第12話:ハンプティの情報
ようやく解放されたハンプティはまだ苦しそうに喉を摩りながら、ソファに背を預ける。
その前でルーヴィックとヘンリーも腰を下ろした。
「今回、祓われたうちの悪魔たち、これは高くつくぞ。ティンカー」
少々不機嫌になりながら語気を強めるハンプティだが、ヘンリーは気にした素振りもなくグラスに酒を注いで飲んでいる。
「それで? 何が知りたい? と言っても、だいたいは予想が立つがな」
ため息交じりに言うのに対して、ルーヴィックが「と、言うと」と尋ねる。
「うちの悪魔たちの話によると、街の悪魔たちが騒いでいるらしい。噂では、動いているのは下級だけではないようだ……つまり、力のある悪魔も何体が関わっているってことだ」
下級以上の力のある悪魔(かなり上位の悪魔を除く)は肉体を現世に持ってくることができ、その力も下級悪魔とは比べ物にならない。だが、地獄から人間界には力があるほど容易に来ることはできないため、下級の悪魔に比べれば数はおのずと少ない。
それが数体動いているというのは、かなり稀有なケースだった。
「そいつらは何をする気だ?」
「そこまでは私でも」
とぼけようとするハンプティに、ルーヴィックが「ん?」と腰を浮かしかけると、慌てて訂正する。
「あ、いや悪魔どもが騒いでいるのは一言。『カギが見つかった』とだけだ。ホントに短気だな!」
「カギ?」
「しばらく前に誰かが発見したらしいがな。どうにも守りが固かったようで、手が出せなかったらしいが……最近になって動きが活発になった。つまり奪うチャンスが来たと思っているわけだ」
ハンプティはルーヴィックを、そしてヘンリーを見つめる。
そこまで聞いてルーヴィックの頭にリチャード・カーター教授が思い浮かぶ。
「先日、死んだ大学教授がキューブを見つけたと言ってた。それのことか?」
「リチャード・カーター教授か。どうだろうな。そこまでハッキリとしたことは分からんが……タイミングや状況からみると、そうなんだろうな」
「それで、キューブは奪われたと見ていいんでしょうか?」
ヘンリーの問いかけにハンプティは両掌を上に向けて『分からない』のジェスチャーをする。
「悪魔がカギを手に入れたのなら、かなりの話題になるはずだが……まだ、ないと言うことは手に入れてはいないんじゃないかな」
その答えにヘンリーは少し安心した顔になる。なぜかは分からないが、キューブはまだ悪魔に渡っていない。それは喜ばしいことだ、喜ばしいことだが……
「カギとは何の鍵だ?」
モルエルは彼に言った。
『カギはロンドンにある』と
それを聞いた時は、事件にかかわる重要な証拠などのことかと思っていた。しかし、ここにきてリアルな鍵である可能性が出てきた。
では、何の鍵なのか。
それが次に重要になる。
「地獄の門……でしょうね」
答えたのはヘンリーだった。
「悪魔たちが必死になって欲しがる鍵。それは地獄の門の鍵ですよ」
「地獄の門? ダンテの神曲に出てくるあれか?」
ヘンリーの発言に怪訝そうな顔をするルーヴィック。視線をハンプティに向けるが、彼は特に反論もないようだが、やれやれと言った感じに首を振って見せる。
「あれは、都市伝説だよ。ティンカー」
「そうでしょうか? その鍵は、悪魔が天使を殺してまで手に入れたがる物ですよ? 天使と悪魔の間で戦争が起こるリスクを冒してでも、成し得ようとしていることです」
「天使を殺す? 教授じゃないのか?」
「ちょっと待て」
話に付いていけてないルーヴィックが2人の会話を遮る。
「地獄の門ってのは、何なんだ?」
彼の問いかけに、ヘンリーは少し考えてから逆に問いかける。
「もしも、今。天使と悪魔との間で戦争が起こったらどうなると思いますか?」
意図の読み取れないルーヴィックが黙っていると、彼は続けて話す。
「天を転覆させるために、悪魔たちが行進を始めたら、どちらが勝つと思いますか?」
「昔の戦争で、ミカエルがルシフェルを封じて以来、ルシフェル以上の指揮官は現れていない。悪魔は劣勢のまま、勝てる見込みは、あまりない」
