第二話 マーメイドの呪い 14

翌朝

エドワードは日記の一ページを開いていた。


===

私は日々生きるだけの食糧を食らい、海から離れた川の水をすする

そんな日々が続いたがそこに男が現れた

男はあの時の女のように水から上がってきて、そっと私のとなりにしゃがみこんだ

「海で出会った女に手を挙げたか?」と彼は聞いてきた

当然私は首を横にふる

すると男は納得したように「そうか」とだけ言い、一晩の宿をもとめた

翌日、泳いできた川へと帰っていったのか気づいたころにはもう姿がなかった

===


これは昨日ルイスに尋ねた部分の日記だった。

ルイスはアーネットに日記を送った後も別のノートに日記を書き続けていた。

この日記はここへ来た後のものだ。


「川から訪れた男?昨日話していた例のお客さん?」


「完全にまいってるみたいだな」


キマイラの一言にエドワードは首に手を当て、難しい顔をした。

確かにまいっているとは思う。

これを信じようとする自分がおかしいのだと思う。

だがエドワードには疑念があった。

ルイスが生還し村へ帰ってから村に被害が出るまで日にちが立ちすぎているのだ。

川から現れた云々はともかく、この日記が本当なら何らかの関わりがある可能性は大いにあると思う。


「もしこれが村で被害が置きだした日と重なったらどうだ?」とエドワードは考え込んだ。


「川にいた男が今回の全てをやったってこと?」


「何者かわからないが、その可能性はないか?」


エドワードの疑念に対し、キマイラは興味がないと思うが面白い話を知ってるが聞きたいか?とにやりと笑った。


「おおよその見当はつくが教えてくれ。」


どうせキマイラが話す内容は容易に想像はつく。興味がないというあたりきっとそういうことだろう。

「マーメイドという存在は分かるな?」そう始まった時点でもうエドワードにはお手上げだった。


「半身人間、半身魚の存在だろ?」


「あぁ。それが女性限定につけられたということは知ってるか?」


「あまり考えたことはないけれど、マーメイドの伝説はたいてい女性ね。泡になって消えてしまったり、船を沈めたり、そういう物語はたいてい美女の声が原因だから女性だよね?」


メアリーも人魚もといマーメイドといわれる存在は女性限定のものだと思っている。耳にする伝説は大半がそうなのだ。


「そうだな。じゃぁ人魚に男はいないと思うか?」


「人間にも男がいるんだから当然いるだろう。」


エドワードはすでに興味がなくなったらしく投げやりに答えた。


「そうだ。人魚とは言っても人間と同じように繁殖し増える生き物だ。だから当然男もいる。ある説では人魚は女ばかりが存在していて女のうちの一人が男としての役割をするというものもあるが、それは置いておいておこう。とにかく人魚の男をマーマンと呼ぶのだと聞いたことがある。」


「私はてっきり半魚人っていうのかと思ったわ。」


真面目にそう答えたメアリーの答えが可笑しくて先ほどまで興味なさそうにしていたエドワードはふきだした。

しっかり聞いているんだなとキマイラは笑いながら訂正した。


「なに言っているんだメアリー。半魚人は言わば人魚なんだ。そう考えるとマーメイドも半魚人だろ。マーマンはマーメイドと対の存在なんだ。性格は温厚なんだがなんせ見た目が醜い。そのせいで描かれるのはマーメイドばかりっていうわけだ。」


「なんか可哀そうな話だな。」


「本当にかわいそうなのは外見じゃない。マーメイドは人嫌いで絶えずいたずらをする存在だ。もしかしたら船を沈ませることもあるだろう。

だがマーマンは全く違う。人嫌いどころか人の生活に寄り添い、時には人を助けているんだ。どちらかというと穏やかに暮らすことを好む傾向にある。」


「温厚な性格なのに人間に好かれ描かれるのはマーメイドばかりだなんて理不尽すぎるだろ。だがそれが一体今回の件になんの関係があるんだ。」


同じ男としてエドワードは反論し、そろそろ何故キマイラがそういう話をしだしたのかと軌道修正するべく元の話題に戻した。


「もし、そんなマーマンが怒るとすれば番が傷つけられたときだろう。それ以外はありえない。何があろうと決して我が身の保身で怒ることはないだろう。例え自分が死ぬほど傷つけられたとしてもな。」


