第2話 UFOと熊と変質者と転校生(2)


「ごめんなさい……スミマセン」

「あ……えーと、大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさい」


 ぶつかった拍子に、雛はおもいっきり尻餅をついてしまった。

 昨日熊と出会った時は、瞬時に反応してぶつかることはなかったが、今回はタイミングが悪すぎて反応できなかったようだ。


 ぶつかったイケメン高校生は、雛と同じ学校の男子の制服を着ていて、長身の黒髪。

 やけに整った顔をしていて、見た目は日本人にしか見えないのだがどこか日本語がおかしい。

 彼が右手をすっと差し出したので、雛はその手をつかんで起き上がろうとした。

 しかし————


「きゃ! えっ!?」


 雛が手を掴む前に、するりと雛の脇から手を回して抱き起こされる。


(近い近い近い近い!!!)


 制服のネクタイが目の前にあって、動揺する雛。


(こんな、そんな……!! 出会ってまだ一分も経っていないのに!! なんて積極的なの!?)


「あぁ、スミマセン。汚れてマスね」


 そして反対の手で雛の制服のスカートについた土を払った。


「えっ! ちょっと!!」

「お……? これは……いいオシリですね」

「ななななななっ……!?」


 彼は、スカート越しに雛の実はたくましいお尻を撫でる。


 イケメンとぶつかった————

 それだけでラブコメが始まりそうな予感だったのに、まさかの出会ってたった一分で抱きしめられ————



「この変態!!!!」



 雛はおもいっきり彼の腹を殴った。

 イケメンの変質者を、殴り飛ばした。



(こんな変態とのラブコメはお断りよ!!)




 * * *




「はい、それじゃー……転校生を紹介します」


 イケメンの転校生の顔がやっと拝めると、期待と興奮でざわつく教室。

 教師に呼ばれて教室に入って来た転校生は、長身の黒髪で、顔が整ってはいるようだが、唇の端から血が出ている。

 高い鼻の先も、擦りむいている。

 さらに、制服もボロボロで、葉っぱが————


 ヤンキーか?

 不良?

 喧嘩した?

 事故にあった?


 様々な憶測が、生徒たちの脳内で繰り広げられる。


星野ほしの将輝まさきデス。よろしくお願いイとします」


 そして、なんだか日本語がおかしい。


「あー……星野くんは、家庭の事情で海外にいたそうだ。まだ日本語と、それから日本の文化についてもよくわかっていないらしいから、みんな教えてあげるように」


 担任の渡辺わたなべがそう言うと、星野はぺこりとぎこちなく頭を下げる。


「じゃぁ、席はそこの空いてるところを使ってくれ」

「はい」


 空いている席————それは一番後ろの窓際で、雛の隣だった。


「おっ? さっきの……————」

「……よ、よろしくね」


(嘘でしょ!? この変態が隣なの!?)


 雛は顔を引きつらせながら、無理やり笑顔を作った。

 ついさっき、ボッコボコになるまで殴り倒し、垣根に沈めてきたイケメン変質者。

 殴ったのが雛だとバラされたら、これまで必死に自分の強さを隠してきたのが無駄になる。


(一年も我慢したのに……————そんな——……)


 雛は中学の頃、そのあまりの強さに男子から恐れられ、女子からは近づきにくいとハブられ……

 散々な学生生活だった。

 全部を内緒にして、高校ではあえて誰も知っている人がいない学校を選んでいる。

 入学してからずっと、体育でもその高すぎる身体能力を発揮しないように気をつけて、球技大会のバレーも本当は華麗にアタックを決められるのに、わざと空振りしたりしてごまかして、運動神経の悪い、か弱い普通の女の子を演じていた。


(必死に築いてきたイメージが、変質者を退治したせいで崩壊するなんて……そんな————)


「……はい、よろしくデス」


 星野は自分の席に座って、雛の方を向く。


(あ、あれ……?)


「キミのお名前は、なんですか?」

「た……小鳥遊雛です」

「ヒナ?」


 雛が頷くと、星野はにっこりと笑った。

 まるで、雛に殴られたことなんて気にしていないような、平気な顔で————


「かわいいお名前ダね」


 そう言って、笑った。


(あ……あれ? もしかして、黙っててくれるの————?)


 予想外の星野の反応に、雛は戸惑う。

 てっきり、この人にやられた!と、怒られるものだと思っていた。


 小学生の頃、いじめられていた子を助けたら、こいつにやられた!と指をさして怒って来た同級生のあの表情を、雛は鮮明に覚えている。

 悪いのは向こう。

 確かに、あの時の雛はまだ加減を知らず、やりすぎたかもしれないが……

 今思えば、それがきっかけで男子たちに恐れられるようになった。

「暴力女」「怪力女」「バケモノ」と散々罵られて、初恋の先輩にもフラれ——……

 散々だった日々。


 あの時と同じように、星野に何か言われると思っていた。

 でも、星野は何も言わない。

 誰かに怪我の理由を聞かれても、決して本当のことは答えなかった。



「あ……あの、星野くん」

「ん? なに? ヒナ」

「その……」


(もしかして、いい人なのかな?)


 授業が終わって、掃除の時間。

 雛は机から椅子を下ろしていた星野に小声で尋ねる。


「その……どうして、私に殴られたってこと、言わないの?」

「……あぁ、だってあれは僕がイケないからデス。初めてあったオナゴのオシリを触るのは、このではイケないことだったのでしょう?」

「……この星? 国のこと?」


(いや、どの国でもダメだけど……)


 星野は椅子を下ろすと、雛に顔を近づける。


(近い近い!! だから、近いって!! 海外育ちのせい!?)


 思わずドキッとしてしまう距離で、整った綺麗な顔の星野は笑う。

 そして、今度は星野が雛の耳元で尋ねる。


「この星では、どーしたら触っても怒られませんか?」

「は!?」





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