなるんだろう……リュード様?」

『なんだい?』

「あの、どうしてステージじゃなくてわたしを見てるんですか?」


 隣に座るリュード様は、ステージではなくて、わたしの事をじっと見つめていた。しかもすごくニコニコしながら。


『サーカスも良いものだけど、それ以上にサーカスを見て楽しそうにするセレーナを見ていたくてね』

「わ、わたしを? 見ても全然面白くないですよ?」

『面白い面白くないの問題じゃないよ。出会った時はあんなに沈んでいた君が、こうして美しい笑顔を浮かべているのが、僕には嬉しいんだよ』

「っ……!」


 そんな事を言われたら、顔が熱くなっちゃう……恥ずかしくてリュード様に見せられない。


 このままだと、更にリュード様のお褒め攻撃が来るかもしれない。早く話を打ち切らないと!


「さ、さてと! 沢山楽しんだし、一旦出ましょうか!」

『うん、わかったよ』


 リュード様と一緒に外に出ると、お日様の眩しい光で、思わず目がくらみそうになった。テントの中は薄暗かったから、仕方がないかもしれないね。


「午後の部はどうします?」

『セレーナが見たいなら、僕はいくらでも大丈夫だよ』

「そうですね……サーカスも捨てがたいですけど、まだ町を案内してないので、お散歩に戻りたいです」

『わかった。じゃあその前に昼食にしようじゃないか』


 リュード様の提案に頷いたわたしは、近くのベンチに座る。すると、リュード様は懐かリンゴを取り出して、それに噛り付いた。


「えっと、リュード様? 昼食ってそれですか?」

『もちろん。森から恵んでもらった、大切なものさ』

「そ、そうなんですか……」


 一応……わたし、お弁当……作ってみたんだけど。あはは、いらなかったかぁ……わたしったら、完全に空回りしちゃってるなぁ。


『……ずっと持ってたバスケット、それってもしかして昼食?』

「え、あの……まあそうです。でもお気になさらず! わたし一人で食べちゃうので!」


 自分で言ってて、なんか泣きたくなってきた。リュード様に食べてもらおうと思って作ったのに、これじゃ食べてもらえないよ……。


『あーむっ……』

「え、リンゴを丸のみ!?」

『シャリシャリシャリ……ゴクン。これは困った、目の前にあった昼食が消えてしまった。これはきっと悪い魔法使いのイタズラだな』

「リュード様……」

『セレーナ、哀れな僕に君の愛情たっぷりのお弁当を食べさせてほしいな』


 あ、愛情たっぷりにって……!? いや、まあ……間違ってはないの……かな? おいしくな~れ、おいしくな~れって思いながら作ったから、愛情はたくさん入っていると思う!


『さて、セレーナはどんなお弁当を作ってきてくれたんだい?』

「あんまり期待はしないでほしいんですけど……これです」


 持っていたバスケットを開けると、そこには綺麗に詰められた白い塊があった。


 よかった、少し寄ったり形が崩れてたりするかもって思ってけど、特にそんな事はなかったみたい。


『これは……初めて見る食べ物だね』

「ライスボールっていうらしいです。ボニーさんが若い頃に、異国から来た人に教えてもらった食べ物だそうです。前に作ってもらって凄くおいしかったから、リュード様にも食べてもらいたくて!」

『なるほど、そうだったんだね。とてもおいしそうじゃないか。セレーナは料理が上手なんだね』

「実は、最近少しずつ料理の練習をしているんです。いつかは独り立ちして、一人で暮らすようになったら、料理もできないといけませんし」

『ちゃんと未来の事を考えているんだね。あそこで死のうとしていた少女がここまで変わるとは、大したものだよ』


 リュード様の言う通りだ。わたしは本当はあの滝に導かれ、そのまま死んで亡霊の仲間入りをするところだった。でも今は、こうして幸せな日常を送り、未来のことを見据えている。


 今思うと、色んな人がわたしの幸せに関わっているけど、その根幹にいる人は、やっぱりリュード様なんだよね。


「リュード様への感謝と愛情をたっぷり入れたライスボールです。めしあがれ!」

『これは楽しみだ……あむっ……へえ、少し塩っ気があるんだね。中には焼き魚が……これがおかずの役割なのか。さっぱりしていて、大変美味だ』

「ほんとですか!? やったー!」


 ボニーさんに試食してもらって大丈夫と言ってもらっていたけど、実はちょっと不安だったから、おいしいって言ってもらえて安心した。


 それに、こうしてリュード様においしいって言ってもらえるのが、こんなにも嬉しいだなんて思ってもなかった。子供みたいにはしゃいじゃって……恥ずかしい。


 え、そんなの今更じゃないかって? そ、それは言っちゃダメなんだよ!

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