探偵社バラウル2 生への代償

万珠沙華

第1話 若返りの泉 1

 探偵の仕事というのは案外地味なものが多い。

 探し人や浮気調査、人じゃないものだと飼い犬や飼い猫を探してほしいというものがほとんどだ。どれも地道な聞き込みや書類仕事ばかりで、謎解きをする探偵は物語の中だけの存在のように思えてしまうほどにそういった調査がほとんどだ。

 ここバラウルも例外ではない。

 今まできていた謎に満ちた事件はピタリと姿をくらませてしまったらしく、最近はごく普通の探偵業ばかりが舞い込んできていた。

 そして今日も…   


「この人です。」


 スタッフであるメアリーは奥で報告書作り、エキドナは調査で外出中。

 今後協力するといったペーガソスは自分の会社に忙しく、エキドナの親族だという最近来たばかりのキマイラは酒の席でなぜか警察をしているジャックと意気投合して今じゃジャックが働く警察署に入り浸っていた。

 そして残されたのが…。


「失礼ですがどういったご関係でしょうか?」


「こ…恋人です。」


 たとえエドワードが人当たりが良い性格だとしても朝からぶっとうしで依頼を受け続けてもう二時。腹が減るわ座り続けているから体が軋むわの最悪なコンディションともなれば、人当たりが良いエドワードでも多少の塩対応は致し方ないものだ。

 今頃、外回りの方を頼んだエキドナがゆっくりとランチをして食べ終わり次の仕事へ向かう頃合いだ。こんなことならば今朝仕事の割り振りを決めるとき暑さなんて気にせず外回りをすればよかったとランチが終わったエキドナを思い浮かべて深くエドワードは後悔していた。


「はぁ…」


「…難しいでしょうか?」


 不安そうな目の前の依頼人を見てエドワードは慌てて両手をふった。

 客である依頼人の前でため息をつき不安にさせるだなんて探偵としてあるまじきことだ。

 だがエドワードがため息をついたのはなにもぶっとうしで依頼を受けたことだけが理由ではない。ここ最近人探しの依頼は一体何件あったのか?数えるだけで両手じゃ到底足りなくなってくるほどだ。そんなに人がいなくなる世の中ってなんなんだ、とぼやきたくもなるほどだった。

 もちろんそのことは商売繫盛でありがたいが、依頼の4割が人探しともなればこのままでは人探し専門の探偵になりかねないそうエドワードに思わせるほどの事態だった。

 なにか打開策を打たなければいけない。


「いえ、大丈夫です。ご依頼承りました。」


「ありがとうございます。」


 持前の営業スマイルで先ほどのため息による不信感が拭えるとは思えないが、『大丈夫』その一言で安心できることもある。現に目の前の依頼人がそうだった。


「その恋人の資料はこちらのもので全てでよろしいでしょうか?」


「えぇ。彼に関する住所や連絡先はこの紙に。一応私の仕事中の番号もお伝えしておきます。」


 それから軽い会話は二三したが、エドワードの頭の中にはこの依頼人で一旦バラウルを閉めて休憩をするということばかりがぐるぐるとよぎっていた。

 渡された依頼人の電話番号を一番上においたファイルにクリップでとめ依頼人を見送る。

 最近はロボットのように同じような動作で依頼人を見送っている気がする。

 周辺を見渡し依頼人らしき人物はもう近くにいないことを確認すると、張り付いた営業スマイルを解き深いため息をついて表の看板をCLOSEに変えた。

 こんな日中CLOSEになんてしたらメアリーやエキドナに何を言われるかわかったもんじゃないが午前中から続く疲労はピークで、きっとこの先続けて依頼を受けたとしても先ほどのように依頼人に悪い印象を与えるに違いないと自分の中で講釈をしてバラウルの扉を閉めた。


