第3話

 刑事さんは唸る。祭が何をしよとしているのか、詳しい作戦は全く分からないけれど、僕はとりあえず、ずっと頷いて理解しているフリをした。


「君はつまり、暗号を解く鍵は自分たちにある、と言いたいんだね?」

「ええ、そうなりますね」

「そして、その鍵を引き出すために事件の詳細を教えて欲しいと?」

「はい」


 しばらく黙った後、刑事さんは決心したように、


「無理だ、子供を巻き込む訳にはいかないよ」


 とだけ言うと、部屋を出て行った。

 僕らはガッカリして、一緒に大きな溜め息を吐いて、また寝転んだ。


「ああ〜、今のは行けると思ったんやけどなあ」

「惜しかったね〜。これからどうするの?」


 祭は床に置かれたスマホの画面をしばらく見つめて、気怠げに答える。


「大人たちに聞いても意味はないやろから、昨日起きた事件とこの学会について調べるしかないな」


 祭が暗号の解読に専念する間、僕はまた調べ物を続けることにした。


 ニュース記事によると、昨朝、新宿区で男性の刺殺体が発見されたらしい。遺体は死後から数日経過していて、被害者と連絡が取れないことを不審に思っていた知人が発見し、通報した。昨日、発覚したばかりの事件だということと、まだ真相がはっきりとしていないということもあってか、新しい情報を手に入れることはできなかった。

 記事には、警察が容疑者の知人男性の行方を追っていると書かれていたが、当然、叔父さんの名前も出てこない。

 次に日本黎明学会を調べると、先ほどと同じように怪しい情報しか出てこない。ホームページには「魔術による世界の救済を目的とした学会」とあって、正直に言えば「怪しい」の感想しか出てこない。悪魔や妖精も、ホームページに当たり前のように書かれているのも不気味だった。


「夏にはピッタリな話やな」


 僕の報告を聞いていた祭はケラケラ笑う。


「冗談言わないでよ。僕の叔父さんの生死が懸かってるんだよ?」

「すまんて。これでも真面目に解読してるんやで?」

「知ってるよ。それで、何か分かったの?」


 祭は肩を竦める。暗号の周りには、色々な数字や文字が散りばめられていた。


「長さからして英語ではないんやろうけどな。俺らに解いて欲しいって思って渡したから、答えは日本語やろうけど、それが分かったからと言って答えにはたどり着けんわ」


 僕らは行き詰まってしまう。

 蝉の鳴き声と扇風機の音だけが、部屋の中で響いていた。僕らは一緒に黙って、ただ天井を見つめる。


「あああ〜」


 祭は大声を上げて頭を搔く。


「つまらん、ゲームの続きするわ」

「え〜、諦めるの?」


 ムキになった祭が、少し苛ついた声で言い返す。


「ちゃうわ、ただの休憩や」


 ゲーム機を起動して、今朝来たときと同じようにゲームクエストの最速クリアに挑戦し始めた。


「あっ」


 すると突然、祭が声をあげる。しばらく石像のように動きを止めた。考え事をしている証拠だ。


「何か気付いたの?」


 僕が声をかけても、反応は返ってこない。


「祭?」

「なんでもない」


 突き放すような、冷たい声。硬い表情は、祭が何かに気付いてしまったことを物語っていた。


「ねえ、祭───」

「俺、帰るわ。夏休みの宿題せなアカンから」


 ゲーム機の電源を切り、広げていた荷物を全てプールバックに詰め込んだ。


「お前も暗号のことは一旦忘れて、宿題した方がええで。せっかく小学生最後の夏休みなんやから、最後はパーって遊びたいやろ?」

「いや、待って。祭ってそんなキャラじゃないじゃん。宿題は楽勝だからって言って、最後まで放ってるじゃん」


 動揺で声が震え、あたふたしている僕を嗜めるように、祭は別れ際に言い放つ。


「最後の年ぐらいは、真面目にした方がええとは思わん?」



 その後の僕らの耳に入ったのは、事件の容疑者───僕の叔父が『峡寸樹海』で確保された、というニュースだけだった。

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