第24話:ヘンリーの嘘
ルーヴィックの質問にヘンリーは戸惑った表情を浮かべる。ちなみにユリアは、ヘンリーが壁に突き飛ばされた時に小さく悲鳴を上げたが、それ以上は口元を手で押さえて何も言えずに重い空気に耐えている。
「何を……おっしゃっているんですか? 何も隠していません。教授はキューブをレイ君に送っていて、大学では悪魔による騒動で逃げてしまいました。ユリアさんに聞いてもらえれば分かります」
必死で答えながらユリアに同意を求めて視線を送ると、彼女もコクリコクリと首を縦に振っていた。
「ほらね。何をそんなに膨れていらっしゃるのですか?」
困ったように笑顔を作りながら言うヘンリーに、ルーヴィックは相変わらず鋭い視線を向ける。しばらく黙って見た後、彼は口を開いた。
「……俺はお前にチャンスを与えたぞ。だが、お前は答えなかったな」
「ですから、何を……」
「リチャード・カーターを知っていただろ?」
ルーヴィックが遮る様に話し出した。
「どうしてそんなことを?」
「ロンドンに来た時、俺が見せた新聞の一面から、よくリチャード・カーターの死の記事を見つけられたな。あんなにも小さい記事なのに」
「あなたと同じで、悪魔絡みには鼻が利きますからね」
「かもな。だが大学の場所についても、いくつかキャンパスがある中でお前は迷うことなく御者に指示を出してた。それに、マザー・グースでハンプティと話した時。カーター教授の話しになったら、あいつ一瞬だがお前を見たろ。それで、何となく分かってきた。
お前とリチャード・カーターは最初からつながってる」
ヘンリーの顔からは笑みが消えているが、反論することなくただ見つめている。
「そんで、見つけたよ。あの助手が言ってたろ? カーターは女と手紙でやり取りしていたって」
ルーヴィックは教授の手帳に挟んであった手紙の封筒を取り出す。
「中身を読んだ。遠回しな表現をしていたが、地獄の門に関するやり取りだったよ。差出人の名前はないが、万年筆で綺麗な字が書かれてあった。あの助手はその文字を見て、相手が女性だと思ったんだろうな。ただ、俺には違って見える。これはお前の文字だ。マザー・グースで見たお前の字と特徴が同じだからな」
そう言って、手紙をヘンリーに投げつけた。それはヘンリーの顔に当たり、ゆっくりと地面に落ちる。
「お前はカーターと組んでいた。だから、悪魔が手を出せなかったんだ。だが、お前はアメリカに来たから、悪魔が動き出した……本題はこっからだ。
お前は、どこまで今回の事件について知っていたか? 何のためにアメリカに来たか? だ」
ルーヴィックの眼光はさらに強さを増す。そばで様子を見守るしかないユリアですら息苦しさを感じるほどに。
「保管庫の口ぶりから、お前は『ミカエルの指輪』のことを知ってたな。モルエルの件は話しても、指輪のことは話してないし、見せてもないのに……なら、お前はいつそれを知ったの、か?」
張りつめる空気の中、耐え切れなくなったようにヘンリーは「ふぅ」と息を吐いた。
「……そんなに睨まないでください。視線で穴が空いてしまいそうだ・・・・・・白状しますよ。話さなければとは、思ってはいましたし。お察しの通りです。カーター教授は私の協力者でした」
ヘンリーは目を伏せて、話し始める。
「ただ、まずはこれだけはハッキリ申しておきます。私はあなたと同じエクソシストです。悪魔を憎んでいます。地獄の門が開くことはあってはならない。あなたは私を疑っているのでしょう。でも、私は敵ではない」
それでも疑いの目は変わらない。ヘンリーは少し寂しそうな顔をしてから、続ける。
「この国が、ルシフェルの煉獄につながる門を隠し、そして『修道会』という組織が守ってきたことはご存じですか?」
首肯するルーヴィックを確認してから続ける。
「私と『修道会』は、こと悪魔から人々や国を守る点においては目的を一致させています。が、どうにも反りが合わないようでして。その最たる例が『地獄の門』です。あれは人の手には余る物。災いしかもたらさない。1秒でも早くこの地から葬らなければなりません」
「そんな簡単に門を破壊できるとは思えんな」
