第30話 黒幕と、狂気と。


「ふっ。いつかはこうなる日が来ると思っていたよ」


 学校の理事長室にある革張りの大きな椅子に腰掛け、男が余裕たっぷりに笑みを浮かべている。


 男の名は磯崎いそざき玄間げんま。俺が愛する人の父親は、この事件の黒幕だった。


 タカヒロからこのゲーム転生の真相を聞かされた俺は、単身で彼に会いに来ていた。


 道中で誰かに邪魔されることもなく、すんなりと理事長室に来れたということは、おそらく俺が来ることを予想していたんだろう。



「お前がタカヒロを殺そうとした理由。それは学生時代に一人の女性を巡ったトラブルだった――それは本当なんだな?」


 俺は確認するように問いかけるが、彼は動じない。

 まるですべてを見透かすような眼差しを向けてくるだけだ。



「ああ、そうだとも。私は彼女のことを誰よりも愛していた。あんなチャラチャラした男なんかよりも、よっぽどね」


 やはり本当だったか。

 玄間は大学時代、同じサークルに所属していたトワりん……兎羽さんを好きになった。


 だが当時のトワりんには既に恋人がおり、それがタカヒロだった。

 トワりんの彼氏であるタカヒロは、当時人気のあったアイドルだった。


 そんな彼と付き合うトワりんを妬ましく思った玄間は、二人の間に割って入ろうとする。


 だがタカヒロはトワりんを守るために、玄間を徹底的に拒絶。

 逆恨みした玄間は卒業記念で製作途中だったハイスクール・クライシスを勝手に改変し、タカヒロをモデルとしていた主人公を殺すシナリオにしてしまった。



「彼女は私を選んではくれなかった。何故なんだ? この天才的な頭脳をもってしても、未だに分からないんだ。どうしてよりもよって、彼女はタカヒロのようなクズ野郎共を……」


 玄間の顔には怒りと憎しみが入り交じり、醜悪な表情になっている。


 タカヒロは卒業と同時に兎羽さんと別れたらしい。理由は定かではないが、散々振り回された玄間は面白くなかっただろう。



「どうせ君は知っているんだろ? 私がどんな思いでこのゲームを作ったか。そしてどんな気持ちで君たちを操っていたか」

「……」

「……黙っているということは、そういうことなんだろう?」

「……あぁ。全部知ってる」


 玄間がゲームの世界を作り上げた動機は嫉妬心と独占欲。


 自分が手に入らないならいっそ、世界をまるごと自分で作ってしまえば。ついでに恨みのある人間を自分が作り出した世界で永遠に苦しませればいい。


 そう考えた結果、彼はゲームの世界に人間を送り込む方法を考え付いた。



「お前はタカヒロをこのグッドエンディングのない世界に閉じ込め、何度もニューゲームを繰り返させた。それこそ何百回も、何千回も。お前はタカヒロが苦しみを味わう姿を見て、愉悦に浸りたかったんだ!」

「そうさ! その通りだよ! 君の言う通り、私はあのクズを痛めつけてやりたいと思ってこのゲームを作り上げたんだ!!」


 玄間は狂喜に満ちた笑顔を見せる。



「でもそれだけじゃない。私は自分の手で直接、彼をぶち殺したかったんだよぉ!!」


 玄間は立ち上がると、机の上にあった高級そうなワイングラスを掴み取り、中の液体ごと床に叩きつけた。


 ガラスが砕け散る音が部屋に響き渡る。俺は玄間から放たれた狂気を感じ取り、一歩後ずさってしまった。


 これが本当の殺意というものなのか。こんなにも禍々しい感情を初めて感じ取った。



「なのに……アイツは生きることを諦めなかった。私が何度殺しても、必ず蘇ってきた。……なぜだ!? あれほどまでに私の兎羽を穢してくれた憎き相手を、なぜ生かしておく必要がある!! あんな奴は生きている価値なんてないんだぞ!!」


 玄間は完全に我を忘れていた。

 今まで冷静沈着な態度を取っていた彼が、今では別人のように荒々しくなっている。



「しかもアイツは兎羽の正体に気が付かなかったのか、まるで興味を示さなかった。私が恋していた時は散々邪魔してきたのに、この世界ではまるで無関心だ。攻略に関係ないからか? そんなふざけたことがあってたまるか!!」


 彼の言葉からは怨念が伝わってきた。自分の愛した人に手を出されなくても怒りを覚えるなんて、相当イカれてる。


 それほどまでに強い愛情をトワりんに向けていたのだろう。

 だがそれでも、俺の答えは変わらない。



「それはタカヒロだって、分かっているからじゃないのか? この世界のトワりんと現実世界の兎羽さんは別物なんてことを」

「……ははっ、ははははは! あははははっ!!」


 俺の言葉を聞いた玄間は、先程までの興奮状態が嘘だったかのように、一気に笑い出した。



「私が生み出した兎羽は完ぺきだ。容姿はもちろんのこと、性格も完璧に再現している。それにキミが兎羽を別人だと言える立場には無いよ」

「そりゃあ当たり前だろう。現実世界の兎羽さんなんて……」


 言いかけて、自分の頭にノイズが掛かる。なんだ? 頭が痛い。


 思い出そうとすると、何かが頭の中でフラッシュバックする。


 なんだこれ、記憶が混濁してる。頭痛のせいで思考回路もおかしくなりそうだ。



「ははは! プロテクトのおかげで思い出せないだろう? だがそろそろ真実を教えてやる頃合いか。どうしてお前がこの世界に居るのかを――」


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