Episode 03 受け入れること

「この子は、読み書きも計算もできるようにはならないでしょう。言葉も出るようにならないかもしれませんし、運動能力も遅れていることですし、最悪、歩くこともできないかもしれません」


 先生の言葉は、何度も遠慮なく私の頭を殴打してきました。言われていることは理解できても、心がわかろうとしない。受け入れられない。どうしたらいいのか、誰に相談すればいいのかわからない。


 ゆっちゃん? ゆっちゃん? お母さんは、どうしたらいいんだろうね?



 頭が真っ白になりながら家に帰ります。病院で言われたことを、元夫に言うと、何か酷いことを言われたような気がします。でも頭の中が空っぽで、何も入ってこない。



 いろいろな検査をしてみても、原因は不明。私としては、あの時に、友達が来てドライブに行ったことが、とか、無理して家事を完璧にやろうとしすぎたことが、とか、立ち仕事を強要されたことがとか、逆子がわかったときに、右側の肋骨に何か挟まった感じがあったのが、ゆっちゃんの頭だったのでは?とか……考え得る全てのことで、自分を責め続ける毎日でした。


 ごめんね。ゆっちゃん。ホントに、ごめん。


 私にはどうしてやることもできません。ただ、相変わらず、ゆっちゃんのつかまり立ちの練習を続けるだけ。

「歩けるようにならないかもしれません」

先生の言葉が頭の中でぐるぐる回りながら。



 それでも、ゆっちゃんは、ゆっくりだけど成長を続けていたのです。私のところへずり這い(随分速くなっていました)で、やってくると、座っている私の足や背中をつたって、肩につかまることができるようになっていました。

「凄いね〜、上手になったね〜」

と、娘にニコニコと接する一方で、どうしてこんなことに……? と自分を責めてばかりの毎日。



 それが、ある日、いつもと同じように私の肩につかまり立ちをしていた、娘の体重の重さを感じなくなったのです。

「いかん! 転んだ!!」

慌てて、ゆっちゃんの方を振り返ると、そこには、パッと私の肩から手を離した娘の姿が。

「えっ?」

そう言ったときには、もう、私の肩につかまり直していたけれど。

 確かに、ゆっちゃんは、私の肩から手を離して、自分の力だけで立ったのです。


 びっくりして、凄くびっくりして、

「え? ゆっちゃん? 今、どうやってやったの? もう一回やって、もう一回!!」

私が喜ぶのが嬉しいのでしょう。娘は、何度も何度も、キャッキャと声をあげて笑いながら、パッと手を離します。

 

 「頑張ったね。頑張ったよ、ゆっちゃん。ありがとう。よかったね」

娘をギュッと抱きしめました。



 そして、私は、育児書を捨てました。

もう、その教科書は、私と娘には必要ないとわかったからでした。


 教科書通りじゃなくてもいい。障害があってもいい。成長が他の子よりゆっくりでもいい。 

 それが、娘「ゆっちゃん」の人生を、受け入れられるようになった、最初の一歩目だったのだと思います。

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