第3話・それは温かく

 料理が終わって、僕はオムライスの乗った皿を持って食卓に行く。


 オムライスは、真っ赤で、お肉もたっぷりで美味しそうに見えた。それに、ホカホカだ。こんなご飯、本当に何年ぶりだろう。


「さ、仕上げ!」


 そう言って、満さんは、真っ赤なそれの上に卵を乗せた。


「え? オムライスじゃなかったんですか?」


 僕はてっきり、この真っ赤なものがオムライスだと思ってたのだ。


「ふふふ、オムライスってすごいよ!」


 そう言いながら、満さんは卵にナイフを入れて、それを切り開いた。


 瞬間、中からトロトロの半熟卵が溢れ出して、バターと生クリームの匂いがひろがる。


「わっ! すごい! おいしそう!」


 と、僕ははしゃいだけど。


「まだまだ!」


 そう言って、満さんはそこに茶色いソースをかけた。


 もう匂いだけで美味しそうで、僕のお腹からは空腹の音がした。


「はい、食べてよろしい!」


 今すぐにでも食べたい気持ちにも駆られたが、僕はそれを押さえ込む。


「満さんのが、まだです……」


 一人で先に食べるなんて、そんなことは僕にはできないのだ。


「凛くん、本当にいい子! じゃあ、ママの分もすぐ用意するから」


 そう言って、満さんは自分のオムライスも同じようにしていく。


「ちなみに、この茶色いソースはなんですか? カレーとも違いそうですけど……」


 満さんは一瞬だけ、怒ったような顔をした。でも、それは僕に向けられたものではなかった。


「デミグラスソースだよ! とっても美味しいからね!」


 そうこうしている間に、満さんの分も出来上がった。


「さ、食べましょう! いただきます」


「いただきます!」


 そういえば、長いあいだいただきますなんて言ってなかった気がする。なにせ、ご飯は部屋で一人で食べていたのだ。


 いただきますを聞いてくれる人なんていなかったし、一緒に言ってくれる人も当然いなかった。だから、思わず顔がほころんだ。


 そして、一口。


 あったかくて、トロトロで、トマトの味が甘くて、鶏肉がぐにゅってしっかり歯ごたえがあって、デミグラスソースは深みかなって味がした。一口に、沢山の幸せが詰まっていた。


 これを、作ってくれたんだ。


 気が付くと、景色が滲んでいる。暖かさが懐かしくて、たまらなかった。


「凛くん!」


 泣いている僕を見て、満さんは対面の席を飛び出して僕を抱きしめてくれた。


「辛かったのね。オムライスも、知らなかったものね。もう、堪えなくていいからね」


 その言葉が、僕の心の中にあった何かをこじ開けた。


「うわああああん! 僕、捨てられちゃったんだ! もう、おうちに入れてもらえないんだ!」


 ダムが決壊したみたいに、涙がこぼれて止まらなかった。


 自分が濡れてしまうことも厭わず、満さんは僕を強く抱きしめてくれる。


「これからはここがおうちだから! 私がママだから!」


 強くて、優しい声。それは、暖かくて、本当に懐かしかった。


 満さんは、僕が泣き止むまでずっとそうしてくれた。


 やがて、僕は心の中にあったよどみを全て流しきったのか、涙が止まった。


「ご、ごめんなさい! 見苦しいところを見せました」


 ふと、満さんの顔を見ると、それはとても怒った顔だった。


 だけど、すぐに満さんの顔から怒りは消えて僕を見据えた。


「凛くん。謝らなくていい。だけど、本当に大人なの?」


 僕の行動は、あまりに幼かっただろうか……。


「は、はい!」


 真顔で、とてもまっすぐに僕を見つめる満さんに嘘なんてつけようはずもなかった。


「許せない……」


 そう、小さく呟いた満さんの顔はまた怒っていた。それも、とてつもなく。


 だけど、またすぐに怒りの表情を消して僕に微笑みかける。


「凛くん、私はあなたのことを絶対幸せにするから。だから、私の子供になってくれますか?」


 でも、それはよく考えたらおかしな話だ。


「きっと、僕、満さんより年上です。本当は、おじさんなんですよ」


 ここに連れてきてもらったときは、生きることに必死だった。でも、こんなに真摯にしてくれているのに、ずっと隠してなんていられなかった。


「関係ない! おじさんだなんて、思えないよ。だってあなた、こんなに幼いじゃない」


 満さんは、僕の現状に胸を痛めてか、今にも泣きそうな顔をしていた。


 そうか、僕は幼いんだ。幼いまま、年だけ重ねてしまって、成長しないままこんな年齢になってしまった。


 この体が憎い……。


 僕がうつむいていると、満さんは再び口を開く。


「もう一度聞く……いえ、断ることは許さないわ。私の子供になりなさい。絶対に幸せにして、ちゃんと大人にしてあげる!」


 強く言い切る満さんに、僕はもう断る事なんてできなかった。


「はい……」


 これが、僕と満さんの、歪んだ擬似親子関係の始まりだ。


「じゃ、食べましょ! 冷めちゃったけど、まだ美味しいから! それと、また作るからね!」


 そう言いながら、満さんは僕の対面の席に戻る。


「はい!」


 少し冷めてしまったオムライスは、それでも僕の記憶の中で二番目に美味しい。


 一番目は、暖かかったオムライスだ。一番と二番が、全部今日の記憶で塗り替えられてしまった。


 満さんは、驚く程料理上手で、それが料理配信をしていたみっちーママとかさなった。

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