自業自得だよ


「ええ、彼らは私に暴行した男を取り押さえてくれていたのです。ですが、どなたかが警ら隊を呼ばれたと仰って。そうしたら暴れて……」


「そうですわ。私たち、彼女が何時間も待っていたのを見ております」

「今日だけではないわ。これで三回……いいえ、四回もよ」


「はい。何時間でも待たせていた女性に『待ってるから来たけど帰る』と。ああ、これで十回目のドタキャン……。あ、いや、男の方が逆ギレしててさ。気付いたら紅茶のポットを女性に投げつけたんだ。そう、フタを取ってこう中身をぶちまけたんだよ」

「いや、彼女は有名だったよ。何時間も相手を健気に待ち続けてて。来ないこともあってさ、迎えの馬車がきて帰って行くこともあったよ」


「こう言っちゃあいけないのかもしれないけどさ」


「「「自業自得だよ」」」



警ら隊が到着して、私たちは説明に追われました。

大きな騒ぎになったものの権力者には敵いません。


「申し訳ない。待ち合わせの相手だったんだってね」

「気にしないでください。悪いのは本人です」


逃げ出した男は隣国の皇太子が乗った馬車の前に飛び出した。

馬に踏まれ、馬車に轢かれた男は、それでも生命は助かった。


「彼は私に暴行を働き、警ら隊に引き渡される直前に逃げ出したのです。私は自ら望んで馬車の前へ躍り出たと思っております」

「いや、しかし……そのようなことは……」

「彼は侯爵家の次期当主と騙っておりました。警ら隊に捕まってくらいなら、との理由から馬車に飛び込んだのでしょう」

「話はきいています。事故を伝えに侯爵家へ向かった警ら隊が、亡くなった使用人たちを発見したそうですね」

「ええ、をして珍しいと思ったのですが……。口封じのために使用人たちを殺して逃げようとしたが、捕まりそうになり馬車に飛び込んだ、というのが警ら隊の見解です」


皇太子はその言葉の意味を知っています。

遅刻前提、三時間の遅刻はざら、最初のデートは五時間の遅刻。

そんな人が二時間で来たのですから不思議だった。


「すぐに帰りたいと。『妹が熱を出した』と仰られました」

「此度のことで彼の貴族籍を確認したそうだが、彼に妹は存在していない」

「はい、私もそう申し上げたら……。その、一緒に暮らしている相手は妹ではないと指摘したのです。妹というのは、寂しいからという理由で兄と同衾などしない、と」

「それが彼が凶行に出た理由、ですか」

「……はい」


私たちの会話を、ベッドに横たわる男が聞いている。

唯一動ける目だけが、私たちに何か訴えています。

ですが潰れた喉が声を発することは二度とありません。


「彼は罪人です。皇太子であるあなたがお気にすることではございませんわ、

「しかし…………顔見知りだったのだろう?」

「いいえ、お兄様もご存知のように私はと婚約したのですわ。ここにいるのは、同姓同名なことから私と婚約したのは自分だと思い込んだ愚か者。……これは神罰なのですわ。ご自身の出生を誤魔化し、ご家族を誤魔化し、世間を誤魔化したことに対しての」


この男は存在そのものを偽っていたのです。

母が拾って一緒に育った少年が実は誘拐された侯爵家の嫡男だと知った彼は、双子のようにそっくりだったことから少年を殺して入れ替わることにした。

そしてその愚かな計画はある理由から成功した。

記憶喪失を偽った彼は、誘拐されて行方不明になっている侯爵家の嫡男として侯爵家にはいったのだった。

彼の存在は貴族社会でも知られていたため、追い返すことが出来なかった。

……たとえニセモノだとわかっていても。

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