思ってたんと違うランプの魔人

木沢 真流

願いを叶えたまえ

「やっと見つけた」


 彼は長年探し続けていた古ぼけたランプを目の前に、思わず息が漏れた。

 古文書をあさり、はるかジャングルを越え、人食い人種から逃げ、時には戦い、辿り着いた奇跡の洞窟。その奥に目的のランプはあった。


「これが幸せになれるという、願いを叶えるランプか」


 彼は暗い洞窟の中、ランタンのあかりに浮かび上がる控えめに輝く金色を舐めるように見つめた。ところどころ錆びついているが、そこがまた美しい。ついたサビを擦って落とそうとした彼は、はっとして手を止めた。


「いけない、伝説によればこれをこすれば魔人が出てくるはずだ。そして願いを叶えてくれる」


 魔人と魔神。どちらが正しいのか気になるところだが、それを本人に聞いてしまうと、それだけで願いが終わってしまう可能性があるので注意が必要だった。彼は意を決してランプをこすった。

 10回ほどこすった頃だろうか、ランプの口からもくもくと煙があがり、みるみるうちに大柄なランプの魔人が現れた。顔は青、頭にツノのようなものが生えていて、その末端はくるん、と丸まっている。想像した通りの魔人だった。


「よくぞ我輩を目覚めさせた。願いを一つ叶えよう」


 魔人はまるで人間など簡単に飲み込んでしまうかと思われるほどの威厳を持って彼を見つめた。思わず負けじと足を踏ん張った。


「世界を、世界を支配する力をくれ」


 魔人はほほえんだ。


「承知した」


 すると魔人が一瞬にして、二足歩行の人間の形になり、探検家の服装になった。顔は真っ青なままだ。


「いくぞ、青年」

「いくって、どこへ?」


 魔人は寒そうに腕をこすった。


「紳士服売り場だ」



 魔人は彼に似合うスーツを「紳士服のあかやま」という店で選んでいた。


「ねえ、ちょっと」


 彼が我慢ならず声をかけると、


「黙ってみてないで、君も一緒に選びたまえ。君が着るものだろ」


 魔人は気付けばスーツ姿になっていた。青い顔とくるんとしたツノのような髪の毛はそのままだった。客、店員がちらちらとこちらを見ていた。


「みんなこっち見てるんだけど。それより顔色悪いよ、寒くないの?」

「余計なお世話だ。これは元から、寒いわけじゃない」


 言い終えてから魔人は一つのスーツをピックアップし、店員に渡した。店員が驚きを隠しながら受け取り、会計を始めた。


「ところでなんでスーツ?」

「そうか、それをまだ話してなかったな。まずはほら、支払いからだ」

「俺がすんの?」

「あたりまえだろ、君のスーツだ」


 よくわからないまま彼はスーツを買い、「紳士服のあかやま」を後にした。


「次の選挙はいつだ?」

「選挙?」

「そうだ」

「いや、ちょっと待てってなんで選挙なんか……」


 魔人は肩をすくめ、これだから……といった表情を浮かべた。


「世界を支配したいんだろ? まずは市議会選挙に出ろ。それで実績を積み、次は国政選挙だ。それで与党の幹部に食い込み、官房長官、総理大臣。日本の代表になるのが近道だ。それから日本を強くして、影響力をもち、やがては……」


 彼の持っていた「紳士服のあかやま」の袋がどさっと落ちた。


「まさか——そういうこと」

「何か問題でも?」


 彼は頭をごちゃごちゃとこすった。


「わかったわかった、じゃあ変えよう美女はどうだ? いつでも自分だけを見てくれる絶世の美女」


 お安い御用。一言いうと、魔人はポケットからスマホを取り出した。


「え、と……。こんなのどうだ? 世界で一番美しい」


 見せられた映像は、二次元だった。確かにかわいい、そしていつでも自分に微笑んでくれる。


「いや、だからそうじゃなくて……わかった。じゃあ金、金はどうだ?」


 ちょっとまってな……そういうと魔人がスマホをおぼつかない指でスワイプし始めた。


「何か嫌な予感するな、何調べてるんだ?」

「なにって、タウンワークだ。金が欲しんだろ?」


 彼の全身が脱力しその場にうなだれた。


「人生かけて探して来たものが、これかよ……」

「なんだ、諦めるのか。せっかくだから何か望んでみたらどうだ、普段出来ないが、何かきっかけがないとできないような何か」


 彼の心は絶望の海に沈み込んだままだったが、そう言われて少し考えた。普段できないが、何かきっかけがあればできること。こんな機会でもないとしないだろうこと——。

 一つだけ彼には思いついたことがあった。その内容を聞くと、魔人は表情を変えずに頷いた。


「お安い御用」


 それからスマホでその場所をGoogle mapで探し始めた。

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