第3話 傷だらけの過去を背負った桐江3姉妹は無敵である

 桐江3姉妹side

 

 3姉妹にとって悠馬は特別な存在だ。幼い頃は家が隣同士だったので、悠馬とよく遊んだ。彼女らの父と母は明るい性格の悠馬のことをとても気に入っており、3姉妹と悠馬はずっと一緒だった。


 あの悲劇が起きるまで。


 彼女らの母は、元モデルで幼馴染である弁護士の父と結婚した。母は服に関する知識が実に豊富で、二人は小さなアパレルブランドを立ち上げて、大成功。おかげでなんの不自由ない生活を満喫しながら3姉妹は悠馬とずっと一緒に過ごした。


 けれど、


 そんな母と父の関係を嫉妬した母の追っかけが家に侵入し、


 3姉妹が見ている前で、


 3姉妹の両親を無惨に殺した。


『全部、ミキちゃんが悪いんだよ……俺みたいな人がいるのに、あんなイケメン弁護士野郎と結婚なんかして子供まで産んで……俺の子供を産んで欲しかったのに……』


 怯える3姉妹は、体が固まったまま、迫り来る犯罪者の顔を見つめる。


 獣のような表情からは人間が持ちうる良心は全く見出せない。ただ単に欲望の赴くままに動く動物のような存在。


『ねえ、君たち、かわいいね。養ってあげようか?』


 いや、来ないで、お願い……私たちに何をするつもりなの?


 心の中では思いっきり叫ぶことができるのに、どうして直接声で伝えることはできないんだろう。


 だが


 絶望に打ちひしがれる彼女たちの心に浮かぶのは一人の男の子


 高橋悠馬。


『ゆうちゃん』

『ゆう』

『ゆうにいちゃん』


 同時に彼の名を口にした彼女らは、お互いを見つめ合って頷く。そして、


『お、おい!どこ行くんだ!』


 足に力を込めて死に物狂いで走り去る3姉妹。そんな彼女らを追っかける犯罪者。


 もちろん3姉妹が向かった所は、悠馬のお家。


『っ!3人とも……どうした?』

 

 顔面蒼白の3姉妹の姿を見て彼は只事ではないことに気が付く。


『ゆうちゃん……助けて』

『ゆう……怖い……』

『ゆうにいちゃん……』


 怖がる3人を見て悠馬は落ち着いた声音で言う。


『中入って』


 だが、その姿を見た犯罪者は、口角を吊り上げ気持ち悪い笑顔を浮かべて歩き始める。そしてドアを叩いて


『開けろよ……開けろよ!!!!』


 パンパンパン!!


 もちろん、犯罪者の声は家の中にいても全部聞こえる。なので、状況を把握した悠馬は、3人を押し入れの中に隠した。


 数分が経つと、音はなくなった。だが静まり返る部屋は台風の前の静けさのようで、悠馬と3人の姉妹をもっと不安な気持ちにさせた。案の定、彼の彼女らの予想は的中した。


 ベランダから窓を割って入ってきた犯罪者は悠馬に向かって言う。


『可愛い女の子たち、どこにあるのか、教えろ』

『帰れ』

『はあ?』

『ここは俺と愛姉ちゃんと愛璃咲ちゃんと千愛ちゃんの大切な思い出が詰まっている場所だ。だから帰れ!お前が勝手に入っていい場所ではない!』

『大人の言う事を聞かない悪い子がどうなるのか教えてやろうか?』

『っ!』


 犯罪者は悠馬を足で蹴り上げた。そして、隙間から覗く3姉妹と目があった犯罪者は、また気持ち悪い笑みを浮かべて押し入れの方へと近づく。


 だけど


『俺がから!愛姉ちゃんと愛璃咲ちゃんと千愛ちゃんは、俺が絶!だから安心して』


 這いつくばって犯罪者の足を思いっきり掴んだ状態で隙間から覗く3姉妹に笑顔を送る悠馬。 


『『っ!!!』』

 

 だけど、犯罪者はそんな彼を、


『お前、邪魔だ』


 と言って、犯罪者は持ってきたナイフを彼の頭に向けて、刺そうとする。


『『いやああああ!!!』』


『あんた、何やってるんだ!』


 だが、割れたベランダからお巡りさんがやってきたお陰で、犯罪者は手を滑らして、悠馬の額に傷を付けた。


 結局、犯罪者は捕まって、現在まで服役中である。


 あの事件があってから、悠馬は引っ越して結局離れ離れになってしまった。


 まだ癒えぬ額の傷を晒して彼のお父さんに「愛姉ちゃんと愛璃咲ちゃんと千愛ちゃんと離れたくない」と泣きながら訴えかける悠馬の姿は未だに3姉妹の心を締め付ける。

 

 今日は土曜日。


 3姉妹は毎月数回はこの悪夢を見る。今日は偶然が重なって全員があの夢を見てしまった。


 X X X


桐江3姉妹の住むタワーマンション


 愛璃咲が寝巻き姿で朝ご飯を作り終えてテーブルに運ぶと、タイミング良く愛と千愛が目を擦りながら、やってくる。


 青白い顔。そう。あの夢を見たら3人は決まって血の気が引いた顔になる。愛璃咲はそんな二人が心配になったのか、話しかける。


「二人とも大丈夫?」

「大丈夫」

「問題ないよ。愛璃咲姉ちゃん」


 いつもは元気のない表情のまま俯いて食事をするだけなのに、今日の3人は顔こそ青白いが、声には元気がある。


 もちろん原因は、言うまでもなかろう。


 3人が席に座って、食事を始める。


 食後は千愛が入れてくれるコーヒを飲みながらソファーに座ってくつろぐ。


 今日の話題は、もちろん


「昨日の出来事が嘘みたいだわ」


 最初に口を開いたのは愛。彼女はコーヒーの味を吟味するように目を瞑って頬を緩める。普段は会社を経営する身として常日頃から冷静さを保っていたが、彼の話となると、普段の彼女とはかけ離れた反応を見せる。


