第54話 決意するアイ
「アイなの?」
マユメメイの唇だけが微かに動いた。マユメメイの横に座って手を握った。
「アイよ。マユメメイを助けに来た」
「最後に会えて嬉しいの」
「私が回復させるから弱音は吐かないでよ。他の人は休んでいて」
マユメメイから白魔道士に視線を送った。白魔道士は頷いて天幕を出て行った。タイタリッカさんとキキミシャさんが天幕に残った。
最大の威力を想像して呪文を唱えた。
「真緑エメラルド」
宝石魔図鑑とルースが出現した。緑色の光が粒子となってマユメメイに降り注いだ。
何度も何度も唱えた。途中からは心の中で唱えた。緑色の粒子は途切れなかった。
「気分がよくなったの。アイは凄いの」
少しだけ血色がよくなった程度だった。
私の宝石魔法ではマユメメイを完治できない。街からの支援を待つしかない。魔法を心の中で唱えながら考えた。プレシャスに乗せて街まで行く方法もある。でもマユメメイを動かすのは難しい。
「転送魔法よ。マユメメイを私の家まで転送する。白魔道士や神官をすぐ呼べる」
「本当か。転送魔法が可能なら大聖女様を助けられる」
タイタリッカさんが聞き返してきた。
「この場所で嘘を言う訳ないでしょ」
「凄いですわ。今すぐお願いします。可能かしら」
キキミシャさんの顔に明るさが戻ってきた。
「魔法を唱えれば――」
「戻らないの」
マユメメイの声が私の発言を遮った。意味を理解するまで時間が掛かった。
回復魔法が止まってしまった。急いで心の中で唱えた。再び緑色の光が流れでした。
「この場所にいても危険なだけよ。安全な場所で回復すればきっと治る」
マユメメイの手を強く握った。
「最前線に留まるの」
マユメメイが目を見開いて私を見つめた。
苦しいはずなのに、また唇が動いた。
「みんなを守りたい」
「無理に喋らないで。怪我が治るまでは安静にして」
「大聖女様はすぐ戻るべきですわ。最前線はわたくしたちが対応します」
「まだ弱体化が進んでいないの」
マユメメイの瞳から涙が溢れ出した。私の手を強く握り返した。
大聖女として上位魔物を弱体化させたい。みんなを守りたい。それ以上にマユメメイの優しさが伝わってきた。大聖女でなくても最前線を離れないと感じた。
マユメメイを助けて安心させるには、私が上位魔物を何とかするしかない。
「私とプレシャスで上位魔物を押さえる。マユメメイは怪我の治療に専念してほしい」
「アイは上位魔物を足止めできるのか」
「宝石魔法は連続で唱えられる。常識を外れるくらい連続よ。倒せなくても自然消滅するまで街へ向かわせない」
「危険です。わたしの役目はアイ様の安全です」
プレシャスだった。
「プレシャスが私を守ってくれれば平気よ。私を背中に乗せて動き回るだけでもかまわない。私はプレシャスを信頼している。だから安全でしょ」
「わたしといれば安全です。ですが危険に向かう必要はありません」
プレシャスは私の安全を守って、私が楽しむために協力してくれる。危険は相反することだと分かっている。でもマユメメイの力になりたい。
回復魔法を心の中で唱えながら考えを巡らせた。一つだけ解決策を見つけた。
「プレシャスよく聞いて。私の楽しみは上位魔物を倒すことよ。私の宝石魔法で上位魔物を倒す手段はあるか知らない?」
「下位魔物にも恐怖を覚えたアイ様が、楽しめるとは思えません」
「楽しめるよ。楽しいかは私自身で決める。だから倒し方を教えて」
力強く答えた。
「宝石魔法でも確実な方法はありません」
私の考えが変わらないと思ったみたい。プレシャスが折れてくれた。
「確実ではなければ、上位魔物の倒し方があるということ?」
「それはなんとも言えません」
頭の回転が早いプレシャスにしては歯切れの悪い話し方だった。曖昧にも感じた。プレシャスは何か知っているみたい。
「宝石魔法の内容なら全部把握したい。私が楽しむために協力してくれるよね」
意図的に強めの言葉にした。プレシャスの顔を覗いた。明らかに困っているのがわかった。でも私も引けない。
「二人の女神様が私を守ってくれる。何の作戦も立てない状態で、私が上位魔物と楽しんでも平気なの?」
プレシャスは黙ったままだった。
マユメメイを回復しながらプレシャスの反応を待った。
「綺麗な魔法には棘があります。わたしが言えるのはそれだけです」
直接の表現ではなかった。でも私にはすぐに分かった。イロハ様の言葉だった。
「七色オパールね。プレシャス、教えてくれて嬉しい。これで準備が整った」
「アイは本当に上位魔物と戦うのか」
「そのつもりよ。私が出て行ったらマユメメイの回復をお願いね」
「ワタシは大丈夫なの。アイが心配なの」
「私なら平気よ。もう行くけれど、精神と肉体が改善する魔法をかける。光の壁に囲まれるけれど安心してね」
マユメメイが頷いてくれた。マユメメイの胸に両手を当てた。
「結晶エメラルド」
出現したルースから緑色の六条光が飛び散った。マユメメイの体に降り注いだ。マユメメイが光の壁に包まれた。
「キキミシャさん、少し経過すれば元に戻る。マユメメイをお願い」
「大聖女様は任せて下さい。アイさんも気をつけて下さい」
もう一度だけマユメメイがいる光の壁を見つめた。
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