第2話/兄の決意

 共同葬儀から数日。塞ぎ込む弟の世話をしながら、隊長兵士や同僚兵士、近所の大人に助けられながらも兄は生活をしていた。

「金貨50枚、銀貨60枚か。思ったより貯めてたな」

 家の家賃は月に金貨1枚。共同井戸使用料が月に銀貨10枚。父がいた頃の食費が月に銀貨50枚と銅貨80枚。

 今月の家賃と井戸の使用料は支払い済み。

「問題は、今から秋になるってことだよなぁ」

 冬仕度でどれくらい使うだろう。と頭を悩ます。

「ただいま」

 塞ぎ込んで引き篭もるよりは働かせた方がいいと大人に助言されたので、弟には細々とした雑用ーー水汲みや家庭菜園の世話、料理の下拵えーーを任せている。

「メメさんから、差し入れ」

 肩には縄にくくられたヤマメが3匹。メメさんは表通りの宿屋で寝起きする冒険者だ。

「ヤマメか。お礼は言ったか?」

「うん……お礼を言えないほど、腑抜けてないよ」

「どうだか?」

 弟は居心地悪そうに顔を背けながらボウルに手拭いをつけて手を拭う。

「ごめん。しっかりしなきゃって思うけど、もう、ね……」

「ちょっとずつでいいさ」

 兄は火鉢と炭、鉄の串を取り出す。

「待った」

「あん?」

「何するつもり?」

「ヤマメを焼こうかと」

「そのまま食べて寄生虫がいたら死んじゃうでしょう!?」

「寄生虫?」

「ああ、もう。貸して。よく見てて」

 手に塩をかけるとヤマメを擦り、汚れを落としていく。

「貴重な塩が」

「塩焼きはできないけど、少しは塩の味は残るから」

 腹を割いて内臓を取り出す。

「川魚には寄生虫がいる。卵にも、水にもね」

「水は煮沸してるだろ。それは知ってる」

「日本でも川魚には寄生虫がいたでしょ」

「それは……焼いてるし?」

「火鉢の熱は赤外線だから。直火じゃないから」

 会話の通り、この兄弟は日本からの転生者だ。兄の名をジャック。弟はカークという。

 串うちしたヤマメが火鉢で焼かれ、堅パンとスープを食べながらジャックは切り出す。

「冬仕度の為に、働きに出ようと思う」

「え……」

「お前も分かるだろ? 働かずにはいられないし、孤児院も……」

 カークは不安に瞳を揺らす。

「そう……だね。うん。下働きなら、殉職なんてこと、そうそう起こらないし」

「いや、冒険者になろうかと思う」

 驚きに目を丸くして、ジャックをじっと見つめた。

「ここを拠点に冒険者として活動することにした。初めは薬草採りやお使いクエストだろ? ついでにこういったヤマメとかも取れるといいな、と思う」

 兄弟は見つめあう。

「最初は金にならないけど、ちょっとずつ信頼を得て、訓練して、きっと成り上がる。だからお前も兵舎の下働きに行って、家計を助けてくれないか?」

 力強いジャックの瞳に、不安に揺れるカークの瞳。そして、カークの瞳も定まった。

「分かった。行ってくるよ。下働き」

「ああ、それが安心だ」

「薬草採りをするなら、僕に言って。準備するから」

 突然の言葉にジャックの思考が止まる。

「準備?」

「菜園には薬草も植えていたりする」

「マジで!?」

「兵舎の衛生室に卸しているから品質もバッチリだよ」

「聞いてないんだけど」

「だって兄さん、訓練ばっかの脳筋で……あ」

「カーク! お前、そんなことを思ってたのか!?」

 久しぶりに、笑い声が響いた。


 ジャックはカークの案内で、兵舎の武具庫にやってきた。

「ウィリアムさん、5分ほどお時間をいただけますか?」

「カーク! ここに来るのは久しぶりだな。5分か……ちょっと待て。そこの荷物置きにでも座ってろ」

 ウィリアムと呼ばれた20半ばの青年は荷物の整理中だった。

「カーク、知り合いか?」

「実は、小遣い稼ぎに兵舎の手伝いしてた」

「いつの間に……」

「ウィリアムさんは武器や防具の手入れ方法とか教えてくれるんだ」

「いつの間に……」

「兄さんが訓練所で面倒見てもらってた時」

 整理が終わったのか、ウィリアムは3人分のコップを持って椅子に座る。

「ほら、白湯だ」

「「ありがとうございます」」

 同時にお礼を言う兄弟に、ウィリアムは笑って、仲が良いな。と声をかける。

「それで、どうした?」

「兄さん」

「はい。俺はイヴァンの息子ジャック。カークの兄です」

「ああ、訓練所に通ってた子だろ」

「これから冒険者として活動しようかと考えています。子どもでも購入できる、質の良い武具屋を教えてもらえませんか?」

「冒険者か……下働きじゃあ、ないんだな」

「僕は下働きをすることにしました。衛生室や武具庫でも働けるといいな、と考えています」

 兄弟は子どもらしい言葉使いを心がけている。

 ウィリアムは頭を傾けて唸る。

「子どもに売ってくれるかは分からないけど、兵舎に卸している鍛冶屋を紹介しよう。上官に伝えてくる」

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