「それじゃぁあの日記はもしかして」


「あぁ、ここでいうお客さんとはマーマンだったんじゃないか?」


「折角マーメイドの話について諦めてきたのに今度はマーマンか」


マーメイドという不可解な存在の話にようやく慣れてきたのに、またも不可解な存在が増えてエドワードは頭を抱えた。

そして心の中で二度と普通の依頼でも文句を言いませんと誓った。

こんな不可解でイレギュラーな存在に関わるくらいなら退屈だと言っていたほうが幾分にもマシなのだ。


「日記では川から現れた男に「海で出会った女に手を挙げたのか」と聞かれたと書いてある。それがマーマンの番だった可能性は十分にないか?」


頭を抱えるエドワードを無視してメアリーとキマイラは話をつづけた。


「わけがわからない。彼は難破してそのまま山へ連れてこられたのよね?そんな暇ないじゃん。それに難破した時に逃げるために人魚を傷つけたのであれば、もっと早くマーマンからの仕返しにあってもよさそうじゃない?」


「そこなんだよ。どうしても日数的におかしなことになる。」


「それにマーマンって川で生活するものなの?マーメイドと番なら海での生活でしょ?」


「それはおかしくはないぞ。マーマンは人間の生活に寄り添うものだから川にも当然現れる。というかほとんど川での生活の方が多いんじゃないか?体が乾くと生きられないから民家が近い川辺を好むんだ。田んぼとかあれば最高だな。日本じゃ河童として描かれているらしいぞ。」


「また不可解な存在がでた。」

そうエドワードはつぶやくも二人は一切反論せず無視をした。


「どんどんマーメイドのイメージとかけ離れていくわね。」


「同じ種族だが全く別だからな。」


「…。よく架空の生物でそこまで盛り上がるな。」


無視をされむくれたエドワード。

女子同士だから話が弾むのだろうが、同じ探偵社の人間としてここまで無視をされると傷つく。何故二人がそこまで盛り上がるのか?が分かれば話に入れるのだろうか。

絶対にさみしいだなんて認めはしないが、そう心の片隅で思った。


「だって日記に書いてあるんだもの。」


「それにだな、目の前にあれだけ禍々しい人魚を描かれれば本気にもしたくなるじゃないか。」


確かにそこにいるんじゃないか、と思うほどリアルな絵だった。壁に描かれていると分かっていてもそこには実際に海が広がっているようだ。

だが芸術的には認めるが、絵空事の領域を出るわけじゃない。


「ならないね。どうみても海での生活で精神がまいったようにしか見えない。マーメイドもマーマンも半魚人も河童も存在するかわからないものに思いを馳せるのは無駄だろ。」


「なんだ、ちゃんと聞いてるじゃないか。そうは言っても、日記の内容にあるものが気になっていたんじゃないのか?」


「一つの仮説としてだ。それ以上でも以下でもない。」


仮説だとしてもマーメイドの存在を理解しようとするエドワードが嬉しくてメアリーは完全に否定される前に話を打ち切った。


「まぁ、とにかくどこから手を付けようか?」


「川から来た男も気になるところだが、とりあえず現地を見に行くのが先じゃないか?」


被害が出ていると思わしき場所の海図も手に入り、異変が起きた条件もおおまかだが分かった。

メアリーはルイスの家を出る前に中間報告の手紙を書いた。

現状分かってたことと友人の居場所が分かったこと、そしてこれから海図に印されているところへ行くということを綴ってアーネット宛に送った。

友人が無事見つかったことが分かればアーネットは安心するだろうと思ったからなるべく早く知らせたかったのだ。

その手紙を手にルイスの家を後にした。

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