音を感じる

 デフリンピックって知ってる?

 ちゃんとした定義じゃないけど、聴覚障害者のオリンピックっていう感じかな。

 障害者のオリンピックって言われるパラリンピックからは独立していて、独自で四年に一度行われている大会だ。

 デフリンピック、開幕はもうすぐ!

 五月一日から十五日までブラジルで行われる。

 自転車競技には俺の友達たちが出場するんだ。前回、前々回のデフリンピックでメダルを獲得していて、今回も期待大なんだぜ。

 ミーノは日本代表選手団旗手をやるらしい。すげーな。あ、ここに登場してくる人物の呼び名は、今俺が勝手に付けたあだ名だから。


 彼らは国内ではデフジャパンっていう真っ赤なウェアのチームで健常者の大会に出場している。

 凄いなって思うのは、聴覚障害者も一緒に競技出来る舞台が用意されたんじゃなくて、ここ十年ちょっとの間に彼らが自ら動いて、自分達の力で作り上げてきたって所。ハヤちゃん夫妻が中心になってさ。

 大会で競技中も必要な情報をきちんと得られるように、音の情報を視覚でも得られるような工夫とかされて。

 障害っていう事を理由に、自分達が挑戦したい世界から締め出されてしまう事がないように、自ら動く。

 そしてそれ以上に彼らから感じるのは、後進の為の道を作っているって事。

 カッコいいだろ?


 コロナ禍になって、人々がみんなマスクをするようになっただろ?

 手話だけじゃなくて、顔の表情とか口の動きを見て、言葉や思いを読みとる事が多い聴覚障害者にとって、日常生活は俺たちの想像以上に困難になってしまったんじゃないかな?

 でもそんな事に負けて、泣きごと言ってられねーよな。



 数年前にデフジャパンがチームで合宿にやってきてくれた事があるんだ。

 あ、うち長野の野辺山って所でペンションやってるんだ。自転車の合宿とかツーリングとか自転車に乗るのを目的でやってきてくれる人が圧倒的に多いペンション。でも自転車乗ってない人も大歓迎だぜ。わりーな、また宣伝みたいになっちまって。


 もとい。その時は手話通訳の人がいたし、オレ、手話出来ないから個人同士の会話は筆談でやってたんだけど、へーって思う事が色々あったな。

 まず驚いたのがミーティングみたいな事をやると、皆すげ〜真剣なんだ。その時選手の一人が言ってた事で印象に残っている事がある。耳が聞こえない障害を持っていて最も困る事の一つが、情報を得られないっていう事だって。

 なるほどなって思ったんだ。耳から得られる情報ってめちゃくちゃ多いよな。俺らは特に情報を得ようとしてなくても自然に入ってくる、そういう物が全く無いんだ。

 だから、情報を得ようっていう意識がすごく高いって感じた。


 ちょっと想像してみようぜ。

 もう俺らは無意識に音を聞くようになっちまってるから、聞こえない世界ってのがどういう物なのか、なかなか想像できない。

 ちょっと考えてみると怖いよな。自転車レースってロードもMTB(マウンテンバイク)も大勢が一斉に走ってて、音を聞いて気付く、音を聞いて判断する事がすごく多い。


 でも音は聞こえなくても、いや聞こえないからこそ感じとる力はすごく強いような気がした。

 まあ、それも全員に共通したものではないと思うけど。

 音って振動だろ? 耳に届かなくても身体には伝わっている事が沢山あるような気がしたんだ。


 もしも聞こえないのが普通の世界だったら、聞こえちゃう人が障害者って事になるだろ?

 聞こえない人にとって住みやすい世界がそこにあって、聞こえちゃう人は聞こえないふりして生きていく事になるのかな? その人は振動とかを感じ取る力がないから、すごく不自由な生活を余儀なくされるんだ。

 そんな小説も書いてみたい気がしてきたぜ。


 ふうこの小説の中に、視力を失った少年を主人公にした物語があるんだけど、ふうこの知り合いに視覚障害者はいないし、目の見えない人とはちょっとした体験会でふれあった事があるくらいなんだ。

 視覚と聴覚はまた全然違うと思うけど、デフジャパンの人達との繋がりがあったから、こういう物語を書けたんじゃないかなって思う。

 一緒に過ごす中で、発見っていうか、知らなかった世界を感じる事が出来るっていうか。想像する力も養われるしな。まあ、小説は作り話だけどさ。



 エスッペの事をちょっと書かせてもらおうかな。

 彼はMTBのエリートっていう一番上のクラスで走っている選手で、いつもかなり上位の方で走れてる選手なんだ。

 デフジャパンの合宿の後に練習に来てくれた事があって、その時に俺も一緒にロード練習させてもらった時の事。


 アップダウンのある道を割と長時間、エスッペが俺を引いて走ってくれる場面があったんだけど、嘘だろって思う位、完璧にいいペースで引いてくれたんだ。きっついけど、ギリギリ離れずについていける位のペース作り。全く後ろ見ないんだけど、後ろに目があるんじゃないかって思う位だった。

 たまたまって事はないはずだ。どうやって感じとっていたのかは聞かなかったけど、今度機会があったら聞いてみたいな。

 俺も人のペースに合わせて、後ろを見ずに引いてあげるのは結構得意なんだけど、音で感じ取れる物が無かったら難しいだろうなって思う。後ろからの息遣いで感じ取れるものが大きいからな〜。


 エスッペはさ、レース中に身ぶり手ぶりの応援にも良く気づいて、ニコッてしてくれる事が多いんだ。やっぱ集中してても感じとる力、大きいんだろうな。

 あと、レース後のFBへの書き込みがいい。結果が良くても悪くてもいっつも感謝の気持ちと前向きな言葉が入っていて、気持ちいいんだ。応援したいって思わせる選手だぜ。


 っつうわけで、日本代表としてデフリンピックを走る彼らを応援しようぜ〜! っていう話でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る