「そうです。ルシフェルの煉獄は、地獄のさらに底。そこは地獄からは溶けることのない厚い氷により閉ざされた空間だとされています。ルシフェルの牢獄を解くことができるのは、封じたミカエルただ一人。ですが、何事にも抜け道があるものです」
確かにルーヴィックも聞いたことはある。
「あぁ、ルシフェルを封じた時に使った通路があるって話だが、そこへ繋がる『門』はミカエルが取り去り、永遠に無の空間を彷徨ってる。どこにあるのかは分からない」
「えぇ、ですが、もしその『門』の場所が『分からなかった』だとしたら?」
ヘンリーの意味深なセリフに、ルーヴィックの背中から嫌な汗が出た。おそらく元から顔色が悪いので、分かりづらいが明らかに顔から色を失う。
それを確認してヘンリーは答える。
「ええ、それが『地獄の門』ですよ」
「バカバカしい迷信だ。クルックドマン君。あまり真に受けない方がいい。ティンカーは昔から、こういった噂を信じているんだ」
小馬鹿にしたようにハンプティは鼻を鳴らす。
「そんなものがある証拠はどこにもない」
「ええ、そうです。しかし、鍵が存在するのであれば、門も存在する。そして、鍵を奪いに動いたということは……」
ヘンリーの言葉にルーヴィックが続けた。
「奴らは門の場所も知っている?」
「もしくは、場所に辿り着く道筋ができている」
「クソが」
思わずルーヴィックの口から悪態が漏れた。万が一にもヘンリーの言っていることが正しいのなら、そう考えると鼓動が早くなる。心臓が口から出そうだ。気持ちが悪い。彼の想像していた事よりも、事態はまずい。
「まだ悪魔は鍵を手に入れていないと言ったな。ならどこにある?」
門の場所はおそらく今聞いても分からない。となれば、優先すべきは鍵の確保だ。
しかし、そればかりはハンプティも首を横に振るも、「だが」と口を開く。
「教授には一人息子がいるらしい。確か名前はレイ」
それはただの情報だ。あとは自分たちで調べろと言うことだろう。ルーヴィックは目を閉じて大きく息を吸い込む。情報が多すぎる。何から手を付けるべきか考える時間がいる。
そして、数拍置いた所でルーヴィックは頭を一旦切り替える。
「ところで、この護符について何か知っていることはあるか?」
そう言ってポケットからカーター教授が死ぬ間際に持っていた護符を見せる。
ハンプティは受け取り、しげしげと眺めてから返した。
「さぁね。ただウィンスマリア教会のアントニー神父の物に似ている」
「ウィンスマリア教会のアントニー?」
「彼はこのロンドンではおそらくトップのエクソシストだ。政府や貴族、王族とも親交のある人だが、権力などには無頓着でね。今は、その教会で教育者としているはずだよ」
「なるほどね。一つ聞くが、あんたは護符の利かない敵がいると思うか?」
ルーヴィックのいきなりの問いかけにハンプティは、あまり間を置くことなく答える。
「そんな奴は存在しない……が、もしもいたとしたら、人間に勝ち目はないだろう」
重苦しい空気が3人に圧し掛かる。
護符などの聖なる力はエクソシストにとっては生命線だ。それが通用しないことは、死を意味する。
ルーヴィックはもう聞くことはないと立ち上がる。
「また来る」
「お帰りかい? 今度は紳士的に話したいものだね」
「鼻を折られてないだろ? 十分、紳士的だったと思うがな」
そう言って踵を返す。ヘンリーも後から付いてきた。
その背中にハンプティが声を投げかけた。
「ルーヴィック・ブルー……」
彼の名前を知っていたのだ。
「はるばるアメリカからやってきた不死身の男。気を付けることだね。君の魂を欲しがっている悪魔は、大勢いる。もちろん、このロンドンにもね。健闘を祈るよ」
「そりゃ、好都合だ」
ルーヴィックは顔だけ振り返り、不敵の笑みを見せた。
「奴らを探しに行く手間が省けるからな」
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