第33話

 ロレインは親友たちとお茶を飲みながら話を続けた。


「──なるほど。つまり、陛下が事あるごとに『俺が好きか?』とか『どこが好きだ?』とか聞いてきて、困っているということね?」


 レーシアがきらりと目を光らせる。彼女たちには存分に胸の内を吐き出すことができるので、ロレインは最近の困りごとを相談したのだ。


「そ、そうなの。二人だけのときなら、まだマシなんだけど。周りに人がいてもお構いなしって感じで……」


 正直なことを言うと、困っている気持ちと嬉しい気持ちが半々だった。

 ジェサミンの熱い視線が己の顔に注がれる瞬間、彼がわくわくしているのがわかるのだ。

 自分ばかり言わされるのはずるい、と思いながらも、近ごろのロレインは感情を隠せない。こちらの素直な返事を聞いて、ジェサミンは心から喜んでいるように見える。


「もしかして、陛下は『好きだ』って言ってくれたことがないの?」


 サビーネが声を低くする。


「……ないの」


 ロレインは声を小さくした。ジェサミンの要求は激しいが、彼自身は何も言ってくれないのだ。最近は、それが不安になり始めていた。

 四人の令嬢が「なるほどねえ」と顔を見合わせる。ロレインは落ち着かない気分になり、体をもじもじさせた。


「聞いて、ロレイン。陛下のそれは『不安の裏返し』ってやつよ」


 パメラがはっきりと言った。


「ふ、不安? ジェサミン様が?」


 ロレインは目をぱちくりさせた。

 ジェサミンはいつも余裕たっぷりな態度なのに。


「俺ほど申し分のない男はこの世に二人といないって、いつも言っていらっしゃるんだけど……」


 自信家のジェサミンが不安がる姿など、ロレインは見たことがない。


「その自信ありげな態度こそが『強がり』ってやつなのよ」


 シェレミーがにっこり笑った。


「あなたたちは両想いよ。文句のつけようがないほどにね。陛下はすっかりロレインに心を奪われているわ。あなたに嫌われたら、とても耐えられない。そういうのって、陛下には初めての経験なの」


「初めて……」


「陛下が女慣れしていない、明白な理由があるでしょ?」


「……オーラ?」


「そう! あの方は二十四年、女性とは無縁の日々を過ごしていたの。ロレインに出会うまでは、恋愛感情については無知のままだった」


 当然のことだと言わんばかりに、シェレミーは力説した。


「権力にも財力にも恵まれた超大国の皇帝だし、恋愛以外のことについては何でも思い通りになる生活をしていらしたわ。だからロレインとの関係でも、常に主導権を握ろうとする。そのせいで自信満々に見えちゃうんだと思う」


 シェレミーの声に優しさがにじむ。


「不安なんて言葉では言い足りないかもしれないわ。きっと陛下は、自分に自信が持てないのよ。嫌われちゃったらどうしようって、強烈な恐怖にさいなまれてる」


 他の令嬢たちがうなずいた。


「あの方にそんな気持ちを引き起こさせる女性は、世界中でロレインだけよ」


「とっても不安だから、確認せずにはいられないのね」


「為政者として、他人のために尽くしてきた人だし。自分の喜びを追求するのが初めてで、浮かれちゃってるのよ」


 ロレインは泣きたくなるような、不思議な感情にとらわれた。

 シェレミーが温かい笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「自信がないなりに毎日知恵を絞って、ロレインに好きになってもらうことに全力を傾けているから、聞かずにはいられないのよ。『俺が好きか?』『どこが好きだ?』って」


「そう……なのかな」


 ロレインは胸がどきどきするのを感じた。疑問がようやく解消し、心が喜びに満たされる。


(私がジェサミン様に恋心を抱かせた、初めての女性……)


 ロレイン自身も、男性からふつうの女の子として接してもらえる機会などなかった。その上、婚約破棄などというありきたりではない経験をした。自分を異性として意識してくれる人など、現れるはずがないと思っていた。

 親友たちはクッションにもたれて、リラックスしながら会話を続けている。 


「陛下ってば、何としてでも好かれたいのね」


「でも自分の感情ばかり優先して、ロレインを悩ませるなんて駄目駄目よね」


「ロレインからも遠慮なく『私が好き?』とか『どこが好き?』とか聞いたらいいんじゃないかしら」


「そうよね、それが公平というものよね」


 四人から同時に視線を向けられて、ロレインは顔が赤くなるのを感じた。


「やるだけやってみようかな……」


 ロレインはつぶやいた。聞くのは恥ずかしいだろうし、答えが返ってくるまでは不安になるだろう。それでも聞いてみたいという感情がすべてに勝る。


「今日はこれから、三つ子を連れて皇の狂戦士の訓練を見学に行くの。そのあとで、覚悟を決めて聞いてみる」


「頑張ってね、感情を赤裸々に晒してくださいって言うのよ!」


「誓って言うけど、陛下が『嫌い』って答えるなんてあり得ないから」


「顔色ひとつ変えないってこともないわよ、照れたり恥ずかしがったり、動揺しまくるにきまってるわ」


「目には目を歯には歯をってやつよ、とびきりの笑顔で『私のことが好きですか?』って聞いちゃいなさい!」


 心強い親友たちに励まされ、ロレインは心を決めた。その瞬間のことを思うと、いまから体が熱くなってきた。




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多忙でごりごり体力を削られております。家庭の事情で2~3日更新ができないかもです。申し訳ありません。

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