「その通りです。修道会もそう考え、門の場所を隠匿し、何者も触れられないようにしているそうです。そして、門が元あった『無の空間』に戻ることを持っている」
「それしか方法がないんだろ」
「いつ戻るかも分からない物です。人類の破滅の種をいつまでも置いておくなんて。第一、すでに数百年、門はあり続けているのです」
ヘンリーは熱を込めて続ける。
「カーター教授とは、ともに門について調べていました。そしてキューブが鍵であることを知った。加えて、刻まれた文字やさまざまな文献を読み解き、2つの事が分かりました。鍵を起動させるには『ミカエルの指輪』が必要なこと、そしてその指輪と鍵を使えば門を開けるだけでなく、『無の空間』へ戻すことも可能だと」
「指輪と鍵が揃えば門をこの世界から消せる?」
「えぇ、そうです」
「だが、危険な考えだな」
「えぇ、まさに諸刃の剣です。一歩間違えば世界が終わる。しかし、鍵が発見された以上、悪魔は躍起になって門を開く方法を模索し、いずれたどり着く。時間の問題でした」
「だから、モルエルに頼んだのか」
「ミカエルの指輪は神より与えられし神具です。人間では作れない。しかし天使なら、似たものを作れると思いました」
「そして襲われた」
「情報が漏れているとは思っていませんでした。悪魔の動きには細心の注意を払っていましたし、アメリカへ渡るための根回しも完璧でした。疑われる要素などなかった!」
息を乱して言うヘンリーの声が、路地内に反響する。
鍵と指輪の関係に気付いたヘンリーの行動は迅速だった。悪魔が勘づく前に終わらせる必要があるからだ。アメリカに渡る前に、モルエルには電報である程度の説明を済ませ、ミカエルの指輪の代替品をお願いしたのだ。もちろん、快諾とはではいかなかった。モルエルもその危険性については承知している。しかし、悪魔の活動が本格的になる前の、今のタイミングしかないと粘り強く説得した。
予定では指輪を持ち帰り、カーター教授と合流。『修道会』を説得し、悪魔達が動く前に門をこの世界から消しさるはずだった。
そう、はずだった。
指輪を受け取る前に、モルエルが襲われて死んだのだ。
ヘンリーは急ぎカーター教授へ電報を送った。
指輪の確保に失敗したことと、危険が及ぶ可能性があること。何事もなければ自分の帰りを待ち、少しでも悪魔の気配を感じれば、アントニー司教に全てを打ち明け、保護してもらうように書いた。
「あの船で声をかけた時は、あなたの隙をついてこっそり指輪を拝借するつもりでした。ロンドンに到着次第、カーター教授と合流し、計画を遂行しようと……しかし、教授は死んでいた。それに、あなたは寝ない方でしたから、盗めませんでした」
諦めたように首を振るヘンリー。
「なので予定を変え、まずはこの事件の裏に潜む悪魔の退治に全力を注ごうと。まずは門が開かれることを回避しなければいけませんから。あなたには、その後で全て打ち明け、門の消滅について改めて協力してもらおうと考えました。バカなことです」
そこまで話してヘンリーは口を閉ざす。
「そうだな。お前はあらゆる選択を誤った……失せろ」
ルーヴィックの刺すような言葉にヘンリーは体をビクつかせる。
「とっとと俺の前から失せろ。この事件にお前はもう必要ない」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
立ち去ろうとするルーヴィックをヘンリーは呼び止めた。
「私を疑っているのですか? 確かに、私はあなたに嘘をついていました。しかし、敵がまだ見えない状況で、私たちが協力しなければ……」
「ふざけんなよ。ヘンリー。この仕事で人と組もうとしたら信頼が一番大事になる。お前はそれに値しない」
「あなたの行動を邪魔したことは1度もありません!」
「お前は俺に嘘をついた。それだけでも十分すぎる。俺にその面、2度と見せんな」
吐き捨てるように言うと、ルーヴィックは路地の奥へと消えていく。
「あなただけでは勝てませんよ!」
「そりゃ、お前の考えだろ」
置いていかれるヘンリーは下唇を噛みしめながら、消えていくルーヴィックの背中を見送った。
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