魔王と呼ばれた女剣闘士を買った少年の物語

飯塚ヒロアキ

始まり

―――――――オルニード大陸の南部にプルクテスという国が貿易都市として栄えていた。ここに来れば何でも手に入る。装飾品・武器・防具・家畜・食料、そして――――――同じ「人間」も商品として買うことができる。


 プルクテス国の見た目はとても豊かで、街は金粉をばらまいたかのようにキラキラと輝いていた。訪れた旅人たちはこの国に魅了され、黄金の富みに溢れた美しい国だと思うだろう。だが、裏では違う。


 富みあればこそ格差が生まれ、光の裏には闇があるのである。


 街の裏では奴隷を売買する専門店、競りをする為の広場が多数点在している。奴隷販売は大陸協定で禁止とされており、これを取り締まるのが王都ニブラスを中心に活動する都市防衛隊の役目だったが、そもそも奴隷売買を国絡みでやっているので無意味だった。


 貧困層のスラム街では毎日のように少年、少女を捕らえ、品質の選別をしてから商品として競に出す。


 まさにこの国では毎日、“人狩”が行われているのである。


 そして、今日もまた、とある少女が競りに出され売られていた。競り落とした金額は五万プルク。通常の奴隷取引価格は三万プルクである。値段的に少ないと思うが、奴隷を買うのに五万プルクでは高すぎる。


 だが、彼女は特別だった。


 競り場に現れた瞬間、会場が沸き立つ。理由はジパルグ民族だからである。この国には滅多に現れない希少性の高い商品であり、久々に仕入れられた。ジパルグ民族とは戦闘民族として有名であり、極東の島国にしか存在しない。


 黒髪が艶艶つやつやとして光沢をおびている。顔立ちは少女なのにもかかわらず、凛として、妖艶な雰囲気を出していた。


 それが、競り場を盛り上げ、金持ちの富裕層が何が何でも競り落とそうという執着心が商品価格を跳ね上げさせた。最終的に彼女を競り落としたのは小太りな金ピカの装飾品で飾る男だった。他の者とは違う雰囲気を見せている。競り落とされた彼女はすぐさま、逃げないように足かせと手かせをつけ、奴隷用の荷馬車に無理やり押し込んだ。


 そんなとき、荷馬車の中から不意に誰かが話しかけた。


「――――あんた、ついてないな……」


 既に荷馬車に乗せられていた女が震えた声でそう言った。その女も美しかったが足や手にムチで打たれた傷があった。見るだけでも痛々しい姿だ。


「……ついてない?」


 そう黒髪の少女は感情を面に出さずに女に尋ねた。彼女がいった言葉に理解できないでいた。黒髪少女は首をかしげる。


「お前はついてない……。私達は使用人とかにはならない……。もっと……最悪な場所に連れて行かれる」

「最悪な場所……?」


(――――――最悪な場所なんて、私にはわからない……。)


 最悪な場所とは闘技場の事だった。戦わないと相手に殺され、自分が死ぬまで戦かわなければならない死闘の場所。最近は客人を喜ばせるために大人数の戦闘や魔獣と戦わせていた。


 黒髪少女を競り落としたのはこの闘技場を運営するオーナーだった。


 黒髪少女は今日、有無を言わさずに剣闘士になることが決まった。奴隷専用の荷馬車は彼女を乗せ、遂に動き始めた。ガタガタと石で敷き詰められた道を進む。


「あーもう終わりだ。馬泥棒なんかするんじゃあなかった」


 先に入れられていた女が頭を抱える。黒髪少女はというと状況がわからないため、何も言わず、落ち着いた表情で奴隷用の荷馬車にあった隙間から外を眺めた。


(――――――――私は……どこへ向かうのだろうか……)




★★★★




 数時間移動した後、奴隷用の荷馬車がようやく止まった。太陽は既に落ち暗闇と月明かりが支配していた。兵士が荷馬車に入ってきて、乗っていた二人を引きずり降ろす。


「嫌だ! 死にたくない。離して」


 女は暴れるが無駄な抵抗だった。兵士らが黙らせるために棍棒で女の頭や腹を慣れたように殴る。


「うるせんだよこのっ! お前が闘技で勝てば良いんだよ。そしたら、何年かは生き残れるぜ。ブッハハハハ」


 小汚い笑方をした。


「にしてもよぉ、こいつは何も叫ばねぇな? どうした黒髪。何か喋れよ」


 棍棒で黒髪少女の頬を小突く。


「……」


 彼女は嫌な顔せず何も言わず黙っていた。ただ、兵士へ黒い瞳で見入る。喋る必要性はない。答える必要もない。そう思っていた。中年の男が怪しい笑みを浮かべると、棍棒を振り上げる。


 偶然、通りかかった隊長格の男が彼らに怒鳴り声をあげた。


「ばか者!!! 何をやっているんだっ! 早くその女どもを連れて行け! 旦那様を怒らせたら貴様らが魔獣のエサになってもらうぞ!」

「す、すみませんでした! すぐに連れて行きます!!」

「おーこわぁ……」


 そう言うと、彼女ら二人を薄暗い地下牢に連れて行き、不衛生な鉄の牢に物のように押し入れた。果たして、このジパルグの少女は生き残る事が出来るのだろうか――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る