第2章

第18話 avant スーパーヒロインの実在

 愛佳まなかと出会ったときのこと、今でも覚えてる――なんて言ったら、あの子は驚いちゃうかもしれない。


 幼稚園に通っていた頃から、私――水無瀬みなせ莉都りつは友達がいなかったらしい。らしい、というのは私が当時の頃をほとんど覚えておらず、母の「あなたは昔から引っ込み思案だった」といった証言から勝手に推測したに過ぎないからだ。


 幼い頃からテレビやタブレットの画面を齧りつくように眺めていた。友達との想い出は覚えていない一方で、当時好きだった番組のことは今もぼんやりと覚えている。例えばそれは、スーパーヒロインが変身して悪と戦うアニメ。カラフルな衣装を身に纏った素敵でかっこいいお姉さんたちが生き生きと動き回る姿に、私はとにかく夢中になっていた。画面の向こうに広がるきらきらな世界と比べたら、現実はなんて退屈でつまらないのだろう。


 誰かといっしょになって遊ぶことが、苦手だった。相手の気持ちを察して協調することができなくて、いつも輪の中で浮いてしまう。少しくらい浮いていても、それでひどく非難されたりするわけではなかったけれど――要は、わたしが周囲を気にしすぎなのだと思う。嫌われたくない、自分を少しでもよく見せたい――浅ましい見栄っ張りを通すための確実な手段は、そもそも誰とも付き合いを持たないこと。誰とも繋がりを持たず孤独でいれば、誰に嫌われることもないし、自らの弱さや脆さが露呈することもない。


 そういった私の気質は、幼稚園時代から綿々と続いてきたものなのだろう。でもそれが嫌というわけではなかった。学校に友達がいなくても、そのことについて誰かにとやかく言われても、正直そんなに気にならない。


 ――私には、あの子がいるから。


 薄ぼんやりとした幼稚園の頃の記憶で、唯一はっきりと鮮明に覚えていることがある。


 女の子たち数名が、私の大好きなヒロインの番組でごっこ遊びをしていた。園庭で遊ぶその子たちを、私は部屋の窓からぼんやり眺めていた。私もみんなに混じって遊びたい――あのときの私はそんなことを思っていたはず。けど声を掛ける勇気が出せなくて、私はみんなの輪に入ることができなかった。


 そんな私の元に、彼女はやって来た。


 大人たちに連れられて、ゆっくりと慎ましく歩みを進める彼女の姿。後から聞いた話によると、当時から身体が弱かった彼女は幼稚園への登園も難しく、その日が体調に万全を期した上での初めての登園だったらしい。その日幼稚園で孤独を味わっていた私は、同じく初めての登園で孤独だった彼女の姿に衝撃を受けた。同じ孤独でも、私と彼女とではまるで在り方が違っていたのだ。毎日誰もが元気に走り回っているような世界に生きてきた幼稚園児が出会った、お淑やかという言葉を体現したような女の子。髪を綺麗に結って、お人形さんみたいに澄ました顔立ちをした、眩しすぎる姿――そこに私はテレビ画面の向こうに見出していた憧れと同じものを感じ取ってしまった。


 画面の向こうにしか居ないと思っていたスーパーヒロインは、そこにいた。私にとってのスーパーヒロインは――白百合のように美しく咲く、ひとりの少女だった。

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