 彼女はコーヒーを飲んでからは息を強く吸って吐いた。それによって膨らんだ寝巻の胸のところが動く。


「ゆうにいちゃんと再会できるなんて……生きていて本当によかった……今まで苦労して生きてきたけど、ゆうにいちゃんのあの表情を見た瞬間、何かもが吹っ飛んで、頭が真っ白になっちゃった!」


 興奮気味に言うのは、短い金髪を揺らして、自分の大きなマシュマロに片手を乗せて昨日の出来事を思い出す千愛。


「ええ、あの事件が起きてから、ゆうは引っ越したから、ずっと会えないと思ったわ……」


 赤い瞳を潤ませて、色っぽい吐息を吐くのは愛璃咲。


「ねえ、愛姉ちゃん、愛璃咲姉ちゃん、ゆうにいちゃんって昔と比べて全く変わってないよね?」


 目を光らせてお姉さんたちに問う千愛の表情は明るい。


「ん……少なくとも優しいところはそのままね」

「なんか変わったところあるような口ぶりね」

「それはそうでしょ」

「ん?」


 千愛がはてなと小首を傾げて意味ありげな発言をした愛に視線で続きを問うた。すると、愛は、コーヒを一口飲んで唇とコップの間に繋がった自分の唾液を艶かしく舌で舐めとり、うっとりとした声音で言う。


「ゆうちゃんはもうだもの……」

「っ!」


 自分の姉の話を聞いた千愛は体をひくつかせて頬を少し赤く染める。そんな自分の様子を誤魔化すべくコーヒーを飲んで、クッキーもパクつく。


「ゆうって、いるのかしら?」


 そう言ってきたのは、意味深な表情を浮かべた愛璃咲。


「多分いないと思うよ。ゆうにいちゃんから女の匂いしなかったし」

「あら、そう?それはね」

「またゆうにいちゃんと会いたい……」

「私も……電話番号もゲットしたわけだし……」


 愛璃咲と千愛が足をモジモジさせながら息を弾ませている。そんな二人の妹を見た愛は咳払いを数回してから、窘めるように言う。


「二人とも、落ち着きなさい。ゆうちゃんに迷惑かけちゃダメよ」

「「……」」


してあげないと」

 

 恍惚とした表情、生気を失ったブラウン色の瞳を見た二人の妹の脳には電気が走る。


 そして電気は徐々に下めがけて移動する。


 両親を亡くして以来、3人は苦労をしながら必死に生き延びた。親戚に裏切られ、会社の人々に裏切られ、みんなに裏切られながら……


 持っているのは両親が残してくれたお金と、3人の絆。そして悠馬への想い。


 結果、愛は名門大学を主席で卒業して司法書士試験に合格。現在、3姉妹が設立したアパレルブランド「レガンダ」で社長をやりながら経営と法務などをやっている。愛璃咲は服を見るセンスがとてもよく「レガンダ」でほとんどの実務をやっている天才。千愛は「レガンダ」の看板モデルであり、主に、広報などの仕事をやっている。


 今まで数え切れないほどのイケてる男たちが彼女らに近づき、なんとか結ばれよう必死にあがいてきた。有名な企業の御曹司、政治家の息子、男優、実業家、などなど……


 けれど、彼女らのお眼鏡に叶うはずもなく、輝いて見える男たちは桐江姉妹にとってはあの時の犯罪者と同じ表情を隠しているケダモノにすぎない。


 なので全部玉砕。


 調子に乗って彼女らに土足で踏み込んできた一部の男ももちろんいた。だけど、その度に、彼女らに訴えられ闇の中に消えてしまった男たちは数えきれないほど存在する。

 

 桐江3姉妹に近づこうとするものは未だに多い。履いて捨てるほどいる。


 もう昔の失敗は繰り返さない。


 自分達は強くなった。


 3人が集まれば世界最強。


 という共通意識は桐江3姉妹の結束力をより強める。


 どんな男も踏み込めないだらけのバラの園で彼女らは過ごしている。


 だけど、充実した毎日を送れば送るほど、多くの人たちに羨望の眼差しを向けられれば向けられるほど、




 虚しい気持ちもだんだん大きくなっていく。


 その時に現れたのが


 悠馬だった。


『無事で本当によかった』


 昨日カフェで彼に言われた一言は桐江3姉妹の頭を痺れさせる。


 自分達の暗い過去を知る人が、自分達を助けてくれた男が放った言葉に彼女たちの心は満たされた。


 全自分を肯定された。


 そのことが嬉しすぎて


 嬉しすぎて……


 体を駆け巡る電気は徐々にお腹の方に集まる。


「愛姉ちゃん、愛璃咲姉ちゃん……私、部屋に戻る……」

「私も……部屋に戻るわ……」


 千愛と愛璃咲がもどかしそうに顔を色っぽく歪ませ、ソファーから立ち上がり、各々の部屋に向かう。


 そんな自分の愛くるしい娘のような妹たちの背中を見た愛は糸を引いた唇を動かして


「やっとせるわ……」



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