「やっと」


 戻りながら「やっと休める」と言いかけると、先ほどまで自分が使っていた机には奥で資料を整理していたはずのメアリーが立っていた。


「あの…これには事情があって…俺にも休憩をだな」


「私、何もまだ言っていないわよ」


「目が言ってるんだよ」


「言ってないわよ。そんなに怠惰な接客で仕事を続けるならあの妙なTシャツたちを全部処分しちゃおうかだなんて一言も」


 メアリーが目で指す方向には、エドワードのコレクションとも言えるほどの量になりつつあるTシャツがはいったクローゼットがあった。


「なっ、ちょっと休憩をとろうとしただけだろ!?まだランチもとってないんだから。」


「知らないわよ。ランチ一食くらい抜いたって仕事は出来るわ」


「横暴だ。断固講義する!」


 とんでもない女だとぼやくエドワードの言葉をよそにメアリーは机の上においてあった資料に目をおとした。


「あの人」


「今度はなんだよ」


「深刻そうね…」


「どういうことだ?」


 尋ねられた問いに応えず黙って先ほどの依頼人が置いていった資料をパラパラとめくるメアリー。その様子を見てエドワードは話すのをやめて向かいの席に腰かけ、メアリーの持ってきただろうコーヒーに口をつけた。

 メアリーが集中している時に話しても無駄だと分かっているのだ。

 そして、ようやくメアリーが話しを再開したのはコーヒーを飲み終わったエドワードがキッチンでサンドイッチを作って戻ってきたころだった。エドワードが作ってきたサンドイッチをメアリーが口いっぱいにほおばってゴクリと飲み干してからようやく話し出した。


「ナターシャ・サルバトーレ。まず疑問なのはサルバトーレ家の人間なら自分でも探すこともできたでしょうに、何故うちに持ち込んだのかしら?」


「有名なのか?」


「えぇ、イタリアの名家よ。うちよりも優秀な探偵をいくらでも雇えるほどに子コネもカネも十分にある家柄ね。」


「少し前にでた新聞を偶然手にして流行りで依頼してきたんじゃないのか?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」


 調査費用の小切手はサルバトーレ家ではなく、ナターシャ個人のものだった。


「家のことについて何かいってた?」


「なにも。それこそ、メアリーに言われて初めて知ったくらいだ。探し人アルバーノ・ロッソとはイタリアのサンマリノで会ったのが最後か…。あぁナターシャも現在サンマリノに住んでいるんだな。探すならサンマリノまで出向かなきゃならないのか…面倒だな。」


「ねぇ、そろそろまたお休みがほしい頃合いじゃない?」


 依頼人に渡された調査費用の小切手の金額をみたメアリーはにやりと笑った。

 まだ確認していないがメアリーのその表情をみるからに調査旅行へ出かけるには十分な金額らしい。


「それは休暇のお許しが出たということでいいのかな?」


「私が机仕事に飽きはこないとでも?」


「ではメアリーにも調査の動向をお願いしようか。」


「そうこなくっちゃ」


 調査旅行なのだ。一週間、いや一月はかかるものかもしれない。

 久しぶりの長期旅行に浮足立つメアリーだったが、一つ問題があった。事務所をまたエキドナに頼んで出かけなければいけないというものだ。

 当然嫌な顔をされるのは目に見えているし、長期ともなれば反対される可能性だって当然ある。

 どう話そうか迷いに迷って話たというのに、帰ってきたエキドナの反応は予想外に穏やかなもので「いいわよ」の一言だった。


「反対しないの?また私にバラウルを押し付けて出かけるだなんてとか」


「しないわよ。今ある仕事は片付けてくれるんでしょ?」


 そう今ある仕事を片づけることを条件に難なく調査旅行の許可が下りた。

 きっと何か良いことがあったのだ。

 いつもじゃ考えられない反応に、出かけると話したエドワードとメアリーは驚き顔を見合わせた。


 あれよあれよと日にちが迫り山積みになった報告書をエキドナに預け二人はサンマリノへ旅立った。

 そこでの夢か幻か定かでない出会いが待っているとは知らずに。

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